天才薬師の出来上がり!(1)

「あれが世に言う全裸待機……」


 ロシェスに服を渡し部屋の外に出た私は、その場でへたり込んだ。


「いや入浴が終わったら部屋で待っててとは言ったけど……言ったけど」


 廊下にゴロンゴロン転がってしまいたい衝動を、何とかプルプルと身体を震わせるだけに押しとどめる。


「はわわ……」


 すぐに目を逸らしたものの、バッチリ見えてしまった。部屋の中央で直立不動だったものだから。

 ノックをして入ったのに、ロシェスは扉の方を向いて立っていた。その上、まったく身体を隠す素振りを見せなかった。

 入浴に使ったタオルがあるはずだし、そこにベッドもあるのだからシーツを身体に巻くとかそういう考えには至らなかったのか。


「はっ、もしかしてそれも指示しないと駄目だったとか……しまった」


 この先、主人と奴隷の垣根を無くしていくつもりだが、まだその話すらできていないのだ。それならロシェスが指示以外のことをしなかったのも、当然なのかもしれない。

 しかし何食わぬ顔を装った明らかに挙動不審な私だったけれど、ロシェスの目に不審人物として映らなかっただろうか。まだ心臓がバクバクしている。

 でもそれは思いも寄らないことが起きた驚きが大半で、実は裸自体には不思議なほど性的なものは感じなかった。『美しい彫像が立っていた』という感想の方が近い。


「美術品のごとく美しい天才薬師。これは……売れる気しかしない」


 突如現れた天才薬師。何とそれは世にも珍しいエルフの薬師だった。噂は遠くまで広がり、やがてエルフの里へと届く。そして彼らは知るのだった、『無能』と蔑んだそれは『な才能』だったことを――

 ロシェスの華麗な成り上がりストーリーを思い描き、私の口から思わず「ふふふ」と笑いが零れた。

 聖女のスキルを踏まえて、開く店は魔法道具屋か薬屋のどちらかを考えていた。聖女というクラスのイメージ通り、回復と防御に関するスキルが大半だったからだ。

 最初は競合相手を見て回った後で、どちらにするか決めようと思っていた。けれどそれは、この宿に着くまでにしたロシェスとの会話で、私の心は決まってしまった。

 何と『エルフの薬師』というのは、存在しないらしい。

 エルフは魔法が長けているため、治療魔法で事足りる。よって塗り薬、飲み薬どちらも基本使用しないのだとか。

 これしかない、と思った。

 というわけで、まずは形から。ロシェスが薬師っぽい服に着替えて、そろそろ出て来るはず――ああ、噂をすれば。

 私はカチャリと控え目な音を立てて開いた扉に、パッと立ち上がった。

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