第5話思い出の味
お店のベルガなりお客さんが入ってきたことを知らせてくれる。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」
「お昼には少し早いと思うんですが今大丈夫ですか?」
「はいもちろんです大丈夫ですよ、メニューがこちらになります」
私はテーブルにメニュー表を置く。
お店の中に入ってきたのは70代ぐらいのおじいさんで横に松葉杖を立てかけ席に座る。
そのメニュー表をゆっくりと開き一通り目を通した後こう言った。
「それじゃあここに書かれてるきんぴらをもらおうか?」
「はいかしこまりました」
「きんぴらだけでよろしいですか?」
「ああ、どれぐらい食べれるかわからないから最初はこれだけで頼むよ」
「それでは早速調理に取り掛かりますね」
私は元気よくそう言って早速取り掛かる。
「ちょっと後ろ姿をしばらく見せることになりますができるまで待っていてくださいね」
お客さんが座る席から私が今調理しているキッチンまでついたても何もないので丸見えだ。
「はははそれじゃあ料理ができるまでの間ゆっくりと、できるまでの家庭を見せてもらいましょうかね」
楽しそうに笑いながら言う。
いくら料理しているところを見ようとしても結局私の後ろ姿しかほぼ見えないと思うが。
人参とごぼうレンコンを千切りにし砂糖と醤油で甘辛く煮る。
料理で使っている食材も工程も一般家庭で作られているやり方と同じだが、私たちのお店はそれでいい!
このお店のコンセプトはお客さんにゆっくりくつろいでもらって家庭の味を思い出してもらうのがコンセプトだ。
「お待たせしましたこちらがきんぴらになります」
「ありがとね」
お客さんは優しくそう言ってお皿を手に取る。
「実はきんぴらの料理は妻が昔よく作ってくれたんだ」
「そうだったんですか」
「奥さんの方が先にここにたどり着いて私を待ってくれてるといいんだけど」
「きっと待ってくれています」
「でも奥さんのところに行く前にここで一度ゆっくりして色々食べて行かれてはどうですか?」
島崎が優しい口調で言う。
「それもそうですねあの人のことだからどうせ探そうと思ってもすぐには現れてくれないでしょうし」
「その分の体力をつけるためにもここでいっぱい食べていきます」
「ありがとうございます、それじゃあ今日は私が腕を振るって料理をたくさん作りますね!」
「その心意気はとても嬉しいんですがあいにく年寄りなものでそんなにいっぱい食べれるかどうか」
「もちろんご無理のない範囲でたくさん食べていただいて」
「その奥様とはどうやって出会ったんですか?」
「話すのは全然構わないんですけどそんなに面白い話でもないですよ」
「それでも私は興味があります」
「もちろん話したくなければ別にいいんですけど」
「うーん…」
一度手に持っていた箸をテーブルにおき奥深くに眠る記憶を思い出すようにしばらく何かを考えているようだった。
「出会ったのは私がまだ若かった頃、20代の時にお見合いをやったんです」
「その頃の奥さんは可愛かったんですか?」
私は思わず冗談ぽい口調で尋ねる。
「ええとても」
特に恥ずかしがるわけでも笑ってごまかすわけでもなく静かに小さく頷く。
「ただ誰に対しても物怖じしない性格だったのでトラブルが絶えないというか」
本人がこの場にいないのにどこか言葉を選ぶ口調で言う。
「まぁ気が強くて…」
「そうだったんですか」
「じゃあ家の中で2人でいると結構喧嘩になったりしてましたか?」
私は続けて質問の言葉を投げかける。
「家の中ではそこまでではなかったですね」
「まあ私が激論になる前に折れてたっていうのもあるんでしょうけど」
「ああ、旦那さんの方が言い合いになる前にちゃんと押さえてたんですね♪︎」
笑っちゃいけないんだと思うが私の頭の中で旦那さんと奥さんが言い合いしている光景を簡単に想像できるのはなぜだろう。
「すいません笑っちゃいけないってことはわかってるんですけど、なぜか旦那さんと奥さんが頭の中で言い合いしてる場面を想像したら面白くなってきちゃって」
それを素直に言うのもどうかと口に出した後に思ったが特に怒っているわけでもなさそうなので良かった。
「こんなに若い娘さんに笑い話を提供できたんだったら良かったよ」
にっこりと嬉しそうに微笑みながら言う。
休憩を挟むように箸を手に持ち残りのきんぴらを平らげる。
「次は何食べますか?」
「そうだなぁ…」
テーブルの横に置かれているメニュー表に視線を向ける。
「それじゃあこの家庭の味噌汁って書いてある味噌汁もらおうかな」
「味噌汁ですね何か食べたい味の味噌汁ってあります?」
「このお店独自の味噌汁の味があるんじゃないんですか?」
「一応このお店独自の味噌汁の味がないわけじゃないんですけどこのお店のコンセプトが家庭の味を思い出してもらうっていうのなので」
「せっかくだからお客さんがその時食べたいものを作ろうかなと思って」
「うちの店ってそんなコンセプトでしたっけ!」
島崎が驚きの声をあげるのも当たり前だ。
「私がたった今独断で決めました!」
「え!」
「それで味噌汁の味何がいいですか?」
「えっと… あるかどうかわからないんですけど、赤味噌の味噌汁って作れますか?」
「ええ、もちろんです作れますよ」
「味噌汁の具材は何にしますか?」
「それじゃあ人参とごぼうと大根と豆腐で」
「うちの奥さんが赤味噌の味噌汁が好きでねよく作ってもらってたんだよ」
「奥さんは愛知県の方だったんですか?」
「いや別にそういうわけじゃ」
「そうですか私どこで聞いたのかよく覚えてないんですけど、赤味噌は愛知県でよく食べられてるって聞いたことがあったのでてっきりそっち方面の方なのかなと」
「そういうの関係なくただ赤味噌が好きなだけだったと思います」
「それで他に奥さんとの馴れ初めって何かありますか」
「馴れ初めって言われてもそんな大した話は…」
「大した話なのかどうなのかわかんないんですけど初めてデートをした日に…」
さっきとは違い照れくさそうにしながら話す。
「バスで美術館に行こうってことになって」
「そのバスに乗って向かっている最中マナーの悪い学生が私たちの席の隣に座っていて…」
横に置いてあるお茶を一口飲んだ後続きを話す。
「その若い男子の学生たちが大声で笑っていてそのバスに乗っている人たちみんな迷惑してたんですよ」
「だけど乗っている人たちはみんな見て見ぬふりで」
「まぁ私も注意しようかどうしようかずっと迷ってたんで人のことは何も言えないんですけど」
「そんな時私の横に座ってた奥さんが立ち上がって周りの目なんて一切気にせずに学生たちに注意をしたんです」
「へーかっこいい方だったんですね」
「そのかっこよさに周りの人たちは大拍手をしてましたよ」
「その美術館に行った帰り道私は怒られちゃいましたけど」
「怒られた何でですか?」
「なんであの時見て見ぬふりをしたのって」
「ははは誰でもあなたみたいにできるわけじゃないんですよって心の中で思いながら頷いてました」
昔のことを思い出しながら面白おかしそうに笑う。
「でもとても優しい方だったんですね」
微笑ましいなと思いながらできた味噌汁を準備する。
「お待たせしました赤みその味噌汁でございます」
「これはこれは美味しそうだ」
「それでは早速いただきます」
「お味の方どうですか?」
「奥さんに作ってもらったやつと比較的近いですかね」
「前に作ってもらったやつとは少し違うけどこれはこれで美味しい!」
「それなら良かったです♪︎」
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