立憲君主制魔王国へようこそ

真名千

立憲君主制魔王国へようこそ

 ファンタジーな世界に召喚されるなり、その転移者は自分を囲む魔導士たちに向かって言った。

「もうしわけないが私は剣をとって戦ったり走り回ったりするのは苦手でね。あなた方が期待するような役目は果たせないと思う」

 さっさと送り返せと目で訴えかける転移者に魔導士の一人が進み出て答える。

「そのような勇者様は五十年前にお仕事をなされました。我々はあなたに賢者、いえ裁定者として働いていただきたいのです」

「それはそれは重ねて他力本願なことだ……せめて、椅子と飲み物のある場所で話を聞かせてもらえないだろうか?」

 すぐに帰してもらえないと察した裁定者は、せめて落ち着いて話を聞ける環境を要求した。


 石材に囲まれた地下室から上がって、今度は毛織物に包まれた豪華な一室で裁定者は魔導士の説明を受けた。

「五十年前、勇者様は魔王軍側に寝返り世界を制覇されました。事実上の魔王軍の乗っ取りだったと言われます」

「それで世界が平和になったのなら結構なことだ」

 猫舌の裁定者はカップに息を吹きかけながら嘯いた。

「その平和が乱れるのかもしれないのです」


 世界を統一した勇者様は自分がやってきた世界の政体が最も進んだものだと考えて、この世界にも適用した。すなわち魔王を国家元首とし、間接選挙で選ばれた首相が政治の舵を取る、立憲君主制である。

 初期は勇者本人が首相となり、引退してからも元老として一定の指導力を発揮していた。

 しかし、命あるものは必ず滅びる。

「人々が選挙に慣れ、勇者様がお隠れになった頃から、立憲君主制魔王国ザ カントリーの政治は綻びはじめました」

「……ふーむ、種族同士の対立かな?」

 魔導士は勢いよく頷いた。この裁定者を召喚したのは正解だったとの想いも込めて。



 最初は魔王軍のモンスターや滅ぼされた王国の人間たちはインフラ整備などいろいろと共通した課題もあり、勇者の圧倒的な武力に抑えつけられていた。ところが、彼らは長い平和に慣れていくうちに出身種族の利益を最優先するようになっていった。

 選挙では同種族の代表者にしかほとんど投票しない。セコい竜族などは票割りまで行っていた。サラマンダー議員などは自分が有利なように選挙区の形を捻じ曲げようとした。


「問題は種族ごとの増えやすさにもあります」

 たとえばエルフは長命でなかなか人口が増えないのに対して、比較的短命のオークはどんどん人口を増やす。しかも、戦争がなくなってからは捨て駒に使われることもなくなった。

「食糧は足りているのかな?」

 平和を活かした農地開拓や農業技術の種族を超えた共同開発によって農業生産はかろうじて人口増加に追いついていた。しかし、倍々ゲームで増える人口にたいして農地は足し算でしか増えない。収穫高も数百倍にまで増やすことは難しいし、増加は必ず頭打ちをする。


「だから我々は話し合いで人口を安定させなければならないのです」

「人口増加で力を得た種族の票数が多いのに?」

「そういうことです。少数派でも対抗して人口を増やしつづけたい種族もいます」

 つまり正のフィードバックが働いていて人口抑制策など議論することも難しい。この世界は全体の利益じゃなく種族の利益しか考えない政治家が台頭するかぎり、人口問題を解決できない状況に陥っていた。


 そこで、ほとんど実権のない君主、二代目の魔王に仕える魔導士たちは解決策を求めて新しい転移者を召喚したのだった。

「なるほど面白い……いや、興味深い。全面的にバックアップしてもらえるなら出来る限りのことはやってみましょう」

 勇者の後の賢者は説明を受けた後に謁見した魔王陛下にそう請け負った。



 裁定者が調べてみると主にエルフによる対オーク票抑制策がいろいろと提案されていた。やはり、この二種族は仲が悪いらしい。エルフ議員の多くは知力で優れていたため議論を主導する機会は得られているものの、オーク以外の種族票をまとめることには失敗して法案を通すことが出来ていなかった。

 たとえばこんな法案が出されていた。


・有権者になる年齢を各種族の成人年齢から一律して五十歳に引き上げる

「ふむふむ、オークの平均寿命は四十歳と……これはエルフというよりオーガだな」


・所有する資産の額が一定以上のものに選挙権を与える。または資産額に比例して票を分配する。

「これは勇者からみれば明らかに政治の後退だったと。性別は問題にされていないようだが。エルフの金貸しは長生きの利息で金持ってるんだなぁ」


建国国勢調査書ジェネシスデイブック時点の人口比で議席数を固定する

「かなり妥協している――と思ったら勇者にオークや人間が殺されまくった直後の数字なのか」



 エルフの議員も主張が通らなくてだんだんヤケクソになっていた。

 賢者は書物を放り投げてソファーに寝転がった。

「うーん、種族国家ごとの連邦制なら……いまさら変えても戦争が起こりそうだ」

(勇者は力で抑えつけている間に種族間の混血を押し進めてグチャグチャにしてしまえば良かったのだ。少なくとも混血者が多数派になる程度までは)

「まぁ、それぞれの文化は失われそうだけど、混血によって新しい文化が生まれるかもしれないし……」

 すでに間に合わないことを考えてしまう。


 これ以上は城の外に出て、政治家や市井の話を聞いて回る必要がありそうだった。何かをする時の根回しのためにもコネは必要である。人口の限界も見極めたかった。




 ――そうして裁定者は五年かけて種族ごとに一人の代表を送り出す「種族院」の建設を成し遂げた。まだまだ問題解決には不完全だったが、少なくとも種族院なら人口問題に関して議論できるようになった。

 だが、エルフ族はそんな種族院にも要求を出してきた。


「ダークエルフは別種族だから彼らにも種族院議席を寄越せ……だと!?」

 そもそも種族とは何か……パンドラの箱が開いた瞬間だった。

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