◆ワイルド・レッドフード
(やれやれ、死後の世界どころか生まれ変わりなんてものまで実在してたなんてね……)
私は苦笑しながら、女の細腕にはなかなか堪える重さのRPG-7──少々旧式なロケットランチャーを肩に担ぎ直した。
今の私にはこれ一本だけでも結構な重労働だ。他の銃器や弾薬の類を置いて極力身軽になっているというのに、まともに動けるギリギリの状態なのだ。
(昔の「俺」なら、他にも銃を2、3本まとめて背負っても平気で移動できたんだがなぁ)
まぁ、無いものねだりしても仕方がない。所詮今の私は、歴戦の日本人傭兵・葛城清彦曹長ではなく、フランスの片田舎に生まれた民間人の少女、ルージュ・シャペロンでしかないのだから。
実際、つい数時間前まで、自分の「前世」を思い出すこともなく、優しい家族や気のいい友人達に囲まれ、ごく普通の少女として17年間暮らしてきたのだ。
もし何事も無ければ、私は平凡なフランスの田舎娘として、このまま学校に通い、年頃になったら恋のひとつもし、適齢期には旦那を見つけて、よき妻よき母としてそれなりに幸せな人生を送ったに違いない。
しかし──たった一発の銃弾が私の運命を大きく変えた。
あの時、テロリストが撃ったライフルによって、目の前で大好きな祖母──ミィナおばぁちゃんが頭を吹き飛ばされて亡くなった瞬間、私はかつての「俺」としての記憶を取り戻したのだ。
幸いと言うべきか、ミドル、ハイともにスクールではスポーツ系のクラブに入っており、(あくまで一般人女性としてはというレベルであるが)体はそれなりに鍛えられている。
また、父方の祖父が猟師をしており、私もその祖父にサバイバルやハンティングの基礎を習っていたこともプラスに働いた。
テロリストたちも、まさかついさっきまでブルブル震えるだけだった小娘が、古参兵さながらの鮮やかな手際で逆襲に転じてくるとは思ってもみなかったのだろう。
「俺」は巧みな体術とトラップ、そして死んだ敵からとりあげた銃を駆使して、瞬く間に、テロリストの先遣部隊を全滅させることができたのだ。
ここで、後続のヘリを落としておけば、かなりの時間稼ぎができる。
そこで、先遣部隊のひとりがなぜか持ち込んでいたロケランを担ぎ出して、こんなところに潜んでいるというわけだ。
──バラバラバラ……
特徴のあるローター音が聞こえてくる。
(あれだな……)
敵に発見されるギリギリまで物陰に身を隠し、敵兵が降下しようとヘリの高度を下げてハッチを開いた瞬間、私は自分でも呆れるほどの迅速さと精確さでロケット弾を発射して、見事に相手を撃墜したのだった。
* * *
──数年後、私は戦場にいた。
あの日、私の故郷を襲ったテロリストたちは、奇しくも「俺」が前世で所属していた傭兵組織「
そして、前世と現在の記憶を突き合わせてみた結果、気付いたのだが、私はどうやら時を遡って生まれ変わったらしい。この時代では、まだ紅巾部隊は結成されていないようだった。
だから、私は思ったのだ。
「ないのなら、自分が作ればいい」と。
周囲の人間は、喪った祖母や友人の復讐の為に私が傭兵になったと思ったのだろう。決していい顔はしなかった(両親は最後まで反対していた)が、同時にどこか納得もしていたようだった。
無論、そういう個人的な感情が皆無かと問われれば否定はしない。
しかし、それ以上に、あのハングリーウルフは危険なのだ。個々の構成員の実力や練度は確かにさほど高くないが、その組織力は馬鹿にできない。欧州全土、それどころか、アジアやアメリカの一部にまでその魔手を伸ばしているのだ。
正義の味方を気取るつもりは毛頭ないが、彼らに対抗できるだけの
運命の巡り合わせだろうか。私の周りには個性的かつ有能な人物が多数集まってくれた。
本人の戦闘能力もさることながら、小規模部隊による戦闘から戦略レベルの師団の作戦構築から実戦指揮まで完璧にこなす参謀──というより軍師と呼ぶべき「虹色のドロシー」。
とある王家の末裔だと噂のある高貴な美貌と挙措、そして熟練狙撃兵を数段上回る隠密性と命中率、有効射程を誇る神技的スナイパー、「皆中のブランネージュ」。
兵士としては中の上程度の腕だが、補給や物資調達、さらにハッキングも含めた情報収集の天才とも言える、未だ幼さの抜けきらない少女、「英知のサンドリヨン」。
いかなる場所──それこそ敵陣の本営にさえも音も影も残さず侵入し、偵察や暗殺といった極秘任務を遂行できる凄腕の
かたや多種多彩な銃器を完璧に使いこなし、かたやあらゆる刃物を自在にふるい、それぞれの距離で無敵のみならず、そのコンビネーションもまた圧倒的な双子の戦士「グリム兄妹」こと「魔弾のヘンゼル」&「刀神グレーテル」。
そして、ゲリラ戦の現場指揮とトラップ&爆弾の扱いに関しては相応の域にあると自負する私、「紅巾のルージュ」。
後に「カインドネス・セブン」と呼ばれるこの7人を中心とした傭兵集団・紅巾部隊は、(私が未来の記憶を持っていることもあって)驚くほど短期間にその規模と影響力を伸ばし、現代の国際勢力のパワーバランスの一部を僅かながら担うまでになっていった。
* * *
あの日──私が「俺」の記憶に目覚めた日から、十年の時が流れた。
紅巾部隊の総帥として現場に立つことはあまりなくなった私だが、それでも年に何回かは、その技量と勘を錆つかせないためにも簡単な任務に身分を隠して参加するようにしている。
そして、そこで私は見つけたのだ──「俺」だった頃の自分を!
「嗚呼、成程」と私は理解した。
なんのことはない。かつての俺にとって雲の上の存在だった「伝説の傭兵」、紅巾部隊総帥「紅」とは、ほかならぬ自分自身の生まれ変わった姿だったのだ。
しかも、実はこんな近くで顔合わせしてるし(笑)。
もっとも、今の私は「フランス系アメリカ人の中堅傭兵にして小隊長の、スカーレット・ローブ少尉」と名乗っているから、気がつくはずもないのだが。
さて、確かこの作戦での味方唯一の死者が、ほかならぬ「俺」だったはずだ。
それも、戦闘自体が一段落して、周囲の警戒に入っていた時に、残っていたブービートラップに引っかかって死ぬという、新米にも笑われそうな凡ミスで。
専門家の私なら、事前にそういったトラップを見つけるのは難しくはないだろう。特に「ある」とわかっている今ならなおさらだ。
しかし──ここで「歴史」を変えてしまってよいのだろうか?
もし、ここで「俺」が死ななければ、この私もまた存在しないのではないか?
あるいは、元「俺」ではない正真正銘ただの田舎娘としてのルージュは存在するのかもしれない。しかし、あの時、私が「俺」として覚醒しなかったら、現在の紅巾部隊はどうなるのだろう。
それとも「歴史の修正力」とやらが何とか辻褄を合せるのだろうか?
──考えていても答えの出ない話だな。
それに、こう見えても私は、「俺」時代から我が身可愛さに助けれられる戦友を見捨てることだけはしなかったのが、数少ない誇りなのだ。
そして、現在の葛城曹長は、間違いなくスカーレット・ローブの戦友であり、大切な副官だ。
ならば……やることは当然決まっているだろう?
* * *
しかしながら、私が念を入れて手を尽くしたにも関わらず、結局のところ葛城清彦に関する大きな流れは変わらなかった。
違いと言えば、彼がブービートラップではなく、潜んでいた少年ゲリラに私を庇って撃たれて、生死の境を彷徨ったこと。
もっとも、片目と片足を失ったものの、彼はなんとか命は取り留めることができた。
え? 「どうして他人事のように話すのか」?
簡単なことだ。彼は──少なくとも今、私の目の前にいる葛城清彦は、かつての「俺」とは異なる存在だからだ。
幸いにして、彼が生き延びたあとも、私が跡形もなく消滅するということも、あるいは紅巾部隊が無くなったり全然別の組織に変貌したりということもなかった。
と言うことは、つまり、あの作戦で死んだ私の前世である「俺」と、この時代の清彦は、独立した別個の存在と考えるべきなのだろう。
カインドネス・セブンの仲間には私の前世をある程度打ち明けてあるのだが、頭脳派のドロシーやサンドリヨンに聞いてみても、はっきりした答えはわからないみたいだ。リヨンは「平行世界」がどうの「分岐」がどうのと見当はつけてたみたいだけど、それも仮説の域は出ない。
ともあれ、今は大切な戦友にして副官が、命長らえたことを素直に喜びたい。
「おんやぁ? 大事な要素が抜けてるよ? 「愛しの恋人」は?」
う、うるさいわよ、アリス!
確かに、彼の近くにいるために男女の関係を匂わせたことは否定しないけど、それはあくまで擬装であって、本心からでは……。
「あらあら、それでは、どうして多忙な仕事の合間を見て、度々お見舞いに行かれているのかしら?」
ね、ネージュ……そ、それは、先刻も言ったでしょ! 大切な戦友にして副官だって。
「しかし、「スカーレット少尉」という偽の身分はすでに破棄されている。そのうえで、紅巾部隊総帥が指揮官クラスでもない一介の傷痍兵を見舞うのは、明らかに不自然」
り、リヨンまで。
「あ~、もう、降参降参! 貴女方の想像している通りよ」
確かに、私は「女として」彼に惹かれている。
まったく──この歳になるまで、まさか男に惚れるコトになるなんて思ってもみなかったわ。
「いいんじゃないですか? ルージュさんもお年頃……と言うのはちょっと無理がありますけど、まだまだ女盛りなんですし」
「むしろ、三十路前に結婚相手の候補が見つかってよかったじゃない」
ヘンゼル……グレーテル……。
「もっとも、そのお相手が、並行世界ないし前世の自分ってのは、正直「どんだけナルシストなのよ!?」って感じだけどねー」
そこ! ドロシー! せっかく綺麗にまとまりかけてたのがアンタのおかげで台無しよ!!
──てな会話をしたのが数カ月前。
私は今、純白のドレスに身を包んで、教会の祭壇前にいたりする。もちろん、隣りにいるのは、ようやく義足での歩行に馴染んできた葛城元曹長。
兵士として前線に立つことがほぼ不可能となった彼は傭兵を引退することになった。
これまで貯めたお金で故郷でのんびり農園でもやって暮らすつもりらしい。
その計画を明かされたうえで、彼からプロポーズを受けた私は──ほとんど考える間もなく了承の返事を返していた。
未来を知るアドバンテージのなくなった現在の私が、無理に紅巾部隊総帥の座に留まっている必要もない。
「特別顧問」という肩書をもらい、名目だけは残っているものの、私もまた事実上現役を引退し、血の色のベールを脱いで彼についていくことを決めたのだ。
大丈夫、私ひとりがいなくても、それで屋台骨が揺るぐようなヤワな組織を作ったつもりはない。
カインドネス・セブンの親友たちも、快く私の引退を認めてくれた。
まぁ、彼女たちの大半も、いまでは家庭を持ってるしね。
ただし、お相手のいないドロシーだけは微妙に不機嫌だったが。
(フフフ、私とひとつしか違わないクセに……。余裕ブッこいてると、三十なんてアッと言う間よ?)
「それでは、誓いの口づけを」
神父さんの柔らかな通る声に促されて、彼が不器用な手つきで私のベールをめくり、顔を近づけてくる。
幸福感に胸を高鳴らせながら、私はそっと目を閉じたのだった。
-FIN-
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