追放聖女は奴隷を天才薬師に仕立てる

月親

プロローグ 絵に描いたような、巻き込まれ召喚からの国外追放

「召喚から十分以内に追放って、数ある中でも最速じゃない?」


 溜息一つ。私――一ノ瀬いちのせ夏葉なつはは森の向こうに見える城を見上げた。

 三十分前、休日出勤の帰り道に私は異世界召喚の洗礼を受けた。

 足元に魔法陣が浮かび上がったと思ったら、次の瞬間には中世ヨーロッパみたいなところにいて、でも何故か言葉は日本語で聞こえる状況というアレである。

 私の場合、国が主体の聖女召喚で城に呼び出された。そして、どちらかが巻き込まれ召喚と呼ばれる、召喚された人間が二人いるというパターンだった。

 私が知る巻き込まれ召喚では、どちらが本物なのかと周りがざわめくシーンがお決まりだったのだが、そんなものは無かった。即断、即決で私の方が「聖女様についてきて甘い汁を吸えると思ったら大間違いだ」といきなり罵倒された。でもって流れ作業のように円滑に荷馬車に乗せられ、十分ほど走らせた先の森でポイされて彼らは帰って行った。

 ――で、今に至る。


「尽くした後に追放されるより断然マシと割り切ろう」


 異世界召喚は大体において帰れない。それなら、嫌な奴らから早々に離れられたのは幸運だろう。寧ろもう一人の方に、ご愁傷様という気持ちすらある。

 とはいえ、彼女が森に捨てられる方でなくてよかったと思う。

 速攻追放されたのでチラとしか見られなかったが、もう一人は何というか森ガールっぽい女の子だった。高校生、あるいは大学生くらいだろうか。あくまで森ガールは森に住む妖精のような格好というニュアンスで、本当に森に住むにはまったく実用的じゃない。彼女が私のような扱いを受けていたら、気が触れてそのまま死んでしまっていたかもしれない。


「うーん、確かに森ガールとくたびれたアラサー女なら、迷うことなく前者が聖女か」


 改めて考えれば、即断即決されるほど私は女子力が低かった。

 痛んだ黒髪は短髪で、瞳は平凡な濃茶。パンツスーツであっても足元は通勤用のスニーカーで、パンプスでビシッと決まったバリキャリスタイルからも外れている。まあそちらに関しては、こうして森歩きをする羽目になった今となってはスニーカー万歳ではあるが。


「さて、と」


 視線を城から、逆方向の森の中へと移す。

 私は視界の右下端に見える、『メニュー』というアイコンに指で触れた。


「本当に出た……メニューだわ、これ」


 実は異世界召喚された直後から気になっていた。さながらゲーム画面のように、ずっと表示されっぽなしだったのだ。半透明だから、スマートグラスに映る画像がこんな感じなのかもしれない。私は使ったことがないので、あくまでイメージでしかないけれど。


「インベントリ、ステータス、スキル、ワールド」


 出てきたメニューの項目は、これまたゲーム画面でよく見るものだった。

 ひとまず一番左の『インベントリ』から押してみる。召喚の際に持っていたはずの通勤鞄は消えてしまったので、てっきり空かと思いきや……。


「飴が三個? ……あ」


 暫し考えて、思い至る。私は上着の左ポケットの中を探った。

 中身を取り出して見れば、確かに透明な個包装がされた飴が三個。飴の消費期限までは大分あるけれど、どうせならもっと腹持ちが良いものを入れておけばよかった。見知らぬ土地での非常食になる可能性を考えると、これでは少々心許ない。


「次はステータス……はい、来たわ。クラスは聖女」


 駄目押しのテンプレ、追放された方が聖女でした展開いただきました。


「スキルは……うわー、いっぱい出た。取り敢えず、敵避けとある『ホーリーサークル』を発動させて、と」


 少なくとも二十は並んでいるリストの中から、簡易説明を頼りにスキルを選択する。敵避けスキルであるホーリーサークルという魔法は、魔物に加えて不審者も対象となっているようだ。そんなすごいものをいきなり使えてしまうとは、チートさまさまである。


「最後にワールド。ふんふん、この国はアロンゾ皇国というのね」


 ワールドを選べば、期待通り周辺の地図が表示された。それによると、隣の国はかなり近い。というより今いる森の途中からもう隣国エムリア王国に入るようだ。どうやら城は城でも、皇城ではなく普段は使われていない廃城で召喚を行っていたらしい。先程まで私がいたっぽい城は、『辺境の古城』と表示されていた。

 便利なミニマップ機能を発見したので、勿論ONにする。


「じゃあこのままテンプレに従って、国外逃亡へとしゃれ込みますか」


 ここもテンプレであれば、隣国エムリアは良い国に違いない。ここまで流れに乗って来たんだから、是非そうであって欲しい。

 私はそう願いながら、エムリアのある西に向かって歩き出した。

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