第82話 秘密謁見所(ギトス視点)

 まさかまたアラルガンに赴く事になるとは思わなかったな。

 ただし今度はギルドマスターのお供としてだが。


 まぁおかげで最高級の馬車に乗る事ができて実に有意義だよ。


「ギトス、君はさっきから何を書いているのかね?」

「母親への手紙ですよ。せっかく上級ギルド員という立場に上り詰めたのですからね、親くらいは喜ばせてあげなくては」

「フッ、実に親孝行な息子を持ったものだな」


 ――僕が上級ギルド員になってからはや四日。

 あれからというものの、随分と世間の動きが著しい。


 まずワイスレットのA級勇者が途端に一人となってしまった。

 僕が抜けたのはいいとして、残っているのは砕牙候デネルのみ。

 アーヴェストはいきなり雲隠れしてしまって、今や行方知らずだ。


 そしてキスティはと言えば――


「ハッ、ハッ、あううん」

「しかしまさかこうなったキスティまで連れて行くとは……正気かね?」

「駄犬は目を離すとおイタをしかねません。ですからちゃんと飼い主が面倒みなければならないのです」

「そ、そうか……(予想以上の成果だな、これは)」


 三日三晩調教し尽くし、人間としての尊厳も棄てさせてやった。

 おかげで今では従順な犬として僕の足元に四つん這いで座っている。

 人への尊厳を鑑みない雌犬らしい当然の結果だ。


 ただ、こうなった事でA級勇者として自立行動させる訳にはいかなくなった。

 だからコイツは僕の権限で勇者の地位と才能をはく奪してやったのだ。

 まぁ、いつでも元通りにできるよう才能の素は僕の手中にあるがな。


 キスティは今、僕の奴隷兼護衛のようなものなのだから。


「さて、手紙の続きをと」


 そんな発情した駄犬をつま先で蹴って落ち着かせてやる。

 それで書き途中の手紙に専念だ。


――――――――――――


 拝啓、おかあちゃまへ


 元気にしておりますか? 僕はとても元気です。

 さっそくですが今回は近況についてお知らせいたしますね。


 誇ってください。

 僕はついに上級ギルド員へと認定されました。

 勇者をも超えた栄誉ある立場に、です。

 すべては僕を産んでくれたおかあちゃまのおかげです。


 ですから、その息子の立場に相応しい行動をお願いします。

 特にバートナー家には厳しく当たるように。


 収穫期には僕の名を出してかまいません。

 それで年貢を普段の一.五倍納めさせてください。


 それと断る農家の畑には夜な夜な塩を撒く事を忘れずに。


 いいですかおかあちゃま。

 僕の言う事は絶対です。

 その事をゆめゆめ忘れなきよう。


 あなたの愛するギトスより


――――――――――――


「ふう、これでよし」


 我ながら簡潔でわかりやすい素晴らしい文が出来上がったぞ。

 これで物わかりの悪いおかあちゃまでも理解できる事だろう。

 もしわからなかったとしてもそれはそれで構わないが。


 僕がまた躾ければいいだけの話なのだから。

 今度はこの駄犬のようにやっても構わないだろう。


「もうすぐ目的地に着くぞ。準備しろ」

「わかりました」


 お、丁度よく到着するようだ。

 すばらしい、無駄な時間ができずに済んで良かった。


 しかし、まだ不可解な事があるが。


「それでですがギルドマスター」

「なにかな?」

「僕達は一体どこへ向かっているのです? こちらはギルドのある場所ではございませんが?」


 連れてこられたここは明らかに僕の知らない場所だ。

 少し前に首都で働いてはいたが、この場所にまでは至った事がない。

 ギルド員ならギルドに向かうのが定石かと思っていたのだが。


 どういう事なのだ?


「これから向かうのはギルドの秘密謁見所だ。決して口外するなよ。それと私語は慎み、私が許可するまで絶対に何もするな」


 秘密謁見所……?

 そんな場所が存在したのか。

 そもそもなぜ秘密にする必要がある?


 疑問はまだ拭えない。

 しかし馬車は止まり、ギルドマスターも降りてしまった。

 こうなったら僕も大人しくついていくしかなさそうだ。


 降りたのは何の変哲もない、ひと気の一切ない石畳の道。

 でもそんな中を知ったようにギルドマスターが歩み行く。


 それで小さな橋の下へと差し掛かった時だった。


「……我、照合せり。遥かなる悠久の平穏と秩序を」

『照合確認、ワイスレットギルドマスターおよび上級ギルド員、およびその付き人を検知、進入を許可』


 なんだ、橋の下の壁から声がする。

 しかもギルドマスターがその壁にズブズブと入っていっただと!?


「急げギトス」

「は、はい」


 それなので僕も意を決して身を投じてみる。

 するとすぐ視界が暗い通路へと変わってしまった。

 

 これは魔法の力か!?

 でも一体なんでこんな場所に……!?


「ここからは立ち止まるな。私の事だけを見て、他の事は考えるな」

「わ、わかりました」


 そう悩んでいる余裕はなさそうだな。

 それにもしかしたらまた来る事があるかもしれん。

 僕よ、一挙一動を見逃してはならないぞ。


 それから僕とギルドマスターは暗がりの道を止まる事なく進んだ。

 分かれ道が多いが、マスターもよく理解しているようで一切迷う様子はない。


 しかし駄犬め、歩くのが遅いぞ!


 だからと半ば無理矢理引きずってギルドマスターについていく。

 犬が疲れていようが僕の知った事ではないわ。


 ――それで歩くこと一〇分ほど。


「着いたぞ。入ったらまずはひざまずけ。聞くな」

「はい」


 そう言われ、開けた空間へと踏み入れると共にひざまずく。

 ちらりと見ればギルドマスターも同じようにしているな。

 駄犬も頭を掴んで地面に叩きつけてやったから平気だろう。


『来たか、ワイスレットのギルドマスター』

「ハッ、召還に預かり参上いたしました。我等が偉大なる師父達よ」


 師父? なんだそれは?

 それにしても随分と老々しい震えた声だ。

 しかしギルド本部長は近年変わって若い者がなったと聞くが。


 では相手は一体何者なのだ……?


『この度の召喚理由はわかるな?』

「存じ上げているつもりであります」

『よろしい』


 そう聞いていたら途端、暗がりだった空間に光が満ち溢れていく。

 けどまだだ、まだ頭を上げてはならない。

 

『その前に、ギルド員でないが一つおるな』

「ハッ、申請いたした存在ですが、如何なさいましょうか?」

『殺すか、意識を飛ばせ』

「ヒッ……」

「ギトス」

「ハッ」

「ピギ――」


 そう言われたので、泣く間も与えず床に頭を叩きつけてやった。

 もうコツを掴んでいるからな、気絶させるのは簡単だった。


「完了いたしました」

『ごくろう。では立ち上がって良い』

「では失礼いたします」


 それで駄犬を置いて立ち上がり、顔を上げてみる。


 するとここは、小さな部屋だった。

 それも継ぎ目のない真っ白な鏡面壁に覆われた、とても不思議な空間だ。


 そしてその中央には同じく艶やかな白丸テーブルが一つ。

 さらにその周囲にはひし形の青水晶が七つ、回りながら存在している。


 これは一体……!?


『ギトスとかいう奴』

「――ハッ!?」

『思考をするな』

『理解をするな』

『事実を見るな』

『ただ我等に応えよ』

『返事は?』

「は、はい……」


 息が、詰まる。

 声を当てられただけで、苦しい。


 思考も、働かない……!


『では審問会を始めよう』

『『『我等ゲールトが築く輝かしい星の未来のために』』』


 あ……ゲ、ゲールト?

 それが、彼等の名前なのか……。

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