◆いせてん!
*いせてん(その1)*
「いせてん」って知ってるかい? そう、近頃流行り(?)の“異世界転生”ってヤツだ。
無論、ラノベとかアニメとかの単なるネタだと思ってたんだが……。
不肖、宗谷遊馬(そうや・ゆうま)19歳・浪人生(♂)、「トラックに轢かれそうになっていた子犬を助ける」というベタな展開(いや、本人にとっちゃ笑いごっちゃないけど)の結果、いせてん、しちゃいました。
これまたお約束なことに、神様らしき人(?)が来て、転生する世界は決まってるけど、どういう人物に転生するかは選ばせてくれるって言うんで……。
・その世界の常識を壊すようなチートスキルとかはいらない
・それなりに裕福で、衣食住や教育に困らない環境
・人並程度には家族の愛情も欲しい
・あくまで生まれた種族の常識の範囲内で文武両道かつ美形
──という条件をつけてみたんだ。
正直、「お前、人生ナメとるやろ!」と怒られるかと思ってたんだが、むしろ逆に感激されちまった。
『エラい! 昨今の若者は異世界転生するとなると、やれチートだ、王族だ、ハーレムだと分不相応な願い事をしおるのに。特に家族の情愛を条件につけるあたりが気に入った!』
あ~、この言い方だと、チートを望んだ転生者って、それ以外の部分がとことん劣悪条件な環境に転生させられたんだろうなぁ。
『お主の願う条件の範囲内で、我も全力を尽くしてやろう』
あれ? ちょ、待って神様、そこまでしてもらわなくても……。
『汝の新たなる人生に幸多からんことを!!』
あ、この人(?)、聞いちゃいねぇ!?
……で、その結果がコレだ。
ええ、確かに裕福かつ愛情深い家庭に生まれて、幼い頃から各教科の教師に感嘆されるほどの才能を示してましたよ。顔……というか容姿も確かに端麗ですとも。
でも、まさか「大陸の半分近くを占める大帝国の第三皇女」に生まれるとは思ってもみなかったよ!!
“遊馬(ボク)”としては、富裕な商人か、せいぜい騎士か男爵程度の下級貴族を想定してたんだが、まさかよりによって王族(より正確には皇帝の一族だから皇族?)とは。
いや、それはいいんだ。これほどの規模の国の王族にしては、ウチの両親や兄弟姉妹は驚くほどアットホームで仲がいいし。
でも、それにしたって、わざわざ姫君(おんなのこ)にする必要はないでしょ!
──まぁ、確かに皇帝である父上を筆頭に、皇族(ウチ)の男連中って筋肉ムッキムキの巨漢揃いで「美形」という言葉のイメージには、ちょっと合わないけどさ。
この一族に生まれて美形を名乗るなら、必然的に女の子にするしかなかったのかもしれない。
幸いにして前世の記憶が戻ったのが10歳になる前夜で、その頃までに王族女性としてのたしなみの基礎は叩き込まれていた(そして当然、今世の記憶もしっかりある)んで、今の所、皇女としてボロは出してない(はず)。
もともと第三皇女ソーニャ(現在の私の名前ね)は、お転婆姫的な目で見られていたし(たぶん、無意識下で男だった前世が影響してたんじゃないかな)、多少男っぽい言動をしても、「あぁ、またか」と見逃してもらえるしね。
──礼法担当のキリカ先生には「もっと淑女らしく!」って、よく叱られるんだけど。
で、だ。お姫様なのは納得するにしても……何なの、この【“雷光”の異名を持ち、最強の竜を乗りこなす魔道に長けた姫騎士】って字名(あざな)は!?
まぁ、確かに私は雷系の魔法が得意(※17歳にして最上級雷撃魔法習得済)だし、魔道学園を首席で卒業して魔道士としての資格は持ってる。
幼い頃から王族のたしなみとして剣の稽古は欠かさなかったし、17歳の今では近衛隊長とも互角に打ち合える自信はある。
学園時代の遠足で怪我してるところを拾った子竜ユーマが、実は国の守護神である煌竜バーンの孫で、今では大きくなって私を乗せて飛べるようになったのも事実だ。
………あれ、あの字名、もしかしてあんまり間違ってない?
(ぅぅ~、ひとつひとつの要素は、チートとか伝説的って言われる程じゃないはずなのに、複数組み合わさることで、まさか呆れるほどに厨二病臭い称号を得てしまうとは……トホホ)
などという内心はおくびにも出さず、私は今日も人々の憧れの【雷光の(略)姫騎士】として、王都や周辺の町村を巡回し、様々な戦果を挙げていくのでした、まる。
(まぁ、竜騎士隊で働いてる限りは、舞踏会だとかお茶会だとか面倒臭い貴族の社交だとかにはあんまり巻き込まれないで済むのは助かるかな~)
一応、10歳までの素地とそれ以降も懸命に勉強して身に着けた知識があるから、お姫様らしく「オホホ」と笑って猫かぶってることくらいはできるんだけど、正直あんまり楽しくないし。
──でも私は知らなかったのだ。その頃、王宮でマイダディ(皇帝)&マミィ(皇妃)が、「ソーニャもそろそろお年頃だし、あの子に見合った許婚を見つけてあげないといけないね」なんて会話をしていたことに。
<アクションRPGを現実(リアル)で満喫するつもりが、王都に帰ればリアル恋愛乙女ゲーが待っている姫騎士ソーニャの、今後にご期待ください>
*いせてん(その2)*
いせてん──「異世界転生」ないし「異世界転移」と言われる、昨今のラノベやアニメで一大ブームとなったジャンルだ(まぁ、そろそろ飽和気味で廃れ始めてるけど)。
僕こと神楽詠一もライトヲタな傾向があるから当然知ってたし、そのテの創作物を見たり読んだりして楽しんだ経験は多少なりともあったけど……。
まさか、現実に自分がソレを体験するハメになるとは思わなかった。
あ、ちなみに僕の場合は後者の「異世界転移」──生まれ変わらず元の身体のまま異世界に移動する方ね。
夜、小腹が空いてコンビニに行った帰り、爆走するトラックに跳ねられ……ることもなく、夜道に現れた異形の化物に襲われて逃げ出す……ようなメにも遭わず、無事にアパートの部屋のドアを開けた瞬間。
真っ暗なのにもかかわらず自分の身体とかはしっかり見える、よくわからない空間に飛ばされてたんだ。
テンプレだと、神様とか超越者とかが表れて事情を説明したり、場合によってはチート能力を授けてくれたりするんだろうけど、そういうボーナスタイムはなし。
『アナタハ、コレカラ異世界ニトンデモライマス』
ただ、初〇ミクみたいな合成音声っぽい中性的な声が、淡々とアナウンスしてくる。
『転移先ハ戦国時代ノ日本ト似テ非ナル島国デス』
せ、戦国時代!? いきなりハードモード突入の予感がするぞ。
『目的ハ、ソノ島国ヲ統一シ、20年後ノ大陸カラノ侵攻ニ備エルコト』
ハードを通り越してデスモードだった!!
『オオヨソノ歴史的経緯ヤ状況ハ、カツテノ日本ト似通ッテイマス。知識ヲ利用シテ巧ク立チ回ッテクダサイ』
これは、微妙な未来知識チート……になる、のかなぁ?
『健闘ヲ祈リマス』
──で、次の瞬間、昔の日本っぽい異世界──ジーパング列島のハリマー国に跳ばされてたってワケ。
辺りを見た感じ、畳敷きのちょっと高級っぽい和室で、窓から見える風景からして、かなり高い位置──お城とか塔とかの上の方みたい。それはいいんだけど……。
「──どなた?」
目の前には高級そうな着物を着た美少女の姿が。
もしかして、テンプレ通りなら、このお城(あとでハクロ城と判明)のお姫様!? これ、対応間違えるとデッドエンド直行コースだ。
(ぎゃ、逆に考えるんだ詠一、ここでお姫様の信頼を得られれば、一気にアドバンテージが得られると!)
──ええ、死ぬ気で説明&説得しましたとも。
幸いにして目の前のお姫さんは、不思議な力を持ったいわゆる「巫女姫」というヤツらしく、僕が嘘をついてないことがわかったそうで、何とか信じてもらえた。
それはまぁ、良かったんだけど……。
「20年後に大陸からの侵攻、ですか。困りましたね」
お姫さんと情報をすり合わせた結果、この時代は僕の世界で言う織田信長の浅井攻めが起こった前後の状況らしい。
そっから20年後って言えば……あぁ、朝鮮出兵か。あれ、こっち(日本側)から攻めるんじゃなくて、向こう(大陸側)から攻められんの!?
李氏朝鮮(に相当する国)だけならともかく、大明帝国(にあたる国)が出てきたら、9割方、負け確定じゃん!
ヤバい。それまでにできるだけ日本、いやジーパングの国力を高めておかないと!
でも……。
「時間が足りませんわね。
そう、そこが問題だ。
人の人生からすれば20年はそこそこ長いけど、歴史的観点からすればあっと言う間。戦国屈指の出世頭とか言われる秀吉でさえ、信長に仕えてから城持ちになるまで実は20年近くかかってるからなぁ。
仮に僕が知識チートを利用して順調にこのクローダー家で出世できたとしても、発言力の高い重臣になるには、どんなに早くても10年やそこいらはかかるだろう。そこから10年でどれだけのことができるか。
このクローダー家って、たぶん黒田官兵衛の黒田家に相当するんだろうから、うまく立ち回れば、織田・豊臣といった勝ち組陣営でそこそこいいポジションに就けそうなのは救いだけど。
うーんうーん、と僕が頭を捻っていると、お姫さんが溜息をついて、何かを決意したような目で僕を見つめてきた。
「致し方ありません。本来は忌避すべき術なのですが……」
口の中で何かの呪文みたいなものを唱えながら、こちらに手を伸ばしてくる。
「えっ!?」
訳が分からず、一瞬固まってしまった僕の頬に、そっとお姫さんの掌が当てられる。
その柔らかな感触を堪能するまでもなく、強烈な目まいとともに意識が遠ざかり……。
次の瞬間、僕は、さっきまで目の前にいたお姫さんに「吸収」されていた。
いや、より正確には「合体」したと言うべきなのか。
「合体」したことでわかったんだけど、どうやらこのお姫さん、人間のように見えて実は精霊とか妖精(というか妖怪?)みたいな存在だったらしい。
人の目に見えるよう実体化はしていたものの、物質的な身体は持っていなかった……んだが、先ほどの「合体」によって僕が彼女の憑坐(よりまし)となることで、確たる肉体を得た──ということになるのかな。
ちなみに、外見的には先程までのお姫さんそっくりになってるけど、肉体の主導権は宿主(?)である僕にあるみたいだ。
『こうなったからには、
ぅわー、背負わされる期待がおもーい!
『大丈夫、このハクロ城とヒメジの町を護る大明神オサカベヒメの名に於いて、妾も其方に力を貸しますから』
あーうん、お願いします。
こうして、僕あらため「私」の極秘プロジェクト「さっさと誰かに天下統一してもらって、ジーパングを強くしよう!」計画が始動したのでした、まる。
PS.それとは別に、人としての肉体を得たことでオサカベヒメが、女性になったことで僕もとい私が、しばらくカルチャーショック的な諸々に悩まされることになるのですが、その話はいずれまた別の機会に。
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