第十五話 闇属性勇者の誕生
「え?」
何の冗談?
もしかして、誰かに騙されてる?
完全に混乱していた。目の前で起きていることを、素直に受け止められない。
『やっと抜いたか。遅いではないか! なぜ、もっと早く来てくれなかったのじゃ!』
羽衣のようなものを纏った幼い女の子が、いつの間にか台座の上に座っていた。
ジトッとした目つきに、への字の口。
今にも「ざーこ」とか言ってきそうな顔をしている。
勇者の剣に宿る精霊、ミスティローズだ。
ゲームの設定では、剣を抜いた勇者にしか見えない存在だったけど。
そんな子が俺に見えているということは、本当に俺が剣を抜いたってことなのか。
「いや、先に皇子たちが三人、ここに来たと思うけど」
『ああ、何やら来ておったようじゃの。じゃが、あれはムリじゃ。ムリムリ。意地の悪そうな気に満ちておったわ』
うーん。それは確かに合ってるかも。
「でも、俺は闇属性だぞ。そんな俺が剣を抜くなんて」
『属性など、わらわにはどうでもよいことじゃ。それより、早くわらわを外へ連れていけ。洞窟の中は退屈でかなわぬ』
「まさか、ずっと剣と一緒に洞窟の中にいたのか?」
『あほう。さすがにそれだと、わらわがかわいそすぎるであろう。そうは思わんか?』
「思うよ。キミみたいな子供が、こんな場所にずっといたなんて」
『言うておくが、わらわは千年以上を生きる剣の精霊ぞ! おや、おぬし……あまり驚かぬな』
知っていたことだし、驚きようがない。
『まあよい。台座に刺さっておったときは、精霊の世界におったのじゃ。剣に誰かが近づいたら、その者の気を感じとるくらいはできたがの。おぬしが剣を抜いた瞬間、わらわはこちらの世界に呼び出されたのじゃ』
そうだった、そういう設定だった。
やっぱり細かい部分は、忘れてることも多いな。
しかし、おかげで色々と思い出してきたぞ。
ミスティローズブレイドは強力な武器だが、それだけじゃない。
剣に憑いている精霊が協力者となり、この世界には存在しない霊属性の魔法でサポートもしてくれるのだ。
さらに、剣の持ち主が持つ魔法とミスティローズの魔法を融合し、新たな魔法を生み出すこともできる。
しかし本来の主人公は光属性だから、光と霊の二属性が融合するはずだった。
闇属性と融合したら、どんな魔法が生まれるのだろう。
そもそも闇属性との合成魔法なんて、存在するのだろうか。
『おい! 何を考えこんでおる! いつまでわらわをこんな辛気臭い場所にとどまらせるつもりじゃ?』
「あ、ごめんごめん。まさか俺が勇者の剣を持つことになるなんて思わなかったけど。これから、よろしくな」
『うむ! よろしく頼むぞよ!』
とは言ったものの、これはさすがに想定外だな。
抜けてしまったものは仕方ない。
とりあえず俺も、セレナたちの旅に同行するか。
アンデッドを正常化する聖水を手に入れるには、勇者の剣も必要になってくるからな。
* * *
洞窟を出ると、兵士たちが待ち構えていた。
笑いものにして罵声を浴びせる準備を整えていたであろう彼らは、俺が手に持っている剣を見て、呆然とした様子だった。
やがて兵士たちが、我に返ったように口を開く。
「き、きさま! なんてことを! どうやって持ち出したかは知らぬが、闇属性のきさまが手にしていい剣ではないのだぞ!」
「わかった! おおかた、精巧に作られた偽物だろう! 我らをだまし、世界を混沌におとしいれるつもりだな!」
「そ、そうだそうだ! 闇属性に抜けるわけがない!」
まいったね。
ここまでくると、さすがに呆れて闇落ちする気にもならないよ。
「なら、洞窟の中に行って確かめれば?」
シャーロットがぽつりとつぶやいた。
しかし、誰もその場を動こうとしない。
「どうしたの? 確かめるのが怖い?」
「な、なにを……」
「もし彼が本当に勇者の剣を抜いたなら、真の勇者は彼ということになる。あなたたちは今、勇者さまに罵声を浴びせた。それは勇者を信仰するこの国において、大罪になるはず。あなたたちの顔、全員覚えた。覚悟するといいわ」
冷ややかな目つきで、シャーロットが兵士たちを睨みつける。
そんな彼女に言い返せる者はおらず、彼らは凍り付いたように固まっていた。
なんともおっかない人だ。
ていうか俺が洞窟に入る前、あんたも結構ひどいこと言ったよ。
洞窟の中に入るための口八丁だったんだろうけどさ。
とりあえず剣も抜けたことだし、話がこじれる前に退散しよう。
俺はシャーロットをなだめつつ、彼女を連れて洞窟をあとにした。
「私、ああいうやつらが大嫌い。人を笑いものにしたり、いじめたり。それが許せない」
「まあ、俺も好きにはなれないですけど」
もしかすると、前世で何かあったのかな。
思い出したくないと言っていたから、聞かないことにするけど。
「レイヴァンスは恥じることなんて、何もしていない。むしろ人々を助けるために戦える、誇らしい人だと思う」
小さな声で、うつむきながら彼女がつぶやいた。
「そ、その……。ありがとうございます」
そんなに素直に褒めてくれるキャラじゃなかったような。
つい照れくさくなって、俺もうつむいてしまった。
「レイヴァンス。私たち、同じ転生者。だから敬語は不要」
「だけど……シャーロットさんは年上ですし、騎士団の副隊長でもあるわけですし」
「レイヴァンス、セレナには敬語使ってない。私もそれでいい」
「え……と。あなたがそこまで言うのなら。分かりました」
「不要」
「わ、わかりまし……じゃなくて……。分かったよ、シャーロット」
「ん」
なんか、一気に距離が縮まった気はするけど、そのせいでさらに照れ臭くなった。
シャーロットに目を向けると、彼女も顔を赤くしてうつむいている。
自分で言い出しておいて、いろいろと恥ずかしくなったらしい。
広大な平原を、うつむいた二人が並んで歩くなんて。
ちょっとシュールだな。
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