特別なありがとうを君へ(ショートストーリー)
桜輪英和
特別なありがとうを君へ~最期~
私はおじいちゃんが苦手だった。初孫の私には随分と甘く、優しくしてもらった。だけど苦手だった。おじいちゃんはおばあちゃんに対しての態度が横柄で命令口調で威張っていたから。そのおじいちゃんが一週間前に死んだ。
3年前に脳梗塞を患い、後遺症で右半身が不自由になってから、さらに横柄さと命令口調に拍車がかかり死ぬ間際は文句に近かった。
病院のベッドで最期の時を迎えたおじいちゃん。震える手を伸ばし、おばあちゃんを探した。おばあちゃんは手を握っておじいちゃんに近づいた。
「何、照夫さん」とおばあちゃんはおじいちゃんにやさしく声をかけた。
何かしゃべろうとするおじいちゃん。口元に耳を近づけるおばあちゃんが
「そんなことないですよ。お疲れさまでした」と話したと同時にゆっくりと命の波が平坦になり”ピー”の合図と共におじいちゃんの人生の幕が閉じた。
おじいちゃんの顔は穏やかで悔いなしといった感じだった。
通夜、告別式が終わり、初七日を迎えた。
私は遺影が飾ってある祭壇に向かって「最期におばあちゃんになんて言ったの」
「何でおばあちゃんに横柄な態度だったの」「何で、命令口調だったの」等々無言でおじいちゃんを質問攻めした。
質問攻めした所で答えが返ってくるわけではないけどしてみたくなった。
その状況を冷静に考えたら”おかしい”と思い、プッと吹き出してしまった。
「美佳ちゃん、何がそんなにおもしろいの?」
声がする方を向くと、後ろに立っているおばあちゃんが不思議そうな顔をした。
「おじいちゃんに質問攻めしてた」
さらに不思議そうに「なんて質問したの?」と聞いてきた。
「おじいちゃんは私には甘いし優しかったけど、おばあちゃんには態度は横柄だし、命令口調で少し苦手だったから、どうしてかなと思って」
「そういうことね。答えは返って来た?」と笑う
「答えが返ってくることはないし、分からないよ。だから吹き出したの」
「冷静に考えれば面白いわね」と笑い、私の隣に座り祭壇に向き合った。
「おばあちゃん、おじいちゃんは最期に何て言ったの?」
「全然聞こえなかったわよ。声出てないから」
「でも”そんなことないですよ”って言ってたよね?」
「声は出てなくても目では何か言っているように思ったから、私の想像で言っただけよ」と笑った。
「なんだ、声を聞いて言ったのかと思った」と少し残念な気持ちになった。
「おばあちゃんは、おじいちゃんとの生活辛くなかったの?」
「急にどうしたの?」と言い「美佳ちゃんは結構言ってたもんね。離婚したらって」
「私なら耐えられないから気になって」
「おじいちゃんのね、横柄な態度や命令口調って私にかまって欲しかったからなの。結婚した当初はすごく優しくて気にかけてくれたの。でもね、秋彦が生まれた時から態度や口調が変わって美佳ちゃんが知ってる通りになったのよ。私は母親になってけど、おじいちゃんは大きな大きな長男になったの。それからも、夏子、春夫に雪子の4人と大きな大きな子供を育てる羽目になったの。まぁ、疲れる。4人の子供だけでも大変なのにおじいちゃんもだから。だけど私にも限界が来てね、1度だけ大爆発したの。おじいちゃんは大慌て、子供たちは泣く。まぁ、ひどいことになってたわ。それでも家を出て1時間ぐらいして戻ったのよ。そしたら、子供たちは”お母さんが戻って来た”って喜んでたけど、おじいちゃんは泣きながら”態度を改めるから戻って来てくれ”って。それから数日間は態度や口調は改まったけど、その数日だけ。あとは元通り。結局、横柄な態度も命令口調も死ぬまで続いたのん」と笑顔で話しているおばあちゃんはどこか幸せそうだった。
「そっか。私、おばあちゃんに嫌な思いさせてたのかな」
「そんなことないわよ。介護していた3年間は本当に離婚してやろうと思ってたもの。だってね・・・」と怒り口調で言った。ひとしきり話を聞いた後、私はおばあちゃんに体を向け「3年間お疲れさまでした」と頭を下げた。
「はい、ありがとう」と優しい声で返事をしてくれた。
とその直後「あっ、美佳ちゃんそろそろ家に帰らないと」
「あー、本当だ。長居し過ぎた。お母さんたちに子供預けているから。おばあちゃんまた来るね。今度は子供たちも連れて来るね」と大急ぎで荷物を取って玄関まで走った。靴を履いて後ろを向くとおばあちゃんが「また来てね」と言って見送ってくれた。
美佳の背中が遠くに行くのを見計らい、明代は祭壇に戻って照夫の遺影に向きあった。
「照夫さん、ごめんなさいね。色々と美佳ちゃんに話してしまって。怒っているかしら?でもね、最期の言葉だけは言いませんでしたよ。だけど、死ぬ間際に言うのは反則です。生きているうちに1回だけでも聞きたかったですね」
照夫の口元に耳を近づけた時「今まで俺を支えてくれて、ありがとう」と息もたえだえで言った。
「最期のありがとうは特別ですね。私こそありがとうですよ。照夫さん」
ひとすじの涙が頬を伝う。
”特別なありがとうを君へ”と照夫が言っていると思う明代だった。
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