第10話
季月は伊笹と共に、屋敷を出てから野宿は控えようと考えた。
なるべく、まずまずの
「季月様、本当にすみません。わたくしのせいで色々とご迷惑をかけていますね」
「伊笹は気にしなくていいよ、女人が一人旅をするよりはましだから」
「……そうですね、季月様が一緒ですから。わたくし一人よりは良いでしょうね」
伊笹はそう言って、苦笑いする。ちなみに今は旅籠にて寛いでいた。時刻は夕刻になっている。
「湯浴みも済ませたし、後は食って寝るだけだな」
「そうですね、けど。宿代はどうしたのですか?」
「その、卯木殿が銀貨をこっそり渡してくれてな。だから、何とかなったんだ」
季月は小声で言った。伊笹は成程と納得する。
「そうだったのですか、卯木様には感謝しないといけませんね」
「だな、さ。夕餉が運ばれてくるから、待っていよう」
「分かりました」
伊笹は頷く。
しばらくして、旅籠の仲居達が夕餉のお膳を二人分持って来た。季月がちゃんと代金を払っているからか、献立はまずまずだ。
仲居はお膳を二人の前に置くと「ごゆっくり」と言って、部屋を出て行った。伊笹はお箸を取ってお碗を持つ。
強飯ではなく、
汁物も
「お屋敷で食べる物とはまた、一味違う感じですね」
「この旅籠は、隣国との国境線に近いからな。そのおかげで都とはまた違う料理や文化があるとか聞いたよ」
「そうなんですか、赤い梅干しは初めて見ました」
「だな、あちらだと白い梅干しが普通だったな」
「ええ、貝の佃煮も見た事がない代物です」
季月は笑いながら、頷いた。伊笹と話しながら和やかに夕餉は進んだ。
夕餉が終わり、就寝となる。旅籠の仲居が布団を敷いてくれた。彼女達がまた、去って行くと季月は向かって右側の布団に入る。伊笹は左側に入った。
「んじゃ、お休み。伊笹」
「お休みなさいまし、季月様」
「……伊笹、俺の事は呼び捨てでもいいぞ」
「何でですか?」
「外で誰かに聞かれたら、変に思われるからな」
季月はそう言って、起きあがる。ふっと
翌朝、伊笹が先に起きた。やはり、侍女としての習慣が身に付いているせいか、明け方近くに目が覚める。仕方ないので、部屋を出た。旅籠の仲居が既に起きていたので小声で井戸の場所を訊く。仲居はやはり、こちらも小声で教えてくれた。礼を述べて部屋に一旦、戻る。歯を磨く用の道具や手拭いを持って井戸に行った。手早く歯を磨き、口をゆすいだ。洗顔も済ませたら、手拭いで水気を拭き取る。後始末もしたら、急いで部屋に向かう。
風呂敷きの中に使い終わった道具類を仕舞い、伊笹は備え付けてあった鏡の前に座った。簪を外して結っていた髪を解く。髪紐も同じようにしたら、懐から櫛や香油を取り出す。
香油の小瓶の蓋を開けて手のひらに出し、温めた。髪に塗り込んでいく。手早くしたら、蓋を閉めて懐に仕舞いこんだ。櫛で何度も
が、季月の視線が突き刺さる。伊笹は顔が熱くなりながらも着替えを終えたのだった。
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