第2話 底辺認定から二年後……

 運命のあの日――才能選定からもう二年が過ぎた。


 俺は選定を受けたあの街に今も居座って働いている。

 故郷の村に戻っても働く場所は無いし、ここの方が利便性がずっと良いから。

 特に俺のような採取者――通称〝ハーベスター〟にとっては。


 この国では――いや、世界では一九歳までに定職に就かなければならない。

 だから才能選定を受け、適職に就く事を定められている。

 それなので俺もまた採掘士の才能を定められ、採取者として働く事を余儀なくされたって訳だ。


 それで今日も仲間達とともに馬車に乗せられて作業地へと向かっている。

 先日攻略されたばかりのダンジョンへと、資源を採取するために。


「昨日はよぅ、やっと酒を一杯やれたぜ。一週間ぶりの酒よぉ!」

「おおすげぇな! 俺っちなんてカビた干し肉を喰ってたってのによ!」

「冗談言わないでよぉ~、腹痛で倒れたりしないでよね?」


 ハーベスターの仲間達はとても気さくでいい奴らだ。

 誰しも自分の運命を受け入れて前向きに生きているからかな。

 みんなそろって貧乏なのが玉にキズだが、俺も同類だからそこは笑うしかない。


 ……ギトスの奴もこんなに気さくだったらどれほど良かったか。


「ラングゥ、どうしたのぉ? もしかして悩ましいオ・ト・シ・ゴ・ロォ? 仕事明けにお姉さんが相手してあげよっかぁ?」

「やめろ、俺の胸を指でいじるんじゃない。……そんなんじゃないさ、昔の事を思い出していただけだ」

「ああ~うるわしき昔の親友、A級勇者〝閃滅候せんめつこう〟ギトス=デルヴォ様のお話ねぇ~キャッハハハ!」

「うるさい、迂闊にその名前を出すんじゃねぇっての。小バカにしてっと首を刎ねられるぞぉ……ったく」


 そうさ、俺達は底辺職。他の人達とは立場が大きく違う。

 最高職である勇者達を笑おうものなら、それこそ斬首刑さえありうるんだ。

 それだけこの世界は差別と区別に満ち溢れているからな。


 なにせ俺達がこうしてダンジョンに向かえるのも勇者達のおかげ。

 こうして道中も守ってくれて、ダンジョン内の魔物も殲滅してくれる。

 彼等がいてくれるから俺達は安心して働けるのだ。


 それは彼等が魔物を駆逐できる唯一の存在だから。


「それにしてもホント信じらんないよねぇ、ラングとあのギトス様が親友なんてさぁ」

「まぁそれも才能選定までの話だったって話な。その後はおぉもう酷かったもんよ」

「ラングが抵抗できねぇのを良い事にボッコボコだったな」

「裸にまでひん剥かれて大変だったよねぇ」

「う、うるせぇよ! あれは仕方ないだろ!」

「わかってるって、あんなの日常茶飯事だからよ。だから俺らもお前の気持ちを深く理解できるってぇもんだ」

「ああ……みんな、ありがとな」


 しかしその唯一だからこそ、勇者達は俺達底辺を虐げる事をやめない。

 自分達が強いという事を理解し、誰もやり返せないというのもわかっているから。


 だからこの世界においては勇者は絶対的存在。

 彼等に逆らう事も蔑む事も、なんなら癪に障る事さえ許されないのだ。


「うるさいぞ底辺ども! それ以上騒ぐと馬車から引きずり降ろすからな!」

「す、すみません勇者様、へへへ……」


 おまけに騒ぐ事も許されないときたか。

 こうなるともう自由に話せるのはダンジョンの中だけだな。

 あそこは街や道中よりずっと自由でいい。


 ああ、辿り着くまでが退屈で仕方ないよ。


「ラング、安心してくれ。何があろうと私達は君の味方だよ」


 すると俺の隣に座っていた友人のルルイが小声で話し掛けてきた。

 さらに先に座る彼の妻である猫人ヤームと共に頷きながら。


「ありがとうルルイ、ヤーム。この鬱憤は今日の成果につなげてみせるさ」

「その意気だよラング。でも私達も負けないからね」

「どっちが先にダンジョンの外に出られるか競争ですよ」

「ああ、今日は負けないぞ」


 二人とも俺と同じ採掘士で、行動原理も似ていてよくつるむ。

 互いに採取ノルマ達成を競うライバル的な存在としても。


 彼等は実によくできた人間だ。

 特にルルイは上流階級の出身で、採掘士となった今でも気品に満ち溢れている。

 非人扱いだった半獣のヤームをめとった際にも堂々としていて、人間性の格の違いを感じさせてくれたものだ。

 ヤーム自身もそんなルルイに惹かれ、彼に倣って模範的になってくれている。


「ラングはちゃんとお弁当を持ってきましたか?」

「ああー……実は食費が足りなくてね、今日は昼抜きか、現地調達のつもりだ」

「だったら後で一緒に食べましょう。そのために多めに作ってきましたからね」


 どうしてこんな彼等が採掘士なんかに選ばれてしまったのか。

 俺はその疑問がよぎる度に、この世界を構築した創世神とやらを疑ってならない。


 せめてこの二人だけは幸せになってもらいたいのだが。

 そう願わずにはいられないよ。


 ――そう思ってルルイの顔を覗いた矢先、ちょっとした変化に気付く。


 右頬が少し青く変色していたのだ。

 よく見れば傷もある。


「あれ? ルルイ、その頬のアザはなんだ?」

「え? あ、ああこれか。昨日ちょっと家でぶつけてしまってね」


 嘘だな。

 ルルイがそんな間抜けな事をする訳がない。


 だとすれば。


「もしかして、勇者に目を付けられたか?」

「「……」」


 二人して答えない、という事は図星なのだろう。

 そして俺に関わらないようにしてくれている。

 やはりな。そんな事なのだろうと思った。


 勇者達は時に、視界に入っただけでも因縁をつけてくるのだから。

 いつ何時からまれるかわかったものじゃない。


 おおかたルルイとヤームも同様、意味無く絡まれたに違いない。

 ヤームは見た目が可愛いからな、それだけで絡まれた事があるくらいだし。


 ほっといて大事にならなければいいのだけどな。


「ああ、この世界は私達にとってとても生きづらいものだね」

「……そうだな」

「いっそ私達を守ってくれるギルドのようなものが産まれてくれれば助かるのに」

「そんなの、ただの夢物語だよルルイ」

「そうかもしれないね。だけど今くらいは夢を見たっていいじゃないか……」


 俺達を守ってくれる味方なんてどこにもないし、誰もいない。

 元締めであるワーカーギルドでさえ勇者達の肩を持つのだし。


 だから自分達の身は自分達で守るしかないのだ。

 夢を見る事よりも、現実を見てその先を見据えなければならない。


 俺達は明日を生きる事でさえままならない、力無き最底辺なのだから。

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