第25話 火山に積もる雪

 竜珠だの、少女誘拐だの、色々とあった。

 それに加えて、私有地に無断で入り込み、さらにはそこで火事が起こったのだ。

 ここでまず疑われるのは、タッド達だろう。

 いくら自分達から連絡を入れたからと言っても、それが自分達に疑いがかからないようにする手段とみられなくもない。

 しかも、早く戻らないといけない、などと言えば、逃げるように見られてますます疑われるのは当然だ。

 それを、監禁されていた少女達が、タッドとリアンスに助けてもらったことを証言し、タッドが魔法学院の学生証を持っていたこともあって、どうにか信用してもらったのである。

 ようやくリアンスのふねに乗る、というところまでこぎつけ、やっとのことでレクシーへと出発できた。

 だが、これまでの過程とクオーリアの悪事を説明しに、またエコーバインへ戻らなければならない。こればかりは、あの少女達では無理なこと。

 彼女達は被害者、というだけだ。

 それに、誰も証拠を掴んでいないから、クオーリアがしらばっくれれば同じことをしでかさないとも限らない。

 これだけはしっかり押さえておかなくては、第二の犠牲者が出る。

 艇の移動は、行きよりもずっと長く感じられた。急いでいる、という気持ちがあるためだろう。

 実際はリアンスが制限速度をかなりオーバーしながら、可能な限り速く着けるようにレクシーへ向かってくれていた。

 レクシーに着陸すると、そのままリアンスの車でドリープ火山へと向かう。

「ここまで関わったんだから、俺だって竜の無事を見届けたいからな。高速鉄道の方がもちろん速いだろうが、ジャンティの駅を降りてドリープ火山までは徒歩じゃ無理だろ。到着時間に、そう差はないと思うぜ」

 リアンスは高速道路をこれまた制限速度をオーバーさせながら、ドリープ火山へと車を走らせた。捕まらなかったのは、ひとえに運がよかったのだろう。

「おいおい、これが火山のふもとか? 見事にエコーバインと逆だな」

 ドリープ火山へ着く頃には、周囲はすっかり雪に埋もれていた。

 夏に見る銀世界。

 本当なら、こんな景色はエコーバインで見られるはずだったのに。

 リアンスはジャンティの町を迂回うかいするルートでここまで来たが、きっと町の中はもっと雪が積もり、大変なことになっているだろう。

「ここを出る時は、まだここまで積もってなかったのに。火の竜……大丈夫よね?」

 雪が深くなるということは、竜の力がそれだけ弱まっているということになる。

「まだ……命の火は消えていない。だが、時間はあまりない」

 フェオンの言葉で、タッド達は急いで火山へ入って行った。

 雪が多く、そうでなくても山にはある程度までしか車で入れない。最後は自分の足で進むしかないのだ。

「道なんて、どこにも見えないな。フェオン、方向はわかる? 案内の方、頼むよ」

 ここまで来たら、あとはフェオンの竜の気配を感じる力が頼りになる。

 タッドは、火に属するので雪にはあまり強くないフェオンを背負い、リアンスが少しでも歩きやすいようにと、フェオンの言う方向へ先に進んで道を作ってくれた。

「前回来た時と、景色が全然違ってる……」

 あれからまだ、一週間も経っていないのに。

 前に来た時はうっすらと積もっている程度だったのに、今では少し歩くのも大変なくらい、膝下まで積もった雪が山を覆っている。

 火の竜の力が封じられると、山や天気はここまで変化してしまうものなのか。

「竜珠が……少し反応をしだしている」

 背中のフェオンが持つ竜珠が、進むにつれて光を強く出し始めた。

「竜に近付いてるってことかな」

 前回来た時とは周囲の景色が違い過ぎるので、タッドにはどこまで近付いたのかという判断が全くできない。

「ここまで来て、間に合わない、なんてなしよ」

「雪がこんなに厄介だとは思わなかったぜ」

 雪の冷たさで、身体の感覚が鈍ってきた。寒いとわかっていたからそれなりに着込んでいるが、冷気が身体にまとわりついてかじかんでくる。

 それでも、動きの悪い足を必死に前へと出し、一行は竜を目指した。

 どれだけ時間が経ったのかもわからないまま、いつになったら着くんだろうと思った矢先、いきなり目の前が開けた。

 この前来た時と同じだ。

「え……おい、タッド。もしかして……これがその……竜、なのか」

 先頭を歩いていたので、リアンスが最初にそれを見付けた。

 初めて見る竜に驚くあまり、言葉が途切れがちになっている。

 魔法使いのタッドでさえ最初に見た時は言葉がなかったのだから、魔法に縁がなかったリアンスがこうなるのも当然だろう。

 ティファーナも、後ろで息を飲んでいる。

 そこには、竜の形をした雪像があった。いや、雪が積もっているだけで、竜そのもの。

 タッドが前に見た時は、身体やヒゲなどにうっすら積もっている程度だったのに、今では誰かの手で作られた白い彫刻のようだ。身体の赤い色が、雪で完全に覆い尽くされている。

 その中でも、竜を貫いている剣の存在ははっきりしていた。

「そう、これがドリープ火山の火の竜だよ。フェオン、これからどうすればいいんだ?」

「このままでは、竜珠の力が使えない。タッド、竜珠の力を引き出して竜に与えてくれ」

 フェオンはタッドの背中から降りると、持っていた竜珠を魔法使いへ差し出す。

 あまりにもあっさりと言われ、タッドは一瞬言葉に詰まった。

「引き出して……与える? 竜珠を竜に持たせればそれでいいって訳には……いかないの」

「もう今の状態では無理だ。竜珠を手にすることすらもできない。頼む、タッド」

 竜珠の力を引き出す。

 それは、目的こそ違うが、あのドゥードルがやっていたことと同じだ。

 つまり、自分の力を超えてしまえば、竜の魔力に包まれて命を落とすことになる。

 あの時は竜珠を「落ち着かせる」ことができたかも知れないが、それとこれとでは魔法の質が違う。

「タッド、ここで悩んでるヒマなんてないわよ。竜の命がかかってるんだから」

 フェオンの頼みにちゅうちょしていたタッドは、ティファーナの言葉ではっとする。

 この竜は、ぼくを信じてくれたんだっけ。夢に念を送ってくるくらいに。だったら、信頼にはちゃんと応えないといけない。そう、悩んでる時間なんて、今はないんだった。竜を助けるために動いていたのに、やっと竜の前まで来たのに。ここで止まったら、今までやって来たことの意味がなくなるんだ。

 一秒ごとに命が削られている、と夢で聞いた。あと、どれくらいの時間が残っているのだろう。

 その時間が全て使われてしまわないうちにやらなければ、全てが無駄になるのだ。

 タッドはフェオンの持つ竜珠に手をかざし、静かに呪文を唱える。目には見えなくても、竜珠からその力が浮き上がるのがはっきりわかった。

 その力は風に流されるように竜の身体へと動き、覆ってゆく。

 魔法使いではないティファーナとリアンスも、竜の身体に積もった雪が次第に溶けてゆくことで、その力が竜へと流れていることがわかった。

 どんどんその姿があらわになって。

「……これが火の竜か」

「すごく……きれい」

 初めて火の竜を見る二人は、ひたすらその姿に感動している。

 だが、タッドにはそんな余裕などない。竜珠の力を引き出すだけで精一杯だ。

 まだ周囲には雪がたくさん残っているし、吐く息も白いが、タッド一人が地面へしたたる程に汗を流している。

「タッド、それくらいでいい」

 フェオンの言葉で、タッドは呪文を唱えるのをやめ、大きく息をつく。

 いつの間にか、ドゥードルのようになるのでは、という不安は頭からすっかり消えていた。

 たった一つ、竜珠の力を導くことだけを考えて。

 あまりに集中していたので、力を抜いた途端に貧血を起こしかける。それに気付いたリアンスが、タッドの身体を支えた。

 竜にはもう、雪は残っていない。その身体に残っているのは……コルデの剣のみ。

 竜珠の力をかなり送り込んだつもりだが、竜が目を覚ます気配はまだない。

「見ているだけでも、痛そうだな」

「あれは……図書館で見た剣だわ。あれが本物のコルデの剣なのね」

「タッド、あの剣を抜いてほしい。火の竜に、あの剣は抜けない」

「あの剣を? かなり大きいけど、俺に抜けるのかな」

 とは言うものの、フェオンのすがるような目を見ては、できないとは言えない。ここまで来て、これは無理だの、あれはできないだのと断れるはずもなかった。

 竜はまだ復活した訳ではない。完全に動きを取り戻すまで、タッドの役目は終わらないのだ。

「わかった。けど……どうやれば、竜に負担がかからずに抜けるかな」

「魔法で抜くのは、恐らく無理だ。竜の身体に乗って、直接剣を抜いてくれ」

「あ、あんな大きな剣を?」

「そうだ。急いでほしい」

「急げったって……えーい、もうこうなったら何でもやってやるよ」

 開き直りにも似た気持ちになってきた。

「よく言った。期待してるぜ、魔法使い」

「そうよ、タッド。あと少しなんだからね」

 声援を受け、竜の身体に手をかける。

 竜を見ることだって珍しいのに、竜の身体に乗った人間なんて過去にどれくらいいたんだろう。触れたことはあっても、乗ったのってもしかしたらぼくくらいじゃないかな。じぃちゃんに話して、信じてくれるかどうか。

 建物の壁を登るように、タッドは剣へ向かって上を目指す。岩に縫い付けられた竜の身体はほとんど垂直状態だったが、すべらないので思ったよりは上りやすい。

 気のせいかな……雪に埋もれてた割に、竜の身体が少しだけど温かいような……。いや、気のせいじゃない。竜珠の力を送ったから血のめぐりがよくなってきたんだ。

 触れているだけで、竜の鼓動まで感じるような気がした。

 あとはあの剣さえ抜けば、竜は復活できる。

 ようやくタッドは剣のそばまで来た。剣の柄をその手でしっかりと掴む。片手どころか、両手で持っても指が回りきらない程に大きい。

 こんな大きな生き物を岩に縫い付ける程なのだ。剣そのものだって、当然大きい。近くで見ると、ほとんど丸太だ。

 それに加え、ひどく冷たかった。まるで氷のかたまりだ。手から伝わって、身体中の血が冷えていく気がする。さすがは、雪と氷の星にいた竜の剣だ。

 この剣さえ抜けば……。

 タッドは両手で柄を握り……と言うより抱え、思い切り引っ張った。

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