第63話 勇者は信用におけない

「ならもし卿がこの腐りきった世界をどうにかするつもりで君に会いに来たのだとしたら、どうするかい?」

「なに……っ!?」


 エリクスが何を考えているのか、俺にはさっぱり理解できなかった。

 S級勇者として、きっと今まで多くを虐げてきた存在だろうに。


 それなのに今さらそんな事を言うのか?

 今までの贖罪のつもりなのか?


「そんな事……信じられる訳がない」

「いやぁ~随分と信用がないんだねぇ卿は」

「当たり前だ。まだ見知ったばかりのアンタを信用できる訳がないだろう」

「ああひどいっ! せっかく君の家族を助けてあげたっていうのにっ!」

「うっ……それはその、助かったよ」


 それがヤラセっていう可能性も捨てきれんけどな。

 勇者ってのはそういう嘘も平気で付ける人種だからあなどれん。


「――ま、そうすぐに信用してもらえるとは思っていないよ。ただ、卿が言った事は本当さ。この勇者だけが優遇された常識を正さなければいけない、そう考えている」

「考えるくらいなら簡単だろうよ」

「そうだね、その通りだ。当の勇者でさえこの世界の仕組みは変えられない。数千年をかけてその仕組みが奥深くにまで根付き、絡み付いて、しかも皆がそれに甘んじてしまっているから」

「ずいぶんと知った口で言うな」

「それなりに学んできたと自負しているからね」


 そうだ。誰ももうそこに文句を言おうとは思わない。

 誰が何言っても変わらないから、みんながもう諦めちまった。


「だけどその仕組みを断ち切れる可能性がない訳じゃない」

「なに……?」


 その時エリクスがふと、また微笑みを浮かべる。

 まるで俺に何か問いかけるかのように首をわずかに傾けて覗き込みながら。


「そのために君を探しに来たんだよ。今唯一、その可能性を持つ君をね」


 何を言っている?

 どういうつもりだ?

 お前は俺に一体何を期待しているっていうんだ!?


 俺はただのスキルを持っているだけのハーベスターごときだっていうのに。


「ダンジョンブレイカーを買いかぶり過ぎだろう。今の俺はコソ泥みたいなもんだ。奴らが取るはずだった財宝を横からかっさらうだけのな」

「君こそ謙遜しすぎだよ。その事の重要性を君は理解しているのかい?」

「奴らの資金源を根こそぎ奪い、ギルドともども動きを制するってくらいはな」

「おや、思っていた以上に理解が深いじゃないか。その通りさ、それがとても重要なんだよ」


 まぁこれは俺の提案ではないがな。

 とはいえ今は俺の考えという事でブラフにさせてもらおう。


「たとえ一拠点だろうと、活動不可能となるほどに影響を及ぼせる存在が君なんだ。それは卿であろうが実現できない強みなんだよ。そしては君のような存在をずっと探していたのさ。協力者としてね」


 我々……?

 クラウース共和国政府の事か?


「あ、言うのを忘れていたけれど、この話にクラウース共和国は関係無い。今の卿は完全な個人として来ているからね」

「えっ……それってどういう事だ?」

「さぁね。君が信用してくれないっていうなら、僕も信用できないから教えられないかなぁ?」

「くっ……」


 肝心な所を伏せやがるなコイツは。

 一方的に来て自分だけ大事な事を知っているくせに……!


 それも俺が迂闊だってだけだから自業自得なんだが。


「しかし断言するよ。これは君にとって有益な話となる。君の存在を最大限に活用し、あの勇者達を翻弄するためのね。我々はそのサポートをしたいと思ってここまでやって来たって訳だ」

「さて、それはどうだか。それでホイホイついていったら後ろからブスリ、だなんて事もあり得るだろうさ」

「おいお~い、ここまで正直に話しているのにそりゃないんじゃないかい?」

「それだけ勇者という存在に信用がおけないんだよ。今日までに散々騙され続けたからな」

「はぁ、君は一体どこまでひどい仕打ちを受けたって言うんだい……憐れみを禁じ得ないよ」


 本当に落胆しているようにも見えるが、すまんな。

 これだけはどうしても譲れないんだ。

 俺が信用できる勇者はチェルトとディーフさんだけなんでね。

 それ以外がカスだと思ってしまっている以上、証明をしてもらわない限り無理だってもんだ。


「という訳ですまないが、協力とやらはできる気がしない。諦めてくれ」

「ははは、こりゃテコでも動かなさそうな雰囲気だ」

「わかってるじゃないか。そういう事だから、話はここまでだ」


 だから俺は踵を返し、下りの階段へと一歩を踏み出す

 もうバレてしまった以上は体裁など気にする必要もないしな。

 どうにかするつもりなら今やっているだろうし。


 ま、俺の邪魔さえしなければそれで別に――


「なら仕方ない。シャウ=リーンにはそう伝えておくとするよ」

「――何いッ!!!??」


 な、なんだとおっ!?

 どうしてその名をオマエが知っている!?

 

「お前、何を知って……」 

「さぁ? ただ卿はとある人物から『その名を出せばラングは釣れるから最終手段として使え』と言われただけさ」

「とある人物だとっ!? 誰のことだッ!?」

「残念、ここから先は信用問題にかかわる話だよ」

「うぐっ……」


 まさかコイツから師匠の名を聞く事になるなんて。

 灯台下暗しかなんて思ってもいたが、まさか本当にそうなるとはな。


 あの人へのヒントはどうやら、あっちの方から近づいてきていたらしい。

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