ジャンクなテキストの忘却回路――あるいは、ラヴクラフト的連続体

小倉蛇

第1話「影の来訪者」

 逃れようのない罠というものがある。北宮和馬は、そんな罠の只中にいた。いつの間にか、ゆるやかに、犠牲者を飲み込む、あのモスケンの大渦巻のように。そして、わたし自身もまた、気づいた時にはその吸引力にがっしりと捕らえられていたのだ。

 暑い夏のある日、伯父が死んだという知らせを受け取った。死因は心不全らしく、成田空港の到着ロビーでベンチに腰かけたまま亡くなっていたのだ。以前にそんな徴候はなく、まったくの突然死だった。

 伯父の名は道塚義郎。『北関東遺跡群における超古代文明』という本の著者として知られる考古学者である。伯父はモンゴル、中国、東南アジアをめぐる調査旅行から帰国したところだった。死亡時に持っていたカバンも盗難にあって、結局、調査の成果はいっさいわからなくなってしまった。

 同じ頃、伯父の周辺でもう一つの盗難事件があった。大学の研究室から、あの『九頭文書(くづもんじょ)』が消えていることが発覚したのである。

 『九頭文書』とは、伯父が長野県のある農家からゆずり受けた、謎めいた古文書である。その内容を検討したところ『竹内文書』などと同様の偽書であることはほぼ確実と見られていた。だがその一方で、文章のそこかしこに、かの『ウイチグス呪法典』や、さらには『ネクロノミコン』などと、並行し連動した記述が見いだされたのも事実だった。伯父の解釈によれば、この古文書が妄想による偽書なのは明らかだが、同時にこの著者が何らかの超自然的な力に触れていた可能性は否定できない、というものだった。

 こうしたことがあって、わたしは古い友人である北宮和馬と会わなければならないと思った。この時点で『九頭文書』を盗んだのが北宮であるという疑いを持っていたわけではない。だがともかく伯父に北宮を紹介したのはわたしで、彼は一時期は道塚の助手をつとめてもいた。

 当時、北宮和馬はオカルト雑誌『ナスカ』のライターだった。わたしは彼が書いた「北関東遺跡から出土したオーパーツについて」という記事に対する感想と質問を編集部へ送った。すると北宮本人より返信があり、会って話そうということになった。

 編集部近くの喫茶店で落ち合い、わたしは興味がある考古学やオカルト現象について夢中で話したのだった。そのうちわたしが道塚義郎の甥であるということに話しがおよぶと、北宮は目の色を変え、できれば紹介してほしいなどと、おずおずと切り出したのだった。いま思えば、北宮はこの時すでに『九頭文書』への接近が念頭にあったのかもしれない。

 その後、わたしは北宮の行った取材のいくつかに同行させてもらった。とくに空飛ぶ人間(フライング・ヒューマノイド)の目撃情報を追って、北海道の原野を走り回ったのはいい思い出である。

 伯父はわたしが送った北宮の文章が気に入り、彼を助手として採用した。二人はすっかり意気投合した様子で、精力的に北関東遺跡群の調査を進めた。

 中でも、重点的な調査の対象となったのは埼玉県鳥川市だった。北関東遺跡群の中心と目される地域である。

 また鳥川市は、大正時代に特異な宗教団体《イタカ言霊教(げんれいきょう)》の根拠地だったことでも知られている。この教団は霊媒による死者の口寄せの研究で知られ、関東から北日本全域に勢力を拡げていた。戦時中は軍部により弾圧を受けたものの、じつは秘密裏に教祖らが特務機関に協力することで命脈を保った。戦後は、規模を縮小しながら先鋭化し、活動をつづけているのだった。

 この《イタカ言霊教》は、墓地から遺骨を盗んでいるとか、違法な臓器売買に関わっているなどと、悪い噂が絶えないのだった。北宮はこうした問題の取材で教団の関係者とも接触したはずなのだが、詳細は今なお不明である。

 わたしは自分の仕事が忙しくなり、北宮と会う機会は減っていった。ある時、不意に連絡が来て北宮は、小説を出版する計画があると知らせてきた。怪奇小説の長編で『地底の監視者』というタイトルだった。

 計画は順調に進んでいたが、出版直前で立ち消えになった。それというのも北宮の小説は、直前に出たあるホラー小説新人賞の受賞作と内容がそっくりで、今から出しても盗作疑惑は避けられないと判断されたためだった。北宮は、小説の形である事実を世に広めようとしていたのだが、それを妨害しようとする勢力による謀略にやられたと考えていた。

 そんな愚痴を聞いたついでに、池袋あたりに出没しているという噂の《無貌のギター弾き》なるものを見物に行こうという話になった。じっさいに見つけたそいつは、たんに顔と手を包帯で覆っている路上ミュージシャンに過ぎなかったが、演奏はなかなか激しく、こんなブルースを歌っていた。


  首すじに こおりつく

  青い夜をぬけて 星座が叫ぶ

  沈んだ街の静けさの歌 ナイアーラトホテップ

  扉の奥に ささやく声は

  虚ろなこだま 呪いなのか

  這いよる混沌 這いよる混沌


 他愛もない歌だ、と私は思ったが、なぜか北宮は、震えあがるほどに戦慄しているのだった。

 それ以来、北宮とは連絡が途絶えていた。彼の現在を知るために『ナスカ』誌の編集部にたずねたところ、その後の彼は取材対象との間でトラブルがつづき、ライターとしてはやっていけなくなった、ということだった。そして、いまはインターネットで陰謀論についてのブログを書いているのだとか。

 北宮のブログはすぐに見つけることができた。最新の記事では、あるサブスクリプションで宅配サービスされる栄養ドリンクには、中毒性のある薬物が混入されていて、この背後には世界的なネットワークをもつカルト教団の陰謀があるのだとうったえていた。メールアドレスも公開していたので、わたしはそれで連絡をした。

 数日後、返信があった。きみはほとんど唯一といっていいよい友人だった。きみには大きな借りがある。その借りを返したい。あるいは迷惑をかけることになるかもしれないが――そんな文面のあとに埼玉県鳥川市の住所が記されていた。


 北宮の家は首都圏郊外ではよく見かける凡庸な建売住宅だった。しかし一軒だけ独立して、山林になかば埋もれるようにして建っていた。空は晴天だが、玄関先は暗く電燈が点されていた。

 インターフォンを押すと、中へ通された。相変わらず本だらけの部屋で、最近はAIやシンギュラリティに関するものを読んでいるようだった。

 北宮は、しばらく見ない間に幾分やつれた様子だった。テーブルの上に置かれた小さな壺のようなものを見つめていた。これは《ギリンの壺》というものだと彼は言った。材質は大理石のように見えたが、縄文土器のような装飾がなされていた。

 彼はそれを長野県の山奥にある古い祠の下から見つけ出したという。『九頭文書』のある文言がヒントになって発見に至ったのだ。

 『九頭文書』を読んだのかと私は聞いた。北宮は背後に物音でも聞いたかのように振り返り、しばらく耳をすましてから、ここは危険だ、帰ったほうがいいなど度と言い出した。とても正気とは思えない様子だった。「渦巻く光が……、シュマ=ゴラスの眼が……」そんなことをつぶやきつづけていた。

 仕方がなくわたしは帰ることにした。家を出る間際、北宮はまともな口調にもどって、『九頭文書』は古本屋に売った、金が必要で、と言った。

 テレビのニュースでは、北海道上空でありえない色彩のオーロラが観測されたとさかんに報じていた。

 そして関東地方北部では、時ならぬ濃霧が発生していた。

 北宮から聞き出した古書店に『九頭文書』のことを問い合わせると、すぐに送り付けてきた。なぜか一切、料金を受け取ろうとはせずに。

 わたしは入手した『九頭文書』に目を通していった。この本は普通に読んでも、妄想的なたわ言が書き連ねられているようにしかみえない。だが、一定の鍵語に注目し、象徴的な表現を読解していけば、著者の真意が浮かび上がってくる。わたしは北宮が持っていた《ギリンの壺》についての文章を見つけ出した。そして、北宮では読み解けなかったであろう深奥まで踏み込んでいった。

 いやな予感に導かれながらインターネットの情報をあたった。アクセスしたのは都市伝説やオカルト現象についてのSNSである。そこで鳥川市周辺で飛び交っている、姿の見えない怪物についての噂が確認できた。それは鏡やガラスなどに写る反射像によってのみその姿がかいま見れる、というものだった。どんな怪物かは、表現しようがないなどと言われていたが、一説によると虹色に輝くスパゲッティのかたまりのようだったとも。

 わたしは友人に電話をかけた。が、何度かけても不通なのだった。


 再度、友人の家を訪れた。あたりは濃い霧に覆われている。前に来た時よりも、壁を這うツタ状の植物がやたらと目についた。

 異様な物音が聞こえていた。大量の蛙が沼地を跳ねまわっているような。そんな音が家の中から響いてくるのだ。

 呼びかけても返事はない。わたしはドアを開き、中へ入った。

 不快なにおいが漂っていた。そしてそれ以上に異界的としか言いようのない、恐るべき何ものかの気配を感じた。

 部屋に入ると、床に倒れている友人を見つけた。北宮和馬は死んでいた。外傷なくただ顔が異常なまでに引きつっていた。まるであまりの恐怖によりショック死してしまったかのように。しかし何が。部屋の中に変わった様子はない。あの《ギリンの壺》も見当たらなかった。そして、部屋を出ようとした時、ほんの一瞬、わたしはその姿を見た。

 あれはただの目の錯覚ではないか、そう思いたかった。いや、あれは錯覚などではありえないのだ。そのことはわたしがよく知っている。あれから三か月が経つが、今もあの姿が悪夢の中でわたしを苦しめる。時が経つほどより鮮明になって。私も間もなく死ぬだろう。せめてこの手記を残すことより他にできることはない。

 死んだ友人の部屋を出ようとしたあの時、ある角度からのみ見えるものが目に入った。窓ガラスに写った反射像だった。そしてその姿は、たしかに、虹色に輝くスパゲッティのかたまり、としか言いようのないものだった!

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