◆夢十歳(リファイン版)
子供のころの話だけど、僕には、「花緒里(かおり)」って名前の、同い歳でとってもやんちゃな従姉(いとこ)がいたんだ。
「きっと生まれてくるとき、チンチンを忘れてきた」
「幸行(ゆきつら)くんと逆だったらよかったのに」
──なんて、実の両親や親戚のおじさんおばさん達からも、よく言われているくらいおてんばでね~。
あ、ちなみに「幸行」ってのは僕のこと。どっちの名前も『源氏物語』の巻名をちょっとだけ変えたもので、古文の教師をしていたおじいさんが、付けたんだって。
ただ、ね。
大人からすれば、その言葉は単なる笑い話やちょっとした愚痴なんだろうけど、子供時代の僕は、それが物のたとえじゃなく、本気の言葉だと思ってた。かおりちゃん自身、「どうせなら男の子に生まれたかった」って常々公言したしね。
だから、かおりちゃんに一緒にプールや風呂に入ろうと誘われても、「うっかり隙を見せたら、きっとおチンチンをもぎとられちゃう!」と警戒して、ずっと必死に断ってたんだ。
もっとも、数年経って、小学3、4年生になるころには、さすがに一緒に風呂に入れと言われることもなくなって、安心してたんだけど……。
「おい、起きろよ!」
4年生のゴールデンウィークに、榊のおじさん(=かおりちゃんのお父さん)の家に遊びに行って、お昼寝してる時、僕はかおりちゃんに乱暴に起こされた。
「ん~、なに、どうしたの?」
眠い目をこすりつつ、目を開けると……。
そこには、ヤンキースのロゴが入ったユニフォーム風Tシャツと、カーキ色の半ズボンという僕の服を着て、勝ち誇ったような顔をしているかおりちゃんが立っていた。
「え? え?」
対して、お布団の上の僕は、丈の短いシンプルな白い半袖ワンピースとレース編みの3つ折りソックスという女の子(たぶんかおりちゃん)の服を着せられていた。
「な、何これ?」
「今日から、アタシ……ううん、オレが、六条の家の息子になるから。オマエは代わりにウチの父さん母さんの娘になれよ」
自信たっぷりに、かおりちゃんに、そう宣言されて、寝ぼけまなこの僕もさすがに目が覚めた。
「ええっ!? い、いきなりそんなこと言われても……」
それでも、気弱な性格故か、僕はキッパリ断わることができず、モゴモゴと口ごもってしまう。
「いいじゃないか。オマエは頭がいいし、礼儀正しくて優しいから、よっぽど父さんたちが望んでる「おとなしくて可愛らしい娘」に近いと思うぞ」
僕の態度を脈ありと見たのか、かおりちゃんは、畳みかけるようにそう言うと、強引に僕に赤いランドセルを背負わせ、左の前髪を花飾りのついたピンで留めてから、鏡の前に立たせた。
「え、コレが……ボク?」
鏡の中には、ちょっと困った顔をした、僕と同い年くらいの女の子(にしか見えないボク)が映っていた。
鏡に映る自分を見ていると、なぜか自然と内股になってモジモジしてしまう。
「へぇ……いいじゃん。オマエ、すっごく可愛いぜ」
そんなことを言いながら、かおりちゃんはスカートをめくってきた。
まくれあがったスカートに下には、ボクはレモンイエローの女の子用パンツをはいていて、それが人目にさらされていることを自覚すると、恥ずかしくてたまらなくなる。
「キャッ! や、やだ、やめてよぅ……」
半泣きになってスカートを押さえるボクを見て、ますますニヤニヤするかおりちゃん。
「ウチの父さんと母さんの許可はもらってあるから、今度はオマエん家に行こうぜ」
かおりちゃんに手を引かれて、渋々その格好のまま、歩いて3分ぐらいの場所にあるボクの家に帰ったんだけど……。
『おやおや、すっかり可愛くなっちゃって。おかしいねぇ、うちの子は男の子だったはずなんだけど……』
お母さんまで、ニヤニヤしながら、そんなコトを言うんだ。
「ならさぁ、オレがこの家の子になるよ!」
ここぞとばかりに自分をアピールするかおりちゃん。
『ふむふむ……うん、それもいいかな。「かおる」、今日から、アンタがウチの子だよ』
「やりぃ!」
あれよあれよと言う間に、ボクを置いて話がまとまってしまう。
『じゃ、そういうことだから。アナタも早くお家にかえりなさいね』
お母さんは、そう言うと、あっさりボクを玄関から締めだしたんだ。
途方に暮れたボクは、仕方なくトボトボとおじさんの家に行ってみた。
すると……。
「あら、お帰りなさい。どこか出かけてたの、「行幸(みゆき)」?」
至極当然のような顔で、夕霧おばさん──花緒里ちゃんのお母さんが、優しく迎えてくれたんだ。
「あ……うん。ただいま、ママ」
気が付くと、ボクはそんな言葉を返していた。
……
…………
………………
「──という、夢を、昨晩見たんだ」
「だぁっ、散々引っ張っといて、夢落ちかよ!」
遊びに来た「彼女」の部屋で、ベッドに寝転がってマンガを読んでいた少年が、ガクッとずっこけている。
「にしても、ちょっとおもしろいな。おまえって、見た目も性格もボーイッシュな要素皆無なのに、もしかして、密かにそういう願望とかあったりすんのか、みゆき?」
「え? うーん、どうかなぁ。別に女の子の立場が嫌だって思ったことはないけど……」
なんとなく肩にかかる髪をすくいながら、「みゆき」と呼ばれた16歳くらいの少女は首を傾げる。
確かに、少年が言う通り、少女の外見や雰囲気は極めて女らしかった。
背中の半ばまで伸ばした髪は、髪質なのか軽くウェーブこそかかってはいるものの、髪の色自体は「ぬばたま」と表現するにふさわしい見事な黒だ。
背丈は160センチに届くかどうか。中肉中背というには、僅かにふっくらしているが、太っていると言うよりは、むしろグラマーと言うべきだろう。
とくに胸の曲線は、未だ発展途上でありながら、すでにCを通り越してDの領域に踏み入れつつある。
顔立ちも、ミスコン総ナメクラスの美人というわけではないが、黒目がちでつぶらな瞳と小作りな鼻梁、そしてすべすべの頬がやわらかそうな、可愛らしい顔立ちだ。
あえてどうぶつに例えるとしたら、子ダヌキだろうか? 猫型美少女や狐系美女ほど超然としていないが、そのぶん愛嬌があって親しみやすい。
ちょっと天然気味だけど、柔和で男女問わず好かれやすい──そんな外見と雰囲気を備えており、実際の少女の性格も、その外見を裏切らない、温厚かつ淑やかで優しい人柄をしていた。
「男だったら、こういうこともできないし、な」
──ムニムニ……
「きゃん! もぅ、ヒョウくんいきなり過ぎるよぉ」
幼馴染にして現・恋人でもある少年、柏木兵衛(かしわぎ・ひょうえ)にいきなり背後から胸を揉まれて、さすがに抗議するみゆき。
「いいじゃん、別に。お前と俺の仲だろ? それに……今日はお前の方から、家に誘ってくれたんじゃねーか。おばさんたちが外出してるからって」
「そ、そそれは……」
少女が口ごもる。
無論、少年を誘ったのは「そういう事」をしようという意図があったのも事実だ。しかし、いくら親しい仲とは言え、女の子としては、恋人にもう少しデリカシーを持ってもらいたいものなのだ。
「うん、まぁ、善処しよう。……で、どうする?」
背後から抱きしめられ、弱点のひとつである耳もとをカプリと甘噛みされつつ、熱い吐息を拭き掛けられては、否も応もない。
みゆきは、頬を染めつつコクンと頷き、振り向いて兵衛の胸に身を預け、熱い口づけをねだるのだった。
……
…………
………………
意識を取り戻したとき、私は大好きなヒョウくんと一緒にベッドの上でタオルケットにくるまっていた。
「んごぉ……すぴぃ……」
マンガみたいな大きな寝息を立てて眠るヒョウくんの顔を覗き込むと、自然と頬が緩んでくる。
そのまま彼に抱きついて眠──ろうとして、ふと思い出した記憶に、動きが止まる。
「ごめんね、ヒョウくん」
そう、さっき彼する前に話していた夢の話。実は、あれ、2年前、中学2年生の頃にも見たことがあるのだ。
そして──あれは本当にあった事。
10歳の頃、六条幸行だった「僕」は、かおりちゃん──榊花緒里に、その立場を入れ換えられ、以来、榊家の長女のみゆきとして生きてきたのだ。
入れ換えられた直後はかろうじて自覚があったものの、元々流されやすいタチの「ボク」は、1年も経つとすっかり「榊みゆき」としての女の子の暮らしに馴染み、そのまま小学校を卒業して、ヒョウくん──柏木くんと再会した。
最初は、幼馴染の親友。そんな関係だったふたりだけど、思春期の男女(もっとも、その時点での私の身体的性別はまだ♂だったけど)が、いつまでもそんな曖昧な関係に留まれるはずもなく、中学2年の文化祭あと、ボクは彼に告白され、それを受け入れた。
嬉しかった。
でも、同時に不安だった。
意識することさえめったになくなったけど──そして、低めの身長や華奢な体格、撫で肩な体型や、無駄毛の少ない肌などを保っていたけれど、まぎれもなく、私の股間には(すごく小さいけれど)男の子のモノがついている。
さらに言えば、胸だって申し訳程度にしか膨らんでいない。
このまま、周りを騙したまま、女としてヒョウくんの恋人になってていいのか。
──そんな風に悩んでいた時、「あの頃」の夢を見たのだ。
夢から覚める間際、『男の子に──六条幸行に戻りたいか?』と誰かに聞かれたような気がする。
ボクは思い切り首を横に振っていた。
「戻りたくない! 女の子のままでいい! ううん、ちゃんとした女の子になりたい!!」
心の中のそんな叫びが聞こえたのか、その「誰か」が微かに笑ったような気配がした。
『なら、コレはいらないね』
股間から激痛とともに、何かが引き抜かれる感覚がして……。
やがて目が覚めたときも、下腹部がしくしく痛むのを感じて布団をめくると、パジャマの下の股のところが血が滲んでいた。
慌ててパジャマとショーツを下ろすと……。
「う、嘘……」
昨日まで見慣れたはずの粗末なブツは消え失せ、暗赤色の血に塗れてはいるもの、おそらくは女の子の股間にあるのと同じであろうと思われる割れ目が備わっていたのだ。
ちなみに、下腹の痛みは初潮を迎えた証らしい。
娘の月のものが遅れていることを密かに心配していたらしい両親には喜ばれ、なにより「ボク」自身も、キチンと「身も心も」女の子になれたことが嬉しく誇らしかった。
それを機に、一人称を「ボク」から「私」に変えて、髪の毛もセミロングからロングに伸ばすようになった。
生理が訪れたおかげか、それまでの発育不良を補うかのように、中学卒業する頃までに、オッパイが膨らみ、お尻も丸みを帯びはじめ、痩せぎすから一転ふくよかな体型になったけど、私は満足だった。
──ヒョウくんが、どっちかと言うと巨乳派だって知ってたからネ♪
今はまだ、本当の話(こと)を彼に告げる勇気はないけど……。
「いつか必ず話すから、それまでそばにいてね」
私は改めて彼の背中に抱きつき、幸せな眠りについたのだった。
<おしまい>
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