第二十八話 シャーロットとの夜会話

 夜になり、それぞれ宿の部屋へと移動した。


 ベッドに転がって、しばらく天井を見つめる。


 いろいろあって疲れているはずなのに、なかなか眠りにつけない。


 ――コンコン――


 不意にドアがノックされた。


 こんな夜更けに誰だろう。

 そう思いながらもドアを開けると、そこにはシャーロットが立っていた。


「話がしたい」


 夜に美少女が部屋を訪ねてきての、そのセリフ。

 普通ならドキドキイベントなんだろうけど。

 目の鋭さから察するに、そんな雰囲気でもなさそうだな。


 ユウダイたちとのことだろう。

 ちょうど、俺も話をしなきゃって思っていたところだ。


「なら、また屋根の上にしようぜ」

「なぜ?」

「どうせなら夜風にあたったほうが、気分も晴れるだろ」


 そう提案するとシャーロットは無言のまま、コクリとうなずいた。


 部屋を出て屋根裏の窓から、屋根の上へと上る。危険なので、良い子はマネしないように。

 屋根の傾斜に二人並んで座る。


 しばらく、気まずい沈黙が続いた。

 改めて話をしようとすると、どこから触れていけばいいものかと迷うもんだな。


「レイヴァンス。あなたは誰?」


 こちらに目を向けず、まっすぐ遠くを見つめながら彼女が切り出した。

 おそらく、前世の俺のことを尋ねているのだろう。


「キミは、マリナさん……なのか?」


 シャーロットがピクリと反応し、こちらに顔を向けた。


 前世でユウダイたち三人組に恨みを持つ人は、と聞かれたら、心当たりは少なくない。

 しかし、シャーロットはユウダイを殺そうとまでしていた。

 それほどの憎しみを見せる人物で、思い当たるのは一人だけだ。


 あれは確か、前世で俺が高校生になりたての頃だった。

 俺は運悪くユウダイと同じクラスになった。

 そしてそのクラスには、マリナという女の子がいた。


 マリナは人と話をするのが苦手なようで、休み時間も給食のときも、誰かと話しているのをみたことがなかった。

 いつも一人で絵を描いているような女の子だった。


 顔には火傷の痕があって、それを見られるのが嫌だったのだろう。

 常にうつむき、長い髪で顔を隠していたんだ。


 そんな彼女を言葉のナイフで切り付けてきたのが、やはりユウダイだった。

 人と違う、一般的にマイナスとされるものを抱えていると、そこを攻撃して蔑んだり嘲笑するやつはどこにでもいる。

 俺の闇属性を忌み嫌う人たちのように。


 言葉だけでなくユウダイは、彼女が休み時間に描いている絵を取り上げては晒して、笑いものにしていた。

 その様子を見て、クラスメイトのみんなも笑っていた。


 いじめはさらにエスカレートし、通りがかったついでのように頭を後ろから叩いたりもしていた。


 それからしばらくして、彼女は学校を休んだ。

 登校拒否かと思ったが、そうじゃなかった。

 彼女はいつもの登校経路とは違う道を歩いていたところを、トラックにはねられて命を落としたのだ。


「私が登校する道は、ユウダイと遭遇する可能性が高かった。それが嫌で違う道を選び、そうなった」


 そういうことなのかもしれないと、当時の俺も思っていた。

 俺もユウダイと遭遇しそうな道は、避けていたから。


 おそらくシャーロットは……マリナは、死ぬ瞬間までユウダイの影におびえていたのだろう。

 間接的ではあるが、自分を殺した人間として恨みを持ったとしても、仕方のないことかもしれない。


「ごめん……。俺はユウダイから、キミを助けてあげられなかった。だから、謝りたかったんだ」

「違う。いじめるのはやめてって、あいつから私をかばってくれた。だからあなたまで、いじめの標的にされてしまった」

「え?」

「あなたはアマト君」


 シャーロットも、前世の俺に気づいていたのか。


「あなたもいじめを受けていたのに、何度も私をかばってくれた。むしろ私は、あなたをかばえなかった。あいつらが怖かったから」


 つぶやきながら俺を見つめてくる目は鋭さが取れて、とてもやさしくなっていた。

 夜風が彼女の短い髪を揺らす。


「俺、あいつがマリナさんの絵を取り上げてクラスのみんなに晒したとき、みんなは笑ってたけど俺は違った。すごく上手いって思って。しかも当時ハマっていたゲームの絵だったから。だからマリナさんと仲良くなりたいって、思っていたんだ」

「私と仲良くなっても、つまらない」

「そんなことないよ。今だってキミと話ができて楽しいし、うれしいんだ。前世のときだって、仲良くなれたらゲームの話で盛り上がれただろうなって思う」

「顔に火傷の痕がある、暗くてかわいくない女と、楽しくおしゃべりなんてできるわけない」

「キミはキレイだよ。あのときも今も」


 一瞬の沈黙があった。


「ばふ!」


 突然、彼女が噴き出す。

 そのあと不敵な笑みを浮かべながら、ジトっとした目を俺に向けてきた。


「あなたがナンパな人だったなんて、知らなかった。よくそんなことを真顔で言える」


 た、確かに。

 なんだろう、本当に自然に出てきた言葉だったんだけど。

 さすがにキモかったかも。


 ため息をついてからシャーロットは立ち上がり、俺に背を向けて屋根裏の窓へと歩き出した。


 やっちまった。

 ああ、もう。

 明日から気まずくなってしまうのか、やだな。

 ていうか、めっちゃ恥ずかしい。

 シャーロットよ。いっそ武士の情けで、介錯してくれ。


「レイヴァンス」


 不意に呼ばれて、顔を上げた。

 シャーロットはこちらを向いてうつむき、顔を赤らめながらつぶやいた。


「ありがと……」


 それだけ言い残して、屋根裏へと戻っていった。

 俺は屋根の上に寝そべって、しばらく夜空を見上げていた。


 ああ、恥ずかし……。



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