ほしいものは

鈴乱

第1話


 思えば、とても豊かだったのだと思う。


 お金はあった。


 優しい両親もいた。


 友人もいた。


 望めば望んだだけ、与えられてきた。


 私が手にしていたものを数え上げれば、いくらだって挙げられる。



 豊かだったのだ。


 有り余るほどに、満たされていた。



 何不自由ない暮らし。


 何不自由ない人間関係。


 何不自由ない、毎日。



 どこかの誰かが見たら垂涎すいぜんものの、豊かで恵まれた生活をしていた。



 

 だが――。


 私にはその「何不自由ない暮らし」が、とても不自由だったのだ。


 私は、「不自由」に憧れた。


 「不自由」がどんなものか経験してみたかった。



 周囲は当然、「この生活」がいいと思っている。不自由のない、恵まれた生活。


 それはそうだろう。暮らしが自由なら、節度を保って生きていればそれで、延々と穏やかに平和に生きてゆける。



 でも、私には、それは退屈だった。


 何事も慣れてしまえば、初めの頃にあった新鮮さは露と消え、同じ毎日の繰り返しになる。



 私は、「刺激」が欲しかった。


 少し危なくてもいい。「刺激」を感じた生活をしてみたかった。



 この世界を快適な部屋から眺めるのでは、つまらない。


 せっかくなら、眺めているその場所へ、「えい」と飛び込んで、その中で人やものに揉まれながら、汗をかいて、涙して、落ち込んで、笑って……そうやって、なまの体験を積み重ねたかった。


 経験したことのない場所には、何が待っているか分からない。


 ……分からないからこそ、面白い。



 自分の知らない、その新しい世界には一体何が待ち受けているのか。


 まだ目にしたことのない場所には、どんなものが口を開いて待ち構えているのか。



『わくっ』



 心が疼く。


 刺激を求めて、命が鼓動する。



『これだよ、これこれ』


 ”生きている”という実感。

 五感でさまざまなものを受け取って、咀嚼して、自分のものにする。

 欲を言えば、それを欲している誰かに教えてあげたいと思う。


 それが、私にとっての”生きる”ということ。


 それが、自分の求める”生きる”という在り方。


 他者にどう映ろうが、私が生きる意味は、そこにあるのだ。

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ほしいものは 鈴乱 @sorazome

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