第73話 邂逅する光と闇(ギトス視点)
まさかまた上級ダンジョンがワイスレット地方に発生するとはな。
しかも今度はあろう事かギルドの直下に……!
街中に出現するなど前代未聞じゃあないか。
おかげで居合わせた数人の不運な雑魚勇者が犠牲になったが、まぁいい。
魔物は街に流出していないし、ギルドもしっかりと役目を果たしたようだ。
ならば今度は僕達がこのダンジョンを攻略してやろうじゃないか!
「ギトス君、君の今の実力はC級並みなんだ。無理をしてはいけないよ?」
「わかっていますともアーヴェスト殿。しかし放っておく訳にはいかないでしょう」
「あはっ☆ アンタの場合放っておかないと死ぬんだけどー? 邪魔しないでよねーじゃないとホント置いていくからぁ!」
「……心得てますよ」
でも今の僕は彼等A級三人の荷物持ちに甘んじている。
機会があれば一矢報いたいとも思うが、上級の魔物には迂闊に手も出せん。
歯がゆいな、早く力が戻ってくれればいいのだが。
「しかしやはりここまでに宝無しですか。例のダンジョンブレイカーはギルドのお膝元だろうが関係ないみたいだね」
「奇怪! 魔物の力も強力である!」
それにしてもダンジョンブレイカーめ、まだ僕らの邪魔をするか。
この間まで首都近辺で出現していたからと油断していたな。
おかげでもう最深部だというのにまったく宝にありつけていないじゃないか。
それになんなんだ、ここの魔物は。
アーヴェスト達でさえ苦戦必至などとは。
ただの上級ダンジョンではないのか!?
ま、まぁいい、どうせもうすぐ魔王とコアがお目見えだ。
そこをしのげれば結局はいつも通りなのだから。
そう思うまま無言で彼等A級達の後を進む。
すると間もなく、彼等の驚きの声が。
「こ、これは……」
「無念!」
「もぉやだーっ!」
それで僕も彼等に並んで見てみれば、当然のごとく魔王の死骸が倒れていた。
まったく、これでダンジョンブレイカーの存在が確認されてから三度目か。
もう見慣れたおかげで驚きもな――
「――ッ!? 待ってください三人とも! あの魔王の上に、何かがいるッ!!!」
「「「ッ!?」」」
しかしその時、僕の視界に異質が映る。
それで見上げてみれば、それはたしかにいた。
瘴気の風でなびくのは、噂通りの黒いマフラー。
仮面で顔半分を覆い、覗いた口元は仏頂面。
さらには鎌のような武器を持ち、堂々と力強くたたずんでいる。
そんな男らしき人物が一人、魔王の死骸の上から僕達を見下ろしていたのだ。
「まさかあれが、ダンジョンブレイカーという奴なのかい!?」
「ダンジョン……ブレイカァァァーーー!!!」
「ッ!? 待つんだギトス君!」
だが僕にもう我慢などできる訳もない。
ここまでに受けた屈辱、忘れるものかあッ!!!
ゆえに僕は感情のまま飛び出していた。
荷袋を落とし、剣を抜き、ただ一直線に奴へと飛び掛かったのだ。
「殺してやる! 殺してやるぞダンジョンブレイカー! 貴様さえいなければあああ!」
「ッ!?」
先手必勝! 問答無用!
貴様の罪状は殺した後に考える!
だから今すぐ死ぃねええええええーーーーーーー!!!!!
「――ふふっ、そう簡単にやらせると思う?」
「なッ!?」
だけど僕の剣はあろう事か、たやすく受け止められていた。
それも見た事のない白銀の鎧を纏う、もう一人の何者かによって。
「残念、噂のギトスも大した事ないわねぇ」
そして一蹴。
僕はあえなく蹴落とされてしまった。
「ぐはっ!? ぐええっ!」
くっ、くそおっ! またしても屈辱だ!
あえなく地面に叩き落とされるなどとは……!
「大丈夫かいギトス君!?」
「え、ええ、なんとか。ですが、奴は……!?」
「まさか彼に、お仲間がいたなんてねぇ……」
だが痛がっているどころではない。
すぐに見上げれば、僕を蹴落とした奴が不敵に笑っているじゃないか!
白銀の鎧に、フルフェイスの白仮面。
おまけに仰々しい翼を象った剣を持っていやがる!
体付きは細身で女らしいが、何者だ!?
あんな奴がいるなど聞いていないぞ!?
「好機! 悪は滅するのみ! ウゥオオオオオオ!!!!!」
「おおっ!? 行ッけぇぇぇデネル殿ぉぉぉ!」
けれどそんなものは関係無い!
あの剛剣使いデネルさえいればすべてが片付く!
身の丈ほどもある両手剣を奮い、数々の魔王や巨獣を一撃で屠りし者。
ゆえにその牙を幾度も砕いた〝砕牙候〟の名は伊達ではない!
「一刀ォ・両ゥ断ンンン――」
「ほぉ、なかなか力強さよ。しかし芯が入っとらん。出直すがよい」
「――!?」
しかしその次の瞬間、あろう事かデネル殿もが叩き落とされていた。
自慢の両手剣を横から突かれ、弾かれた事によって。
「そ、そんなバカな!? あのデネル殿が力負けして!?」
「フンッ、力に任せただけでは真の技術には到底およばぬ。未熟よ」
だがなんだ、あの黒鬼の仮面に黒甲冑をまとった奴は!?
あんな奴までダンジョンブレイカーの傍にいたのか!?
「あ"ぁ"~もうキスティ、キレそう! どいつもこいつも役に立たなくてさぁ!」
「き、キスティ殿!?」
「もういいよぉ全員くたばれクズどもぉ!!!!!」
ううっ!? まずいっ!!!
キスティ殿がすでにキレて魔法詠唱を終えている!
あの杖に込められた力はまさか!?
――上級魔法〝
あれはキスティ殿が得意とする最上位範囲攻撃魔法!
光球が空へ放たれれば最後、直下にいる者すべてに爆熱光の雨が降り注ぐ!
しかもこの範囲は……僕達も危ないだろうっ!?
「消し炭になれぇぇぇぇぇぇーーーーーー!!!!!」
「う、うわあああ!!?」
ゆえに僕も、僕の傍へ駆け寄っていたアーヴェストも必死で逃げ離れる。
すると直後に光球が上空へと放たれ、即座に無数の光が飛び散った。
けどこれでさすがに終わりだ!
この魔法だけはさしものダンジョンブレイカーでさえ耐えきれはすまい!
「「「――ッ!?」」」
でもこの時、僕達は驚愕せざるを得なかった。
なぜなら、光の雨が巨大な魔防壁によってすべて防がれていたのだから。
「な、なんだあの防壁はっ!?」
「はああああああ!? なんでキスティの魔法が防がれてるのよおッ!?」
おかげで焼けたのは奴らが乗る魔王の死骸の一部のみ。
それどころか弾かれた光がキスティの下にまで及び、逃げまどい始める。
「ひいいいいいいっ!!?」
「うぐわーーーっ!!?」
なんて悲惨な状況だ! デネル殿が爆発に巻き込まれてしまっている!
あの方だから死にはしないだろうが、それにしたって酷いぞ!?
「ウッフフフフ、ざんねぇん。その程度の攻撃魔法では我が主を傷つける事などできはしませんの」
「や、奴は一体……」
それによく見れば、またもう一匹増えている!?
今度は丈の長い紫のドレススカートを身に纏った紫髪の女だ。
こちらは仮面というより奇妙な筒状のメガネを備えている。
しかしこいつを僕は知っている気がする!
たしかそう、先月辺りに公開処刑されたB級勇者の片割れに似ているぞ!?
だけどおかしい! 奴はB級でこんな力はないはず!
ならなぜキスティの魔法を弾けたんだ!?
「……やはり愚かだな、お前達ギルドの勇者は」
「「「ッ!!!??」」」
な、なんだ、また聞いた事のない声が聞こえた。
幼ささえ感じさせる高々とした声だ。
こ、これってまさか……!?
「だが知っていた。所詮お前達は宝を漁るだけを目的とした盗賊と変わりないのだと」
「なにっ!?」
その声に反応し、僕達全員が見上げる。
そして気付くのだ。その声の主に。
あのダンジョンブレイカーが口を開く、その姿に。
「あれがダンジョンブレイカーの声!?」
「まるで女性の声だ……あんなに筋骨隆々なのに女性だったのかい!?」
い、いや奴が男だろうが女だろうが関係ない!
反逆者なのであれば倒してしまえばいいのだから!
「こうなったら皆さん、一斉攻撃です! 一斉に奴らへ飛び掛かりましょう!」
幸い、僕達にはまだ余力がある。
たとえ奴らの数が同等でも、一斉攻撃なら突破も敵うはずだ。
ゆえに僕らの心は今、一致団結していた。
四人で武器を構え、奴らを見据えて態勢を整えて。
「よし、今です! ――ッ!?」
だけどこうして声を上げた途端、僕は気付いてしまった。
奴が体から異様な光を発し、深く武器を身構えている事に。
間違いない、あれは命波だ!
師匠やラングが放っていた、達人にしか発せられない力の源!
でもアーヴェスト達は身を乗り出して止まらない。
なぜだ!? あの光が見えないのか!? くっ!?
そう気付いてしまった僕は咄嗟に跳ね退いていた。
奴が放つ命波の範囲から離れるためにと、全力で。
するとその瞬間、僕の視界の前で何かが起きた。
まるで真空波のような空気の揺らぎだった。
しかしそれでいて衝撃や空間の乱れがない。
寸前で避けた僕にまったくの影響を及ぼさないほどに。
だが、範囲に巻き込まれた三人は悲惨だった。
「え、ちょ!? なんでキスティ裸なのーーーーーーッ!!?」
「ぜ、絶景! い、否! 不可解ィィィ!」
「おやおやこれは……どういう事なんですかねぇ」
「イヤーーーッ! これじゃキスティお嫁にいけなぁーいっ!!!」
全員、なぜか全裸に剥かれていた。
しかも武器さえ失われているとは。
こ、この一瞬で一体何が起きたんだ……!?
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