◆でゅらはん・らいふ

 「デュラハン」と呼ばれる魔物をしってるかい?

 漢字四文字で「首無騎士」などと表現されることもあって、その呼び名の通り西洋甲冑を着た頭(くび)の無い騎士の姿をしている。同じく頭部のない馬にまたがって宙を駆け、死すべき定めの者の家の前に降り立つ──なんて言われている。また、片手に自分の頭部を抱えていることも多いみたいだね。


 種族的にはどう見ても不死系アンデッドっぽいんだけど、告死女バンシーなんかと同様、妖精族に分類されることもある。首が外れるという点では、中国の飛頭蛮や日本のろくろ首も連想させるし、なかなか意外性に富んだ存在だ。

 そうそう、騎士の姿をしているけど、中身は女性だという説もあるらしいね。


 まぁ、そういう欧州の伝承におけるデュラハンについてはさておき。


 今年からクラスメイトになり、偶然隣りの席になって以来、「ちょっと可愛いな、ラッキー♪」と思ってた女の子が、そのデュラハンの末裔だったと知ってしまった時の、適切な答えを挙げなさい。(配点:自分の人生)


 こんな人生における一大ピンチに直面した時、いったいどのような解答を選ぶのが最適なんだろうか?


 1.よ、寄るな、化物!

 2.この事は誰にも言わないよ

 3.秘密にするから、Hさせて

 4.人間でなくてもいい、君が好きなんだ!


 ──まぁ、どう見ても1はアウトだよね。バッドエンド直行だ。

 常識的に考えれば3もアウトだろう。エロゲーじゃあるまいし。

 2か4が妥当だろうけど、彼女いない歴=年齢の僕には、4はさすがに恥ずかし過ぎる。これで、彼女の方に「ん? あたしは別に好きじゃないわ」とか返事されたら悲し過ぎるし。


 素早く脳内選択肢(別に某ラノベみたく本当に表示されるわけじゃないけど)を選んだ僕は、僕に正体知られてあわあわしてる彼女に対して、極力穏やかに声をかけた。


 「そんな慌てなくていいよ。たとえ人間じゃなくても、僕は倉山さんが好きだから」


 …………あれ?

 どうやら僕も結構テンパっていたらしい。

 この非日常な空気にのまれて、気づいたら思わず前々から抱いていた彼女──倉山詩織さんへの想いを、勢いに任せて告白しちゃっていたんだ。


 「えっ!? 大日向くん、それ、本気?」


 パニックになってたはずのところが、一瞬で立ち直って、頭をきっちりハメ直し、こちらに詰め寄ってくる倉山さん。

 ちょ、近い近い! いや、個人的には好きな娘と息がかかるほど接近できて嬉しいけどさぁ」


 「やっぱり、本気なんだ(真っ赤)」


 あ、やべ、最後の方、口に出しちゃってた?

 でも、真っ赤になってこっちをチラチラ見てる倉山さん、超かわええ~! それに、満更イヤってわけでもなさそうだし……もしかして、僕たち両想い?

 倉山さんの方に視線を向けると、あっちも僕の方をちら見しながら、何か言いたげにしている。


 「「あ、あの……」」


 何か言おうと声をかけたその言葉がハモる。


 「あ、大日向くんから……」

 「いや、ここはレディファーストで倉山さんから」


 反射的に譲り合う僕ら。


 「ウフフ、若いっていいわねぇ~」


 コロコロと楽しそうに笑う女性の声で、僕らは我に返って振り返る。

 そこには、先ほど首がズレた倉山さんの姿を見て驚く僕に、彼女の“正体”を僕に告げた謎の女性が立っていた。


 「お姉ちゃん!?」

 「倉山さんのお姉さん?」


 え、何でそのお姉さんが、倉山さんの秘密しょうたいを僕にバラしたんだろ?


 そんな僕の疑問は、“お姉さん”の説明によって氷解した。

 なんでも、倉山さんたちの一族は、その特異な血筋ゆえに、自分達の秘密が他人にバレないよう非常に気を使っていたらしい。

 とは言え、せいぜい20数人の一族内だけで血を繋ぐのは無理があるので、時々は外部の人間を伴侶として迎えないわけにはいかない。

 そのため、見込みがありそうな(つまり倉山一族の秘密を知っても友好的な態度を崩さないような)人間を見つけたら、監視して見定めることになっていたらしい。


 「その意味では、そっちの少年は合格かな。ねぇ、少年。この子の──詩織の許婚(いいなずけ)になる気はない?」

 「お、お姉ちゃん、いきなり過ぎるよぉ」


 確かに倉山さんの言う通り唐突だけど、僕の心は(さっき暴走気味に告白したことで)開き直っていた。


 「──僕は、倉山さん……詩織さんが好きです。詩織さんが嫌でないなら、そのお話、ぜひ受けようと思います」


 * * * 


 まぁ、そんなこんなで僕たち──僕こと大日向淳(おびなた・じゅん)と倉山詩織(くらやま・しおり)さんは、16歳にしてお付き合い……をすっ飛ばして、婚約者フィアンセになることになった。

 幸いにして、詩織さんのご両親も(デュラハンの末裔だとは思えないほど)陽気で気さくな人たちで、僕のことを「愛娘の将来の婿」として喜んで受け入れてくれた。


 あのお姉さんの飛鳥さん(国立大に通う才媛さんだ!)も、パッと見はちょっとミステリアスなクールビューティって感じだけど、話してみると案外おちゃめで優しく、将来の義弟としてはひと安心だ。

 高校に通うために僕はアパートに下宿してるんだけど、詩織さんを連れて、電車で7駅ほど離れた実家の方に「旧家の娘さん(実際、倉山家は由緒正しい資産家だ)と恋仲になり、婚約が決まった」って報告にも行った。

 恋愛経験0のはずの僕に恋人どころか婚約者ができたことに、さすがに両親は驚いてたけど、詩織さんの人柄を見て「この娘さんなら」と納得したのか、最終的には快く祝福してくれた。


 そして無事にお互いの家族との顔合わせも済んだところで、詩織さんのご両親から「部屋は余っているし、よかったらウチに下宿しないか?」と誘われたんだ。

 将来、義理の両親になる人達と今から親交を温めておくのもいいかも……と思って、アパートから引っ越したんだけど、引っ越し荷物とともに倉山家に到着すると、ちょっとしたトラブルが待っていた。

 まだ存命中の先代当主──つまり詩織さんの祖父にあたる人が来ていて、僕が彼女の許婚になったことに難癖イチャモンつけてきたんだ。


 「こんな軟弱そうな坊主に我が家の秘密を護れるものか」ってね。


 僕も最初は我慢してたんだけど、詩織さんや飛鳥さんに至るまでボロクソにけなされて、ついカッとなって反論しちゃったんだ。

 そこで、僕と詩織さんは、倉山家伝統の「外部の人間を嫁/婿に迎える際の試練」とやらを受けることになったんだけど……。


 * * * 


 「──まさか、こんなコトができるなんてなぁ」


 溜息をつきながら、ボクは「短めの制服のスカートの裾を気にしながら」溜息をつく。


 「あ、あはは……ゴメンね、淳くん。おじいちゃんがガンコで」

 「いや、まぁ、ボクも売り言葉に買い言葉的に挑発にのっちゃったから。それと……少しだけ歩調を緩めてくれないかな。この足で歩くのにまだ慣れなくて」

 「あ! ごめんなさい」


 「今のボクより頭半分背の高い」詩織さんが、あわてて歩くスピードを緩める。


 ──どういうコトかと言えば、“今のボクたち”は、(首が外れても死なない)デュラハンの特殊能力の応用とやらで、首をすげ替えられて、首から下が入れ替わっている状態なんだ。


 ちなみに、認識阻害の呪術が掛けてあるとかで、周囲の人々には、ボクは詩織さん、詩織さんはボクの姿に見えてるらしい。

 で、この状態のまま一年間暮らして、周囲の一般人に異常と気取られなければ、倉山家の嫁(僕の場合は婿)として合格……という試練なんだって。


 「どーゆー意味があるんだろ、コレ?」

 「えっとね、困難をふたりでともに乗り越えることと、秘密を守り続けること、そのふたつに関する意思の強さや機転を試されてるんだって」


 (それと……結婚する前にお互いの“体”に関する理解を深めておけるように、って)


 詩織ちゃんがゴニョゴニョ言ってた後半部分は聞き取れなかったけど、意外にもキチンとした理由があることは理解できた。


 「ふぅ、ま、今更ごちゃごちゃ言っても仕方ないか。


 よーし、気持ちは切り替えた! この一年間、見事詩織ちゃんになりきって、あの爺さんをギャフンって言わせてやろう!」


 「そうだね、私もがんばるよ!」


 ──そういうわけで、これから一年間、ボクは“倉山詩織”、彼女は“大日向淳”として高校生活を送ることになったんだ。


 * * * 


 「で、今日一日学校で、“胴体からだ”の立場で過ごしてみてどうだったの?」


 夕方、“家”(倉山家のことね)のダイニングに集まって、皆で晩御飯を食べている時、お義姉さん──飛鳥さんが、そう聞いてきた。

 本当は、お義父さんやお義母さん(気が早いかもしれないけど、そう呼ぶことにしたんだ)も、聞きたくてウズウズしてたみたいだけど、何気にボクらに気を使ってくれてたみたい。

 その空気の中で、ズバッと切り込んでくるあたり、飛鳥さんは流石だなぁ。


 「えーと、ボクはそれなりに巧くやれたと思うんですけど……」


 チラッと詩織ちゃんの方に視線を向けると、申し訳なさそうに首をすくめている“少年”……の身体になってる彼女(彼?)の姿があった。


 「ぅぅっ、すみません、色々やらかしました」

 「えっ!? ちょっと詩織、アナタ、何やったのよ?」

 「いやぁ、人間関係とかは元々クラスメイトだし、休みのうちに淳くんと情報交換しておいたから、何とかなると思ったんだけど……」


 * * * 


 朝、お手て繋いで──というのはさすがに恥ずかしいからしてなかったけど、ほとんど寄り沿うようにして学校に登校するボクたち。

 先日来、ボクらが恋人を通り越して許婚になったことはクラスメイトや親しい友人たちは知ってるし、学校にも念の為伝えてある。


 普通なら「不純異性交遊だ!」と騒がれそうなものだけど、倉山家が地元の名士でウチの学校──鷺宮学院に結構な額の寄付をしてるので、その辺の融通は利かせてくれるらしい(まぁ、さすがに校内で「チュッチュ」とか「セクロス」してたら何か言われるだろうけど)。

 そもそも、キスはともかく、最終合体ファイナルフュージョンは、ボクらはまだ未実行だし、人目の多い学校でスる勇気なんてないけどね。


 で、教室についたところでも、前にも言った通り、ボクらの席は隣り合わせだ。

 そのおかげで、クラス内でよく話す互いの友人とも多少は面識があったのは、こういう事態になると好都合だなぁ。

 ……と、朝のHRが始まる前のボクはのんきに思ってたんだ。


 「あ! おはよう詩織」


 教室に着いてからも、キチンと注意して詩織ちゃんの席に座……ろうとした時、斜め後ろの席の空島さんが挨拶してきた。


 「! お、おはよう、郁…ちゃん」


 クラスメイトとは言え、それほど親しいわけでもなかった空島さんを、下の名前、しかもちゃん付けで呼ぶのは多少恥ずかしかったけど、彼女の親友の“倉山詩織”としては照れてるわけにはいかない。

 できるだけ何気ない風を装って、朝の挨拶を交わし、そのまま雑談モードに入る。


 幸い空島さん──郁ちゃんは、微妙に不自然な“間”にも気づかなかった様子で、そのままなんてことのない(でも、ボクにとっては結構ハラハラものの)雑談で先生が来るまでの時間がつぶれることになった。


 けれど。

 その時、大日向淳……として認識されてる詩織ちゃんの方は、ちょっぴりトラブってたんだよね。

 まぁ、トラブルって言っても、ボクの親友(悪友?)の吹雪涼太に声をかけられて、返事する時、涼太に対して「吹雪くん」って呼びかけてしまったくらいなんだけど。


 「おいおい、何だよ、淳。他人行儀だな。ひょっとして、こないだ倉山さんとの仲をからかったこと、まだ根に持ってんのか?」

 「え、いや、あの、そういうわけじゃなくって……」


 ああ、そこで肯定しとけば、そのまま流せるのに。

 郁ちゃんとの会話しながら、意識の半分でふたりの会話に盗み聞きしていたボクは、「アチャア~」と内心顔をしかめてたんだけど、幸いその時は、ちょうど担任の先生が来てHRが始まったんで、有耶無耶になった。


 「でも、その後がねぇ」


 確かに、“大日向淳”の友達をシカトしたり、メール(あらかじめケータイは交換してある)に変な返信したりとかって致命的なことはなかったみたいなんだけど……。


 「──出席点呼の時に“倉山”と呼ばれて返事しちゃったのは序の口で、間違って女子トイレに入りかけること2回。空島さんを名前で呼びかけること3回。

 体育の着替えでは女子更衣室の前まで来ちゃったし、廊下を歩く時も気を抜くと内股のオカマ歩きになって、周囲の友人にも指摘されてたよね」

 「あう……淳くん、なんで知ってるの!?」

 「そりゃ、コイツを付けてたから」


 パチンとボクが指を鳴らすと、詩織ちゃんの肩から小さめの人魂というかホタルみたいな青白い光が、ふよふよと浮かび上がった。


 「これって、使い魔のウィルオウィスプ!? いつの間に……」

 「空島さんのことを「郁ちゃん」と呼びかけた時からかな。イヤな予感がしたから、何かあったらフォローできるかと思って」


 念のための保険と思って召喚しといたんだけど、“致命的じゃないけど、色々問題がありそうな失敗”を、こんなにやらかすとは思ってもみなかったよ。


 「そもそも、淳くん、いつの間に使い魔なんて使えるようになったの!?」

 「ん? 先週の土曜日に首を付け替えられたあと、飛鳥さんに「デュラハンってほかにどんなことできるんですか」って聞いたら教えてくれたよ?」

 「確かにウィルオウィスプの使役は初歩の初歩だけど、教えた直後に使えるようになるのって、生粋のデュラハンとしても結構すごいことなのよ」


 飛鳥さんが感心したように言い、義父さんと義母さんも「うんうん」と頷いている。


 「と言っても、今はまだ、視覚か聴覚のどちらかしか同調させられませんけどね」

 「あぅ……私、まだどちらもできない……」


 詩織ちゃんが情けなさそうな顔で肩をすぼめる。


 「え? でも、感覚同調できないのに、ウィルオウィスプを召喚する意味って……」

 「普通は、何度も召喚&使役してスキルを上げることで、徐々にそういった特別な機能も使えるようになるのよ。

 そういう意味では、淳くんってその手の術の行使に天才的な素質があるのかもね」


 飛鳥さんは持ちあげてくれるけど、勉強も運動も人並で、目立つ特技とかも無かったボクに、そんな素質があるなんていまいち信じられないなぁ。

 とは言え、その場における“総評”では、「淳くんは“たいへんよくできました”、詩織の方は“もうちょっとがんばりましょう”ってトコね!」という飛鳥さんからの有り難いお言葉をもらい、あとは普通の雑談になった。


 * * * 


 「──というワケです」


 「ほう……あの少年、意外な拾い物、と言うかダイヤの原石だったようじゃな。詩織の方は、魔力が高いわりに術の制御はからっきしじゃったが」


 「今後は如何いたしましょうか? 本人は術を学ぶことに興味津々なようですが」


 「ふむ……とりあえず、“首落とし”と“首替え”以外の術は段階的に教えてやれ。“体”のほうが術の使い方を覚えれば、首を戻した時、詩織もいくらか術の行使にアドバンテージがあるかもしれん」


 「承知しました」


 「──それに、もしそうならなくとも、いざとなればあの少年をあのまま倉山詩織にするという手も……」


 「おじいさま!」


 「無論、あくまでそれは最後の手段じゃ。ワシとて孫は可愛いからのぅ。じゃが、さすがに直系の娘がデュラハンとして完全に落ちこぼれなままでは、色々一族内で不満を言う輩が出て来ないとも限らん。

 それに、万が一そうなっても、“本物”の方もキチンと男(じゅん)として“詩織”と添い遂げさせてやるから、心配せずともよい」


 その夜、そんな会話が何処かで交わされたなんてことは、ボクも詩織ちゃんも知ろうはずがなかった。


~つづかない~

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