◆むかしもの ~歴史物語風小ネタごった煮~

『幼き後継者』


 央華大陸を統一した偉大なる「丁越」の皇帝、劉 利明(りゅう・りめい)。

 しかし、英傑もよる年波には勝てず、ついに斃れる時が来る。

 その後継者として先代皇帝にじきじきに指名されたのは、僅か七歳になったばかりの彼の孫、劉 双葉(りゅう・そうよう)であった。


 「ちんは、おじいさまのあとをついで、りっぱなこうていとなるのじゃ!」


 たどたどしい口ぶりでけなげに宣言する幼女帝の姿に、譜代の家臣たちの大半は感涙し、彼女を盛りたてていこうと決意するのだった。


 「──無事、即位式を済まされましたこと、お慶び申し上げます、陛下」


 戴冠の儀式を済ませ、部屋に戻った双葉を、皇帝一家の侍医である林 清彦(りん・せいげん)が出迎える。


 「おお、清彦か。どうじゃ、朕の晴れ姿は?」


 謁見の間でのたどたどしさが嘘のように流暢にしゃべる双葉。


 「はい、誠、丁越二代目皇帝としてふさわしいお姿かと」


 恭しく頭を下げる清彦。

 実は、この皇帝、身体こそ利明の孫の双葉に間違いないが、その中味は亡くなったはずの太祖皇帝・利明にほかならない。

 いや、正確には、医術百般のみならず仙術までも修めた清彦が、利明が死んだ瞬間、身体から抜け出た魂を双葉の身体に押し込んだのだ。

 故に、いま双葉の体の中にはふたつの魂が同居している。

 もっとも、現在の主導権はもっぱら利明の側にあるのだが。


 大陸は統一されたとは言え、まだまだ騒乱の種は残っている。

 本来は二代目たる利明の子供達に期待すべきなのだろうが、利明の子らは皆暗愚と言わないまでも凡庸で気概に欠ける者達ばかり。

 そんな中で、皇帝の初孫として生まれたこの双葉は、利発で誇り高く、皇位を継ぐのにふさわしいと見られていた。

 利明もそんな孫に期待し、可愛がっていたのだが、思いがけず病を得て、双葉の成長を待つ猶予がなくなったのだ。


 「それで……念のため聞くが、双葉の魂が失われたわけではないのじゃな?」

 「はい、勿論でございます。

 幼い双葉様の意識は、いきなり入って来た陛下の強き意識に押されて言わば心の海の奥深くに沈みこんだ状態。ですがこの状態でも身体の見聞きしたことはキチンと伝わっております。

 年月を経て相応の強さを得れば、徐々に主導権を回復されるでしょう。

 しかし──よろしいのですか、陛下。そうなると今度は陛下の意識が内に潜む形となりますが……」

 「ふ、構わぬ。そもそも未来は若人こそが切り開くべきものじゃ。

 今の朕は、双葉がそれに耐え得る力を得るまでの、代役に過ぎぬ」


 清彦の秘術をもってすれば、双葉の魂のみを取り出し、冥界に送ることで、その身体を完全に利明のものとすることも可能だったが、偉大なる皇帝は孫の人生を奪ってまで生き延びることは望まなかった。


 (嗚呼、それでこそ、利明様です!)


 清彦は、これほどの名君に仕えられたことを誇りに思った。


 ──しかし、ふたりは気づいていない。

 無垢と言ってもよいほど幼い双葉には、まだ自我の境界が乏しかったこと。

 そして、「おじいさま」のことが大好きな彼女が、利明の存在をまったく拒絶しなかったことを。

 その結果、ふたつの魂は徐々に融合が進み、今のふたりは厳密には利明とも双葉とも言えない状態になりつつあるのだ。

 この事が判明するのは、あと数年の時を待たねばならなかった。


 こうして、「華麗なる二代目女帝・双葉」の伝説が幕を開けるのであった!



────────────

『小姐功夫満開!』


 「アイヤ、ここまで! まだまだクンフーが足りないアルな!」


 パッと見、11、2歳くらいだろうか。真紅の旗袍チャイナドレスを着た年端もいかない少女に、昇龍道場の弟子たちは、残らずコテンパンにされてしまった。


 「笑止! 阿呆弟子共、貴様等の小細工なぞ、昇龍拳法百八段の我には通用しないアルよ!」


 旗袍の裾が翻るのも気にせず、呵々大笑する小娘──その正体、というか本来の姿は、この道場の主にして、九龍街でも名高い雲つくような大男の拳豪・林 紅龍なのであった。


 「うう……誰だよ、「鬼みたいに強いお師匠様でも、女になったらさすがに弱くなるだろう」って言ってたヤツは」

 「くっそぉ、「あるいは若返らせて子供にしちまえば楽勝だぜ」とも言ってたよな。それなのに……」

 「ああ……」

 「「ぜんっぜん、叶わねぇ」」


 怪しげな道士から買った薬で、鬼のシゴキを課す紅龍にひと泡吹かせようと団結した弟子達だったが、目論見が外れて意気消沈するのだった。


 その後……。

 元に戻す薬を買うのを忘れていたため、結局、少女は元の逞しい巨漢に戻ることはできなかった。無論、弟子達が師匠から改めて折檻されたことは言うまでもない。


 しかしながら、性別や年齢、体格が大きく変わったにも関わらず紅龍の総合的な強さはさほど変わらず(パワー型からスピード型になった程度。足りない筋力は爆発的に増えた気の力で補う)、今日も街で弱きを助け強きを挫く正義の味方としてその名を轟かせている。


──ポカッ! ドスッ!!  ヒュ~~……ドカン!!! 


 「うぅ……つ、つぇぇぇ」

 「天網恢恢疎にして漏らさず。これに懲りたら、真面目に働くアル!」


 ただ、以前とルックスが180度異なるため、尊敬や畏怖ではなく……。


 「いいぞぉ、紅龍娘々!」

 「カッコ可愛いッ!」


 ……むしろ街のアイドルかマスコットといった受け取り方をされている。


 「成・敗・完・了ッ!」


 当初は戸惑っていた紅龍も、最近では慣れて、むしろノリノリで決めポーズを取るまでに至っている。


 「いつもありがとね、紅龍ちゃん。これ、ウチで作った芒果布丁マンゴープリンだけど、良かったらお食べ」

 「え、くれるアルか? わ~い!」


 また、身体がローティーンの小娘になったことに、嗜好も引きずられたのか、甘いお菓子などを前にすると、本物の女の子のような反応を示すようになった。

 今では女物の衣服や下着も抵抗なく着ているし、実はお洒落にも興味深々で、「ぬぬぅ~、もうちょっと胸が欲しいアルな」と外見年齢としの割に小さなオッパイをこっそり気にしていたりもする。


 道場での弟子に対するシゴキ自体は、あい変わらず厳しいが、羆みたいなむさくるしいオヤジに怒鳴られるのと、可愛らしい女の子に叱られるのでは雲泥の差ということで、実は弟子達もこっそり喜んでいるので、まぁ、八方丸く収まった、と言うべきなのだろう。


……

…………

………………


 後に記された歴史書では、林紅龍は、龍撃拳の開祖であり、街の治安向上に貢献した郷土の英傑として伝えられている。

 ただ、かの者の性別については男女両説あり、「実は林紅龍という拳法家はふたりいた」「父の名前を娘が継いだ」などさまざまな解釈がなされている。


 また、功夫と気功を極めた紅龍は、後年、仙界から乞われて仙女となり、「龍拳娘々」として今も仙界で自らの修行と弟子の育成に励んでいると言われるが、真偽のほどは定かでない。


────────────

『両雄並び立たず』


 その地方では、すでに10年間も戦乱が続いていた。

 かつてその地方をおさめていた古代帝国トーランス。その直系で権威こそあるが、領土はあまり大きくない神聖ティース帝国。その帝国の後継者たるリーフ皇女をめぐって、二大国の王が覇を競い合っていたのだ。


 ひとりは、キヨヒコ七世。かつて東方から北の開拓地に入植し、現地の人々をまとめ富ませたことで、民衆の支持を得て王位に就いた「黒髭王」の血を引く智謀の達人。


 もうひとりは、コティサーキ三世。ティース帝国を除けばもっとも古くからこの地に根を張る、金髪碧眼の民を率いる王家の末裔。


 ふたりがリーフ王女を求めたのは、彼女の血筋が原因ではあったが、同時に名高いその美貌に目が眩んだという側面も無視できない。

 どちらかだけが戦争の原因であれば、おそらく何らかの妥協案があったのかもしれない。


 しかし、今や戦域は拡大し、両国はもちろん盟主国たるティース帝国の中央までが戦禍に飲み込まれようとしていた。


 「嗚呼、神よ、我が始祖よ……どうか、我が国民、いえこの地の全ての民に平安を! そのためなら、たとえこの身にどのような災いが降りかかっても構いません!」


 悲痛なリーフ姫の祈りは、天に届き、思いがけない形で平和への道が示されたのだった。


……

…………

………………


 一年後。講和条約締結一周年の記念祭とともに、新皇帝が、隣接する王国のふたりの後継者、“キヨ姫”並び“サキア王女”と同時に婚礼を執り行い、3つの国は実質的にひとりの手で統治されることとなる。


 キヨヒコからはその智謀を、コティサーキからはその武勇を、それぞれ吸収した皇帝リーヴスは、圧倒的な実力と権威を兼ね備えることになる。

 加えて元王達の精力までもふたり分受け継いだため、夜の生活は絶倫で妃達は疲労困憊することとなった。もっとも、ふたりとも口では文句を言いつつ、女としては満更でもなかったそうな。


 一帝二妃体制の大ティース帝国は大いに栄え、リーヴスはティース帝国中興の祖として長らく世に讃えられることになった。

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