実況!4割打者の新井さん8

ぎん

まさかの猫被せでしたの。

これで2アウト。このイニング、限りなく好感度を上げつつの2アウト。



おのずと気分が高まりながら、ピッチャーが1球投げたところで、またグラウンドの様子がおかしくなった。



ピッチャーやキャッチャー、内野手達がバックネットの方を見つめている。



その視線の先には…………。



「にゃー!にゃー!!にゃー!!!」



マジもんのお猫様。ちょっぴりちっちゃな。それでいて、真っ黒な毛並みのリアルお猫様である。



そんな生き物がオールスターゲームの最中に、グラウンドへ入ってきてしまったのだか、もう大変。



それを追いかけてきた警備員のおじさんやボールボーイ達が必死になって追いかける。


3塁側ベンチにいるオール西日本のメンバーが手を伸ばしたり、手招きしたりとしているが……。


もちろんそちらに興味を示すこともなく。



お猫様が辺りをキョロキョロと伺いながらの、勢いに任せた大激走。



何を求め、何に抗っているのか。



人の足や手の隙間を縫うようにして、ひたすらにお猫様は逃げ回っている。



これは時間が掛かりそうだなあと、俺はとりあえずその場で寝ることにした。



グラブを外し、帽子を取り、ごろんとお腹を上に向けて、頭の後ろで手を組んで横になった。



ゆっくりと瞼を閉じる。聞こえてくるのはスタンドのざわめきと、警備員のおっちゃんの声。




そして程なくすると……。



ぐいっ、ぐいっ。



細い棒に押されるような感覚が腹部から伝わってきた。



そしてその棒のような感覚は4本あり、それぞれ1周するようにぐるりと回る。


すると今度は、若干ふっくらした温かくもまだ幼い、か弱い感触がお腹の上に乗っかってきたのだ。





まさかと思い目を開けると、そこにいたのはお猫様。



「にゃー」



どうも。あなたのお腹お借りしてますよ。



そんな風に聞こえた。







「はあっ、はあっ、はあっ!!………あらいくん!はあっ、はあっ!」



今日の朝、スタジアム入り口の守衛所の前で会った時は……。


「車変えたのかい!カッコいいね!3人目も生まれたもんね!」



と言って、新調した俺のイカルガ製のファミリーカーを眺めていた、新人の頃からよく知った警備員のおっちゃん。



外からお猫を追いかけてずっと走ってきたみたいだ。日頃の運動不足が響きますわね。



青い制服、白い手袋をしながらヒィヒィと息を切らすおっちゃんを労いながら、俺はお猫様を抱っこしつつ立ち上がる。



さっきまで、狂ったように逃げ回っていたのは一体なんだったのか。今は俺の腕の中で、ちょっとうっとりとした顔つきで、まるで別猫のように大人しくしている。



「ただいま、グラウンドに猫が入って来てしまいました。我らが新井選手がなんとかしますので、今しばらくお待ち下さい」



なんてイジりが入る中、俺は1塁ベンチまで向かって行くと、ベンチ裏からスタッフが現れた。



手にしていたのは、大きなバスケット。オールスターで、他所の選手達がたくさん来るからと、自社製品のお菓子をこれでもかと詰め込んでいたバスケットに、真っ黒なお猫様はすっぽり収まった。



そして少し名残惜しそうに俺の顔を眺めながら、ベンチ裏へと連れていかれるのだった。


それを見届けた俺は、バックネットのアナウンス室の窓まで行ってご挨拶。レフトのポジションへと向かっていった。



「大変お待たせ致しました。ただいま、新井選手より、なんとかなりましたというご報告がございましたので試合を再開致します」





そして無事に試合は進んでいく。



「打ちました!これはセカンドゴロです。セカンド平が捌いて1アウト。ビクトリーズファンは大きなため息。平柳の代打、並木はセカンドゴロに倒れまして新井が打席にむかいます」



一応3打席でタイミングを見て交代だねえ。と、埼玉の監督さんと相談していたのだが、3の3ということになれば、あと1本狙ってこいと、そのまま送り出されることになった。



ピッチャーは左に代わっており、球は見易いかと思いきや、曲がりの大きい変化球で、ガンガン右バッターの膝元を攻めてきやがる。



並木君もそのボールにやられましたから、俺も気をつけていたのだが、そのボールは初球だけの見せ球であり、勝負球はチェンジアップだった。



あと1本ホームラン打ちます!と言ってしまいましたから、当然狙いにいくスイングだったんですけれども、バットの先っちょになった打球が3塁線に転がった。



懸命に走る俺。青竹君も、猛チャージ。1塁はきわどいタイミングになり、俺のヘッドスライディングにより、豪快に土煙が舞った。



審判おじさんを見る。




「ファウルボール!!」



ファウルかよ!!



スタンドやベンチからワッと笑い声が上がる。どうやらギリファウルだったみたい。



俺は立ち上がり、トボトボと拾ってもらったバットを回収し、スプレーを施し直してからまたバッターボックスに向かう。






やはり身の丈にあったバッティングをしなきゃあかんなと思い改める。



そしてインハイのボールに対しスイングした結果、どん詰まりになりながらも、打球は下がりながらジャンプした棚橋君の向こう側に落ちたのだった。



ライト線のギリギリのギリに落ちた打球は、ある意味ビクトリーズファンが1番好きなやつ。



さらに俺が今日は超絶パワーフォルムでしたから、ライトの選手も俺の右打ちを警戒するようなポジショニングではなく、これは狙えると、俺は迷いなく1塁ベースを蹴った。











「アウト!!」



その結果、2塁ベース上で無情なアウト宣告を受けたのだった。



流石はオールスターに出場する選手である。ライトのファウルグラウンドから、2塁を狙った俺を容赦なく刺し殺す、見事はダイレクト返球。



ベース手前2メートルのところでタッチアウトになった俺は必死になってリクエストを要求するも、全員が全員、揃い揃って、ナイナイと否定しながら、俺の何度目か分からない汚れっぷりにしばらく爆笑していた。




そんなみんなの普段見ることの出来ない笑顔を見て、今日の俺の仕事は終わったなという気持ちになった。



後は、試合後の表彰式で何を喋ろうかなと。3点リードでマウンドに上がったキッシーを力いっぱい応援する。



ビクトリーズスタジアムでの初めてのオールスターは、4打席中、3度タッチアウトになるという珍サイクルヒットという結果を残し、微かな猫の記憶が過りつつ、大盛り上がりの中終わるのであった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る