第26話 勇者ができないなら俺がやる

 半ば穏やかだった受付場に叫びが響いた。

 助けを求めて男が一人飛び込んできたのだ。


 だがやってきたのも、記憶に間違いなければ勇者だ。

 だったらなぜそんな奴が助けを請う……?


 とはいえ奴らの案件となると俺の範疇外だ。

 案の定、別の勇者が駆け寄っているしな。


「おいモーヴ、何があった!?」

「それが……仲間の勇者が二人、ポータルトラップにかかっちまったんだ!」

「「「なんだと!?」」」

「先日の中級ダンジョンで、魔物の殲滅確認中に……くっ!」


 なんてこった、ポータルトラップとは。

 巻き込まれたら最後、脱出不可能って言われているやつじゃないか。

 たしか出口のない閉鎖空間に飛ばされるとかだったっけか。


 でもなんでそんな物にいまさら引っ掛かる?

 勇者はそういうトラップを見破れる力があるって聞くが。


「それで、誰が飛んじまったんだ?」

「ゼンデル兄貴とラクシュ姐さんの二人だ……」

「なんだと!? どっちもB級じゃねぇか!?

「何してやがんだよあいつら!?」


 しかも飛んだのは俺も知ってるあの二人だ。

 広場でチェルト氏とぶつかった際に俺へと殺意を向けてきた奴ら。


 何があったのかはわからないが、ツイてないな。


「チェルトはどうした!? あの女も一緒のはずだ! それなのにどうしてあんな罠にかかる!?」

「知らねぇよ! 別れてて合流した時にはもう跳んでたんだ! チェルトも放心状態で話にならねぇし!」

「なんてこった……」


 そうか、同じパーティだからチェルト氏も一緒だったんだ。

 でも彼女を置いて二人が罠にかかってしまった、と。

 助けられなければ確かに絶望もするだろうな。


「だが、ポータルトラップじゃあどうしようもねぇ」

「えっ……」

「あれに掛かって帰れた奴は今まで誰一人としていねぇ。諦めな」

「ま、待ってくれよ、あの二人はもうすぐ結婚する予定だったんだ! あの二人はこれから幸せになるはずだったんだよぉ!」

「知るかっ! なら穴倉の中で幸せにやってるだろうよ。まぁ魔物とも戯れてるかもしれねぇがな」

「これでB級枠が空いたな。次は俺もB級に上がれるかなぁ?」

「ギャハハハ、お前じゃまだ無理だってぇ」


 こっちもこっちで絶望的だな。

 誰一人として思いやりを向ける奴はいない。

 それどころか笑う奴までいるなんざ反吐が出るね。


 ――いや、気遣いたい奴もいるにはいるのだろう。

 でもポータルトラップから生還した例はない。

 だから誰しもあえて目を瞑らざるを得ないんだ。

 誰も死にたくはないだろうからな。


 ……ああ、やはり胸糞悪いぜ、ここは。

 奴らの行動原理すべてが気に食わない。

 まだ助けを求めてきた奴の方が人間らしいって思えるよ。


「ナーシェさん、出発はいつ頃で?」

「え? えっと明日の明朝六時となります」

「わかった。それじゃあ俺は行くわ。明日の準備もあるしな」

「は、はい、お待ちしています」

 

 そんな奴の泣き崩れる姿を眺めつつ、その横を過ぎ去る。

 しかしその後ろ姿を見えなくなるまで見続けたが、誰も手を貸そうとはしなかった。


 そうだな、そういうもんだ勇者ってのは。

 自分達でできるかもしれなくても、得がなきゃやろうとは思わない。

 むしろこうやって見捨てた方が得するってなら、そっちを平気で選びやがる。


 虫唾が走るぜクソ共がッ!!!

 ならその自慢の力で穴くらい掘ってみせろってんだよッ!!!


 ……だが奴等は絶対に穴掘り道具も持たないし、武器も奮わないだろうな。

 自分達が見下すハーベスターごときと同じ事するなんてプライドが許さないだろうから。


『その通りなのら。彼奴等の力なら遅くとも穴を掘る事ができよう。元来なら採掘士に頼んで助けに行く事もできよう。そうして昔の人間はトラップにもめげず助けに行ったものよ』


 そうだよな、人ってのはそうやって協力できるんだ。

 だから助けも呼べるし、救いの手も差し伸べられる。

 村でもそうやって助け合ったりしてきた、当たり前の事である。


 なのにそうしようともしない奴らは、もはや人間未満だッ!


 ならそんな傲慢な奴らの鼻を、俺があかす!

 そうする事もまた復讐の一つだ!


『しかしよいのか? 救う相手はそなたを疎む者達ぞ?』


 かまわん、どうせ今まで通りだ。

 それにチェルト氏が辛い思いをしているのなら、俺はその辛さをすすぎたい!


『ふふん、そなたらしい発想なのら。よかろう、なれば力を貸してやる!』


 ああ、頼むぜ。

 俺をあいつらの下へ導いてくれ!


 あのクソッタレどもを助けるためではなく、俺を助けてくれたチェルト氏のために。

 そして勇者どもができないと言った事を覆してやるためになッ!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る