◆神罰? 天恵?

 ──最初はね、ほんのイタズラだったんだ。


 ボクのひとつ上のお姉ちゃんは、中学から全寮制の女子校に入学。おまけにボクの家は両親とも共働きだったから、家にボクひとりでいる時間が長かった。


 ある日、暇を持て余したボクは、お姉ちゃんの持ってる少女マンガでも借りようかと、お姉ちゃんの部屋に入った。

 女の子らしく整えられてはいるものの、どこかガランとした印象のあるその部屋に入った時、お母さんが洗濯してしまい忘れたのか、お姉ちゃんの服がベッドの上に置いてあったんだ。

 それは、お姉ちゃんが好んではいていたデニムのミニスカート。

 気がついたら、ボクはそれを手に取っていた。そして……。


 十分後、鏡の中には、ちょっとボーイッシュだけど、元気で可愛らしい女の子の姿が写っていた。


 (これが……ボク?)


 その日から徐々に、ボクは女の子の格好をすることに夢中になっていったんだ。


 初めて女の子の姿で外に出たのは、それから一月後ぐらいだったかな?

 花模様のミニのワンピースの上に半袖のシャツ、足元はニーソックスとショートブーツでキメて、ボクは胸をドキドキさせながら町へ出た。

 少しだけ遠出はしたけど、ほとんどいつもと変わらない町並みのはずなのに、なんだか無性にワクワクしたっけ。


 そんな生活を半年間くらい続けた頃かな。

 近所の神社で、お正月用に巫女さんのアルバイトを募集してたんだ。


 元旦と2日の昼間で、珍しいことに中学生もOK(神事への参加って建前で、お給料は謝礼ってことらしい)。

 巫女さんの衣装を着てみたかったボクは、こっそりお姉ちゃんの名前で募集して──見事に採用されたんだよ!

 ほとんどあきらめてたから、うれしかったなぁ。


 やがて来たお正月。

 両親には、友達の家に遊びに行くって嘘をついて、ボクは神社で巫女さんとしてアルバイトに励んだんだ。


 うん、動機は不純だったかもしれないけど、一生懸命働いたんだよ?

 神主さんも、ほかのアルバイトのお姉さん達も、「頑張ってるね」って褒めてくれたし。


 でも、やっぱり神様の前で嘘をついた罰が当たったのかな。

 2日の夕方、バイトの時間が終わって、なごりおしいけど巫女服を脱いで帰ろうとしたボクは、急にお腹が痛くなって倒れちゃったんだ。

 そのまま救急車で病院に運ばれて緊急入院。当然、お父さんお母さんにも、嘘ついてバイトしてたことはバレちゃった。


 けれど、それ以上に驚いたのは、ボクの身体がいつの間にか女の子になってたことかな。

 なんでも、ボクは初めての「せいり」で体調を崩した……ってお医者さんに言われたんだ。


 そりゃ確かに、お腹の下の方がシクシク痛い気がするけど……。

 でも、ボク、本当は男のコだよ? 「せいり」って、女の子がなるものじゃないの?

 そう言ったら、なぜかお医者さんも看護師さんもヘンな顔をしていた。


 ──え? パンツの中? 


 あ、あれれ? おちんちんが……ない!?

 そう言えば、お母さんが病室に持って来てくれた着替えも、みんな女物だね。

 しかも、お姉ちゃんのタンスの中で見たことがないような服ばかりだし、サイズもボクにぴったり。


 ──あれぇ?


 結局、何が何だかわからないうちに、ボクの身体は完全に女の子になってたし、周りの人もボクのことを元から女の子だと思ってるみたい。


 うーん、不思議だけど……ま、いっか。

 これで堂々と可愛いお洋服が着られるもんね!

 あ、もしかしたら、コレって真面目に働いたボクへの神様からのお年玉かも……。

 だから、それからもボクは毎年あの神社でバイトを続けてるんだ。

 神様にせめてもの恩返しがしたいしね!


 * * *


 「狭霧(さぎり)先輩、それってただのTS病なんじゃあ……」


 背後から彼が、呆れたように言う。


 「うーん、でも、それなら周囲の認識が変わっていたことは説明つく? 家族の口裏合わせるくらいならともかく、近所の人やクラスメイトまでもボクが女の子であることを当然のように受け入れてるんだけど」


 ボクの反論に、彼は首を傾げた。


 「そう言われると、確かに無茶ッポイですね。

 あ、逆に考えて、先輩が本当は女の子なのに、自分は男だと思い込んでいたとか?」

 「ミステリーの叙述トリックとしてはありがちなパターンだね。でも、それにしたって周囲との何らかのギャップは残るでしょ」


 昨日まで男装して、自分は男だって言い張ってた女の子がいたとして、その子がいきなり女の子らしくなったら、やっぱり周囲で混乱する人が出ると思う。


 「うーんうーん……わからん! 降参です」


 彼は白旗をあげた。


 「あはは、別に勝負じゃないでしょ。それに、ちょっと考えたくらいで謎を解かれたら、それから丸3年間考え続けてもわからなかったボクの立つ瀬がないよ」


 そう言って微笑いながら、ボクは力を抜いて彼の身体にもたれかかった。


 まぁ、今は「悩んだってわからんモノはわからん!」と開き直ってるけど。現状に特に不満があるわけでもないし。


 「そーっスね。俺としても、昔はどうあれ、今はれっきとした美少女なんですから、別段文句はありませんけど」


──ムニムニ……


 「きゃんッ! もう、キヨくん、デリカシーなさ過ぎ。女の子は優しく丁寧に扱わないとイケナイんだゾ!」


 湯船の中で、背後から無遠慮にボクのオッパイを鷲掴みにする少年を「メッ!」と叱る。


 彼は高校の部活の後輩で、つい先日、熱烈なアタックに根負けして恋人になることを了承した、久谷清史郎(くたに・せいしろう)くん。。

 元々、普段はわりとかっこいいし、優しいから、ボクの方も嫌いじゃなかった……って言うか結構意識はしてたんだよネ。


 ──ま、恋人になって一週間で押し倒されるとは思ってなかったけど。このケ・ダ・モ・ノ♪


 「いや、そりゃ、ないっスよ、先輩~。狭霧先輩みたく、極上ボディの美少女が恋人になってくれたら、男だったら煩悩溜まりまくりなんスから」


 それって一応褒めてくれてるつもり、なんだよね?

 中学+高校の計6年間で、ボクの身体は女として年相応以上の発育を見せた。

 顔については好みの個人差が激しいだろうから「美人」と断言はできないけど、プロポーションになついては、わりと自信あるかも。

 身長167センチ、体重46キロ、上から90-59-92ってのは、イイ線いってると思うんだ……油断すると下半身、とくにお尻がすぐ太っちゃうのが悩みの種だけど。


 それにしても。


 「でも、キヨくん、よくTS病なんて知ってたね」


 中学に入ってからは、さすがに「神様の贈り物?」で済ませるワケにはいかなくて、一応、色々調べてみたんだよねー。その中で、原因の候補のひとつとしてTS病もあったんだ。

 発生率が100万人にひとりくらいの奇病だし、いろいろ人権その他で難しい面もあるから、一般にはそれほど認知されてないはずなんだけど。


 「いやぁ、こないだ結婚式に出た従兄のお嫁さんが、そのTS病で性転した女性なんスよ。

 で、「100万人にひとり」のはずなのに、そのお嫁さんの友人にも、TS病経験者がふたりいるらしくて」

 「ふーーん、偶然ってのもあるんだねぇ」

 「ええ。だから、狭霧先輩もひょっとしてと思いまして」

 「「TS病患者同士は引かれ合うっ!」て? 少年漫画の読み過ぎだよ」クスクス

 「はは、ですよねーー」


 と頭をかくキヨくん。


 「うーん、ちょっとノボせてきたかな。そろそろ上がろっか?」

 「ええっ、このままお風呂場で一戦してくんじゃないんスか?」


 露骨にガッカリした顔になる彼の鼻をちょんとつつく。


 「だ~め。大体、そもそも今日はテスト前の勉強しに来たはずでしょ。それなのに、部屋に入って早々にベッドに直行したのはどちら様だったかな?」

 「ええっと、俺です、ハイ」

 「まぁ、ヤリたい盛りなのは理解できなくもないけど、とりあえず今夜はアレでおしまい。

 いくらウチの親が留守だからって、ひと晩中Hとかは論外だよ」


 はぁ~とショボくれるキヨくんの耳元でそっと囁く。


 「──その代わり……今度の期末で学年30位以内に入ったら、スゴいことしてア・ゲ・ル」

 「さぁ、狭霧さん、出ましょう! 学生の本分は勉学っスよ! 頑張るぞー!!」


 途端に張り切るキヨくんの姿に、ボクは苦笑するしかなかった。



PS.ガリ勉の星と化したキヨくんの学力向上は目覚ましく、テストの結果、見事27位にランクイン。やっぱ、男って目の前にニンジンぶら下げるのがイチバンだね。

 え? 「スゴイことって何か?」 ふふ~ん、それは、ボクと彼だけのナイショ♪


-FIN-

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