6-62



 目覚めは、武蔵の方が遅かった。

 ぼんやりと瞼を上げ、周囲を観察し。

 ベッドの隣で聖書を読む金髪の少女に、大きな不安を覚える。


「―――アリア。俺のこと、判るか?」


「……武蔵?」


 アリアは武蔵を呆然と見やり、すぐに破顔する。


「良かった。随分と眠っていたのです。頭に異変はありませんか? 武蔵こそ私が判りますか?」


「判るって。ガエイン・クォン・ポウ。南米の刺客と呼ばれたカバティ選手だろ?」


「脳が!?」


 愕然とするアリア。

 ちなみにガエイン・クォン・ポウという人物名は特に意味はない。武蔵の脳内キーボードを適当に打ったら出てきた名前である。


「本当に大丈夫なのですか? 失敗したらパーになるから脳味噌バックアップで焼き直すとベスが言っていましたが」


「うーん、どうだろう」


 時雨から武蔵への影響、つまり洗脳攻撃は確かに影響を与えていた。

 なにせ、武蔵は今とても現実を本当に現実なのか不安に思えている。

 この世界に確信を持てず、目の前にいるアリアすら疑いを覚えてしまう。

 時雨の試みた洗脳もまた、それなりに成功しているのだ。


「アリア。俺のこと、どう思う?」


「どうって……その、そういうのは慎み的にアレと言いますか」


 武蔵は握手を求めるように手を差し出した。

 不思議そうに手を握り返すアリア。

 掴む手を引き、武蔵はアリアを抱きしめる。


「あっ、あの。どうしましたか? 怖い夢でも見ました?」


 これくらいは許されるらしい。

 夢の中で武蔵を一刀両断し、ベスを虐めたと毛嫌いすることとなったアリアとは違う。

 だがさてこれ以上踏み込んでいいのか、と現実を選んで起きながら結局ビビってる武蔵に、アリアの方から行動を起こした。

 瞳を閉じ、唇を突き出す。

 これほどわかりやすいジェスチャーに、武蔵もようやく彼女が彼の知るアリアだと確信する。

 求められれば断ることなど出来ない。武蔵はアリアの肩をそっと抱き寄せ―――


「やっぱりハーレムなんてクソだわ」


 ベッドに横たわる時雨が、冷めきった瞳でその様子を見ていた。

 横目で彼女を確認した武蔵は、しかし気にせずキスを敢行。

 ぬちゅーっと舌まで入れるレベルである。

 時雨はベッド上でジタバタと抗議するも、まともに動ける状態ではないので阻止出来ない。

 アリアも割とシャバダバドゥーと抗議しているが、久方ぶりに時雨以外の女性に触れた武蔵は止まらない。


「くううっ! なんで、身体が動かないっ!」


 身悶える時雨。

 肉体的には4ヶ月寝たきりだったので、これだけ動ければ逆に凄い。

 前話メインヒロインだったとは思えない苦悶の顔で腕を伸ばす時雨。


「ぶふおおおぉぉぉっ!!!」


 その形相はまさに自分で作った真鍮の雄牛で焼かれる職人ベリロスさながらである。

 その間も男女二人は、情熱的にフレンチでディープなキスをしばし続ける。

 やがて互いを開放すると、しばし見つめ合い、腕を離す。

 アリアはアワアワと困惑し、そのまま医務室から逃走してしまった。


「やっぱハーレム最高だわ!」


 武蔵は医務室を飛び出した。

 今は無性に女の子と触れ合いたい気分である。

 妙子曰く、「釣った魚を放置する男」。

 武蔵は時雨の慟哭をガン無視して、ハーレムの誰かに会わんと艦内を駆け回った。







「邪魔です―――仕事の妨げは、やめてください―――」


 最初に出会ったハーレム要員である由良に抱き着いた武蔵は、にべなく拒絶された。

 場所は格納庫。オイルサーディンのようにグリス漬けされた高精度ベアリングを拭きつつ、由良は武蔵に視線すら向けず繰り返す。


「手伝う気がないのなら―――うろちょろしないで」


 割と本気で邪魔臭いと思われてる顔である。

 しかも彼はハーレムだが女の子ではない。

 抱き着いた時の香りは機械油に混ざりつつも妙に甘いのが、余計にタチが悪い。


「はい、失礼しました」


 不機嫌な由良という珍しい光景に、武蔵は即時撤退を決定する。

 普段怒らない奴こそ、怒った時怖いのだ。

 まして整備員を怒らせるなどパイロットにはご法度である。

 彼はプロフェッショナル、どんな対応をしたところで仕事に手は抜かない。

 しかし感情的な苛立ちが仕事に影響しないとは言えないのだ。

 そそくさと格納庫から立ち去ろうとして、武蔵は機体を見上げた。


「動きそうか?」


「大丈夫―――もうほとんど、仕上がってます」


 見た目だけならば先進的なジェット軽攻撃機スコーピオン。

 その戦闘機然とした外見とは裏腹に、設計コンセプトはA10サンダーボルトⅡに近い。

 一枚板となった直線翼の主翼。簡素な制御システムのインテーク。エンジンが離れているのも、ペイロード確保以外にダメージの伝播を防ぐという意味合いがないわけがない。

 不整地の急設基地で運用することも考慮された簡単な構造は、まるでプラモデルだ。

 作業しているのは由良を頂点とした数名のチームだが、この分ならすぐに飛べるようになるだろう。

 そう考えて、はたと武蔵は疑問を抱く。


「俺はどれくらい寝てて、どれくらい秋津島は移動したんだ?」


 時雨は寝起き寝取られを見て発狂している。

 アリアは唐突なラブシーンに困惑している。

 由良は機体の作業が大詰めで修羅場ってる。

 武蔵は次の知人を探すべく、移動を開始することとした。







「「あーっ。ムサシン、生きてたんですかぁー?」」


 甲板で双子の美少女がビーチチェアを広げくつろいでいた。

 流行が100年遅れな扇情的で刺激的なビキニ姿が眩しい彼女達。自分の容姿とスタイルという武器を重々承知した二人は、眩しい肌を惜しげもなく晒している。

 お陰様で困るのが船員達だ。通りかかるたびに、色気丸出しな彼女達に困ったような視線を向けている。


「……ん?」


 武蔵は、双子を見る船員の視線が気になった。


「「隊長リードの精神拾って帰れましたかぁー?」」


「あ、ああ。一応目を醒ましていたし、問題なく成功したと思うぞ」


「「おめー!」」


 適当に祝辞を述べつつ、再びゴロンとチェアに転がり直す双子。

 生還した隊長リードを見に行こうという気はないらしい。


「もうちょっとなんかないのか、目覚めたら記憶喪失だったりとかするかもしれないぞ」


「そうならない為のムサシンの頑張りでしょー?」


「記憶喪失なんてドラマの中だけのフィクションですよぉー?」


「いや記憶喪失は架空の病気じゃねえから」


 ドラマの脚本家達がとりあえず感覚でインスタントに記憶喪失させてきた弊害である。

 用量用法用病は適量でなければ劇薬でしかないのだ。

 並んだビーチチェアの間には小さなテーブル、そこにはトロピカルジュース……ではなく水筒が用意されていた。

 水筒といっても軍用の水筒と言われて思い浮かべるようなマンボウのような形をしたものではなく、綺麗な円柱状の魔法瓶である。

 嵩張り容量も少なく重いが、海上勤務の海自では地味に御用達アイテムだ。

 過酷な勤務の割に乗れば太るくらいに運動量が足りないのが海自である。


「まあ、脱水症状は良くないな」


 脱水症状、熱中症といえば夏のイメージだが、条件さえ揃えば冬でも当然なる。

 特に脱水は危機感がなく、余計に身体が冷えるとあって寒空の下ではつい給水を怠ってしまいがちだ。


「あ、飲みますぅー?」


 右の方……どっちか判らないが、ともかく双子の片方が水筒を開けて中身を武蔵に差し出す。

 もう片方は武蔵に目を向けすらしない。

 これは双子で態度に差があるわけではなく、一つの行動に両方が動くことはないというだけの思考。

 一心同体となっている彼女達は、コップを渡す為にわざわざ両手を使うことはしないのだ。

 そして、これは間接キッス。

 とはいえ小学生でもないので、武蔵は普通に受け取り一口飲む。


「あ、口紅の跡」


「「うわぁー……」」


 ドン引きの声を漏らす双子。

 気付いても声に出さないでほしかった。

 それは、温かいお茶であった。

 ほうじ茶である。


「やっぱり寒いんじゃねえか」


 さもありなん、先にも言った通り、今は北半球は完全に冬。

 昼過ぎの時間帯だからこそ、彼女達もなんとか半裸になれるというもの。


「こんな気温で日光浴して楽しいか?」


「「なんて言いますかぁー……整う?」」


「サウナかよ」


 武蔵は机をどかし、代わりに別のビーチチェアを用意し、双子の間に寝そべった。

 両手に花である。


「「その図々しさがあれば、きっと人生色々楽なんでしょうねぇー」」


「ふふん」


「「褒めてなぁーい」」


 双子は隠れ巨乳だ。

 ビキニであれば、それはより顕著に明らかである。

 右を見ればご立派な連星。

 左を見ても見事な双子星。

 4つ並べば恒星直列パレード

 その中心たる主星は武蔵。

 世紀の天体ショーだ。


「「あ、これすっごいくだらないこと考えてる……」」


 二人は寝返りをうち、武蔵に背を向けてしまった。

 ただでおっぱいは見せぬ、見るなら金払え。そんな強い決意を感じさせる背中であった。

 ところが武蔵はやっぱりえろい。眼をぱっちりとあけて、尻もうなじも良さをわかっていた。

 肩甲骨は特に素晴らしい。ウエストのくびれも腰の肉に食い込んだ水着もたまらない。

 武蔵は無言で立ち上がった。


「お前ら、ちょっと気ぃ抜けすぎじゃないか。俺達は命がけの戦争をしているんだ。もう少し真剣にやったらどうだ」


 双子は武蔵に背を向けたまま、無言で睨んだ。

 お前が言うなというメッセージ性を感じさせる冷たい視線であった。

 武蔵は魔法瓶を両手に持ち、見えない角度から彼女達の背中に触れさせる。

 中身が熱かろうと外は冷たい金属容器。


「「うひゃあんっ!」」


 双子は荒牧鮭のように跳ねた。

 ピチピチと身悶える双子を尻目に、武蔵は肩で風を切って歩き去る。


「さらばだ、ドスケベシスターズ。君達のヒップラインを俺は忘れない」


 背を向ける武蔵。

 彼の後頭部に、2つの水筒が直撃した。

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