第三十一話 国境突破

「勇者の剣? 確かに本物っぽいな。しかし、誰であろうと通すなと言われている」


 国境の門番をしている兵士から、いきなり予定外のことを言われてしまった。


「おい、レイヴァンス。約束が違うぞ」


 オリヴィアが耳打ちしてくる。

 いや……俺に言われても困るし、そんな約束はしていないんだけど。


「わかったら、さっさと向こうへ行った行った」


 兵士がしっしっと俺たちを追い払う。

 ゲームの中だと「おお、本物の勇者の剣だ」なんて言ってくれて、快く通してくれるのに。


 仕方なく俺たちは、いったん検問所から離れ、木陰で作戦を練ることにした。


「おいおいおい、勇者の剣が通行証になるんじゃなかったのかよ。じゃあやっぱり、ロープで登るか?」


 国境に立ちはだかる巨大な壁を見上げながら、マックスウェルがぼやく。


「しかしそうなると、目的地までは徒歩になる」


 ガーディアニア国は王を含めた要人が、今も操られたままだ。

 うかうかしていると、取り返しのつかない事態が起きかねない。

 のんびりぶらり旅というわけにもいかない今、徒歩は色々とデメリットがデカいぞ。


「レイヴァンス、剣の精霊ならヒントをくれるかも」


 鞘に収まったミスティローズブレイドを指さして、シャーロットがつぶやいた。


「それもそうだな。霊属性と闇属性の合成で、壁を登る魔法とかがあるかもしれないし」

「剣の精霊さんがいるんですか? わぁ、会ってみたいです」


 セレナが目を輝かせて、子供のようにはしゃいでいる。

 そういえば女神の力を持っているセレナには、ミスティローズが見えるんだっけ。

 彼女のそばで剣を抜いたことがなかったので、これが初対面になるな。


 そんなことを考えながら、俺は鞘から剣を抜いた。


『おお、やっと外が拝めるのう』

「ひゃあ!」


 剣からミスティローズが顔だけをニュッと出してきたので、セレナが驚きの声を上げた。


『お? このおなごはわらわの姿が見えておるのか』


 そう言いながらミスティローズが剣から飛び出して、全身を晒した。


「わあ! かわいい精霊さんですね」

『そうであろう、わらわは間違いなくかわいいのじゃ。しかし、おぬしの百倍は年を重ねておる。敬うがよいぞ』

「へぇ、そうなんですね。えらいえらい」

『だぁかぁら! 子ども扱いするでない!』


 いまいち会話がかみ合っていない。

 への字に口を歪ませるミスティローズにかまわず、セレナは彼女の頭をナデナデしている。


 女神の力を持ったセレナは、手で触れることもできるみたいだ。

 しかし精霊の姿が見えていないであろう他のみんなは、セレナを見ながらポカンとした顔になっていた。

 たぶんみんなの目には、何もない空間に話しかけてナデナデしているように映っているんだろうな。


『うぬぬ。この女神、なんだか苦手じゃ』

「女神? 私のこと、そう呼んでくれるんですか?」

『何を言うておる。おぬしの中に女神の魂が眠っておるぞ』


 やば!

 そのことはセレナがショックを受けるかもしれないと思って、まだ話していなかったんだ。


「へえ、そうなんですね。私に不思議な力があるって、もしかして女神の魂があるからなんですかね」


 ニコニコしながら、セレナが俺のほうに顔を向けた。

 衝撃を受けたとか真実を受け止めたとか、そういった感情はいっさい見えず、なんともあっけらかんとした表情だ。


 いずれは話さなければいけないことだと思っていたが、どうも俺たちが力みすぎていたのかもしれない。


「セレナ、女神のことは落ち着いたときに話すよ。今はとにかく、国境を超えることが先決だ」

「そうですね。またお話しましょうね、ミスティちゃん」


 まるでお茶会のノリで、セレナが次回の約束を取り付ける。

 この様子なら、真実を話しても問題ないかもしれない。


『何やら、わらわに相談事のようじゃの。まあ詳しく話してみよ』


 促されて俺は、今の状況を説明した。

 ふむふむと、ときおり相槌を打ちながら話を聞いていたミスティローズは、聞き終えたあとでポンと手を打った。


『それならよい魔法があるぞ。闇属性との合成だからこそできる魔法じゃな。効果を発揮するには条件があるのじゃが、まあわらわの言うたとおりにしてみよ』


 そういって腰に手を当てるミスティローズは、まさに子供そのものだ。

 セレナが頭をなでる気持ちもわかる。


 * * *


 俺たちは再び国境検問所の門へとやってきた。


「なんだ。またおまえたちか。何度来られても、通せんものは通せんぞ」

「でもですね、ガーディアニア国王から聞いていませんか? 俺たちは直々に招待されたんですよ」


 もちろんそんな招待は受けていない。

 ミスティローズの指示に従って、そう言っているだけだ。


「ふむ、そんな話は聞いていないが」

「何か証拠なり、招待状でも持っていないのか?」


 門番の二人の兵士が、腕を組んで詰め寄る。


「この勇者の剣です。剣の宝玉をよく見てください」


 そう言って俺は、剣の束の部分に埋め込まれた宝玉が見えるよう、二人の前に突き出して見せた。


「この宝玉がなんだっていうんだ?」

「特に何も見えんし、何かが書かれてるわけでもないが」


 あごに手を添えて、二人が眉根を寄せる。


「もっとよく見てください。ほら……」


 さらに促すと、兵士たちは黙ったままじーっと宝玉を凝視した。

 時間にして約十秒。

 二人の兵士が突然、背筋を伸ばして敬礼する。


「失礼しました! すぐに門を開けますので、どうぞお通りください」


 この反応。

 どうやら闇属性と霊属性による催眠魔法が、うまくハマったみたいだ。


「ミスティちゃんの魔法、すごいですね」

「忍の幻術みたいなものですかぁ。でもこんなお手軽にできちゃうなんて、便利ですねぇ」

「しかし、エグい魔法だぜ」

「うむ、術者のモラルが問われる怖い魔法だ。使い方には気をつけねばなるまいな」

「レイヴァンスなら問題ない」


 荷馬車を引いて検問所の門をくぐりながら、ひそひそとそれぞれの感想をつぶやきあう。


 闇属性との合成ならでは……か。それがこの魔法なのね。

 やっぱり、みんなが悪のイメージを持つのも分かる気がするな。


 発動条件は、魔法力を込めた物体を十秒以上、凝視させることだ。

 戦いの中で使うのは難しいが、状況によって恐ろしい効果を発揮するのは見てのとおり。


 効力はそれほど長い時間じゃない。

 おそらく二人の兵士の暗示も、一時間ほどで解けるだろう。


 ミスティローズによると、魔族たちの使う魔属性にも同じ魔法があるという。今まさにガーディアニア国が操られているのも、類似の魔法だろう。

 しかも魔族たちは強力な魔具などを使って、効力を持続しているらしい。


「レイヴァンス。闇属性の使い手が、あなたでよかった」


 シャーロットが隣を歩き、そう言ってくれた。

 門を抜けると、他の兵士たちが戸惑ったような顔で俺たちを見てきた。


「おい、どうなってんだ? 門を開けるなんて聞いてないぞ」


 門番をしていた二人の兵士に、別の兵士たちが尋問している。


「彼らは王直々に招待されたのだ」

「それも聞いてない。俺たちには情報の連携がされていないみたいだが」

「あの方の剣に付けられた宝玉を見てみるといい。それですべてがわかる」


 催眠にかかっている兵士が、他の兵士を巻き込む方向で動いている。

 まるでゾンビがさらにゾンビを生み出すかのようだ。

 改めて闇魔法の怖さを知ってしまった、そんな気がする。

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