第二十六話 心で泣いてます!

 森からみんなのもとへと戻るときも、合流して再出発したあとも、シャーロットは一切俺と目を合わそうとしなかった。


「あのぉ。シャーロットさんと森で何かあったんですか?」


 干し肉に自前の塩を振りかけながら、セレナが声をかけてきた。

 しかし俺は、苦笑いを返すことしかできなかった。


 憎しみをぶつける相手が目の前にいるのに、俺がそれを止めてしまった。

 復讐なんてむなしいだけだとか、復讐で人を殺めたらだめだとか、そういうつもりで止めたんじゃない。

 むしろ、復讐したい人の気持ちは俺にもわかる。


 いじめで人を苦しめてきたやつに因果応報があるかっていうと、そんなものはないんじゃないか。

 他人をさんざん苦しめたあとも、「昔はワルだった」とか言いつつ幸せそうに生きているやつだってたくさんいるだろう。

 それを考えると、因果応報で本当にひどいことが起きたらいいのに、と思うこともある。


 ただ、そんなやつらなんかより、仲間たちの幸せのほうが大事だと思った。

 シャーロットを止めたのは、ユウダイたちを殺すことで犯罪者の烙印を押されてしまうからだ。

 そんな状態では、とても幸せな人生は送れないんじゃないか。だから止めた。


 だけどもしかしたら、それも単なる俺のエゴだったのかもしれない。

 先ほどのユウダイたちの顔を思い出したら、自分の考えに自信が持てなくなってくる。


 とにかくシャーロットも、まだ心の整理がついていないだろう。

 今はそっとしておいたほうがよさそうだ。


 でも、転生した者同士でしかできない話もある。

 近いうちに、ちゃんと話をしなきゃ。


 考え込んでいたとき、セレナが俺に干し肉を差し出してきた。


「腹が減ってはなんとやら、です!」


 この子は本当にたくましいな。

 干し肉を受け取って噛りつくと、なんとも塩辛い味が口の中を駆け巡った。


「塩、かけすぎじゃない?」

「そうですか? あ、でもレイさんはいつも泣いてるから、お塩が目からたくさん出てるはずです。だから塩分補給ですよ」

「え? 俺、泣いてなんかないぞ」

「心で泣いてます!」


 何かを察したのか、俺がよほど暗い顔をしていたのか。

 セレナが正面に座って、俺の顔をじっと見つめてきた。


「レイさん、私のことも頼ってくださいね。私、もっとレイさんの力になりたいんです」


 そう言っておいて自分の言葉に照れ臭くなったのか、彼女は頬を赤くして俺から顔をそらした。

 そしてごまかすように、干し肉をはむはむと噛みだしている。


 そういえば、この世界で初めて闇属性の俺を属性ではなく一人の人間として見てくれたのは、セレナだったな。

 魔族たちが信仰している邪神復活のカギとなる少女。

 本来なら主人公が守るはずだったが、俺が勇者の剣を抜いた以上、責任をもって彼女を守らなきゃ。


「セレナちゃん、ひょっとしてこの方が?」

「へ?」


 ふふふ、と笑いながら、ミラがセレナに声をかけてきた。


「や……いや、その。そうそう、この人が勇者さんなんですよぉ」

「あら、ごまかしたわね。ふうん、勇者さまかぁ」

「もう、ミラさん!」


 そういえばこの二人、森から戻って合流したときには仲良くなっていた気がするな。

 監禁されていただろうから、疲労や精神的なショックが心配されたけど。


 二人のおしゃべりするところを見て、ちょっとだけ安心したのを覚えている。

 女の子同士だから、何かと話しやすかったんだろう。


 それを言うとオリヴィアとシャーロットに失礼かもだけど、あの二人は女子トークみたいなイメージがないんだよね。


 しかし、どんな話をしたんだろ。

 勇者の剣を抜いたのが俺だってのが、どうにも信じられなかったとか、そういう話かな。


「あはは、そうなんですよ。まさか俺が勇者の剣を抜いちゃうなんて、ほんと信じられなくて」


 会話に割って入ってみたら、なぜか二人とも固まってしまった。


「レイさんは勇者にふさわしい、立派な人です。剣が抜けて当然なんです!」

「ですよねぇ。だって、セレナちゃんのす……」

「わぁぁぁぁあああ!!」


 叫びながら、セレナがミラの口を手をふさぐ。

 なんかようわからんけど、二人が仲良くなって何よりだ。

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