第11-1話

 パソコンの検索エンジンで調べると、マチマチャンネルが制作、配信をおこなう番組『オカルトマッチマチ』はすぐに見つかった。

 人気番組らしく、登録している視聴者数が多い。

 そのほかにも、自主制作で配信されている動画の数は星の数ほどあり、紅緒はいたく驚いていた。

 多種多様なジャンルのものが無数にあるのだ。

 探せば探しただけ様々な内容の動画が現れ、気がつけば時間が過ぎている。

 我に返ったときには土曜日の昼を使い切り、紅緒はマチマチャンネルではなく、ただ犬猫が眠っているだけの動画を眺めていた。

「……おなか空いた」

 通勤に使っているトートバッグから、コンビニのビニール袋を引きずり出す。ひとつ残っていたおにぎりをかじり、マチマチャンネルにもう一度アクセスした。

 昨夜顔を合わせた、町谷という青年――マチマチが看板だ。

 自分の名前を冠した番組というものは、彼にとってどんなものなのか。実際のところはわからないが、与えられたならともかく、自分から名乗るならかなり図太い気がする。そして真剣なのだろう。

 動画配信を専門としたサイトで、マチマチャンネルの番組一覧を表示してみると、一番上のサムネイルにライブと赤い文字が出ている。

 その番組をクリックした。

 ライブ――生放送中だ。

 昨夜顔を合わせた町谷と清水が、誰かの私室と思しき場所で話している。顔や身体はこちらにき、身振りが大きい。正面にカメラがあるのだろう。

『都内某所知るひとぞ知る曰く付きスポット! 満を持して我々マチマチャンネルがつい昨日の夜突撃してきたんですが』

『マチマチと僕は偶然にも家主の関係者という方とお会いできまして! いやぁマチマチの強運がここでも活きてきたなって』

『ただですねぇ、話をうかがったら、じつは曰く付きじゃないっていうことだったんです』

 町谷と清水はそれぞれ言葉を引き受けるようにし、スムーズに会話が流れていく。事前に練習しているのかもしれない。

『これまでよそで突撃してる番組がなかったのは、もしかしてそのせいかもしれないですね』

 如月が曰くを否定しただけで、それを信じるのか――信じるように、如月がなにか細工をしているのかもしれない。

『噂が噂を呼んでっていうこともあると思いますが、逆にね、曰く付きじゃなかったっていうのを我々マチマチャンネルで証明できたら、それもおもしろいかもしれないですね!』

 清水は目を輝かせている。如月が聞いたらどんな顔をするだろう。

 番組を見てよかった。

 いるのだ。

 彼らの周囲を、八尺御寮がうろうろと徘徊している。

 紅緒は昨夜穢れた土地で、彼女が町谷たちについていく姿を目にした――あのまま一緒にいるのだ。

 町谷たちの会話は続いている。すでに話題は変わり、某アミューズメント施設のお化け屋敷の出来に移っていた。

 彼らが前にしているテーブルには、飲みかけのペットボトルのお茶やスマホが置かれている。画面のはじには分厚い週刊誌が積み上げられ、一瞬たりとも八尺御寮は足を止めない。周囲のものを確認してまわっている。

 どうやらすべてのものに、八尺御寮の興味は向けられているらしい。

 彼女は部屋のものに顔を近づけ、ひとつひとつを眺め、それは談笑する町谷たちにまで及んだ。

『ここで視聴者さんから届いた不思議映像、いってみましょうか!』

『今日お見せするのはヤバいですよ、某県で開催された社交ダンスの大会で撮られた映像だとか』

 ノートパソコンで清水がなにやら操作している。天板には大きなマチマチャンネルのロゴシールが貼られ、どこのメーカーのパソコンかわからなくなっていた。

『うちの視聴者さんのもとに、まわりまわってやって来た映像らしいです――そしてそれがマチマチャンネルに届きました。ではどうぞ!』

 画面が切り替わる。

 高い場所から撮影されたものだ、どこかの体育館らしき場所が映し出されている。

 きらびやかなドレスを身に着けた男女ペア、それが何組もフロアに散らばり、音楽に合わせて踊っていた。

 あまりに動きがはやくて、紅緒には社交ダンスというよりも、華やかな鳥たちが集まっているように見えた。階段の上り下りで日々の運動をしていた気分だったが、彼らはそれどころではない鍛え方をしていそうだ。

 視聴者から届いたというその映像には、確かにフロアの片隅に不可思議な影が映りこんでいた。

 だが紅緒としてはそれどころではない。

 切り替わってふたたび町谷たちが画面に映ると、八尺御寮はまだそこにいる。

 動画配信の画像切り替えなどの操作は、ノートバソコンでおこなっているのだろう。

 そのパソコンに顔を近づけ、大きな――ひどく大きな手のひらで、八尺御寮キーボードをそっと叩き続けていた。



「女が見えた、男女はわからないけど呻き声が聞こえた、影がマチマチのまわりで揺れていた、画面が不自然に揺らいでいた」

 如月がスマホの文字を読み上げる。

「行動的ですね、八尺やさかさんって」

 横から紅緒はスマホをのぞきこんでいた。

 残業中だ。

 月曜日、如月とその手伝いをする紅緒しかフロアに残っていない。

 表示されているのはマチマチャンネルの動画、そのコメント欄だ。番組を視聴した者が、感想を書きこんで残す部分である。

 八尺御寮の姿をはっきりととらえた者はいないが、怪現象としての目撃証言が複数書きこまれていた。

 ライブとして生放送されていた映像は、現在自由に視聴できるよう公開されている。

 動画の最後には、清水が頭痛を訴えていた。その後SNS上にあるマチマチャンネルのアカウントを追うと、町谷も清水も体調を崩したと報告している。早々に直し、近日中には新たなロケを敢行したい、と元気な口調で投稿がされている。

「まあ、八尺さんの居場所はわかったんですから、とりあえずよかったじゃないですか」

「そういう見方もできますね――三嶋さんのそういうところ、とてもいいと思いますよ」

「如月さん、金曜にこのひとたちが動画配信してるってわかってたのに、八尺さんごと見送ってたじゃないですか。なにかあったとき、広まるのだってはやいかもしれませんよ。番組見てるひと、オカルトとか怪談とか好きな人たちでしょうし」

 如月が面倒くさそうな顔をした。

「曰く付きだって言われてた場所を、町谷さんがそうじゃなかった、って発信したのもどうかと思うんです」

 如月がパソコンの電源を落としはじめる。時刻は二十時になろうというところだ。

「ほんとうにそうなのか、って見に行くひとが出たりしませんかね?」

 自宅のパソコンえ紅緒は、金曜日に出向いた場所がどれだけ有名なのか調べていた。

 たいした検索ワードも使わず時間もかけず、紅緒はその土地に行き着くことができた。

 ぼかして紹介するサイトとはっきり地名を上げるサイトが混在し、簡単に所在地を知ることができた。あのあたりで起きた血なまぐさい事件が列挙されているのを目にし、家賃がただでも腰が引ける場所なのは明らかだ。

「もー、こいつら死んじゃえばいいのにぃ」

 間延びした声を上げた如月に、紅緒は思わず笑っていた。全員死亡すれば、面倒が消えて楽かもしれない。

「そのうちみんな死にますよ。そこに変にかかわったらいけないですよね?」

 如月が机に突っ伏す。じゃばりと闇が板面に広がり、するりと消えていった。

「御寮をどうにかしなきゃいけないじゃないですか」

「そのつもりだったんですよね、如月さん」

「それはそうですが」

 身を起こす如月に、紅緒は笑顔を向ける。

「如月さん、がんばってくださいね」

「なに言ってんです、三嶋さんもがんばるんですよ」

「なんでですか、残業手伝った上にまだやるんですか?」

 如月が副業に専念できれば、と残業につき合ったのだ。状況は紅緒の望まない方向に向かっているらしい。

「三嶋さんは俺の眷属なんですよ。手伝ってもらいます、当たり前でしょう」

「職権乱用すぎませんか? スマホくらい支給してください」

「この間のところだったら、どこ選んでも家賃かかりませんよ。引っ越してきたらいいじゃないですか。スマホ代なんかすぐ捻出できます」

「いやです」

 紅緒は自分のパソコンの電源を落とし、びたびたと滴る闇の向こうにある如月の顔をにらむようにした。

 ノイズが闇をかき消し、そこには薄ら笑いを浮かべた顔があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る