第六話 戦う意思
「え? どうしたんですか、レイさん」
もしもゲームのシナリオどおりなら、もう時間がない。
「おや、セレナちゃん。どうしたの、彼。怖い顔しちゃって」
通りすがりの村のおばさんが、セレナに話しかけてきた。
「おばさんもセレナも、早く村から逃げるんだ! 時間がない! できるだけ多くの人に逃げろって伝えて……」
必死に訴えているのに、セレナもおばさんもポカンと口を開けて呆けていた。
これから何が起きるかなんて、知る由もないだろう。だから、仕方ないのかもしれないが。
でも、事が起きてからじゃ遅いんだ。
「ま、魔族だあぁぁぁああああ!」
そのとき、村人の悲鳴が聞こえてきた。
くそ、遅かったか。
なぜこの村に見覚えがないか、やっとわかった。
ここは魔族に襲われて、滅びる村だったんだ。
ゲーム上でも滅びたあとの、無残な村の描写しか存在しない。
しかも序盤でセレナに出会うときは、村ではなく森の中だった。
セレナの父親を名乗る男と命からがら逃げている最中に、勇者と出会うのだ。
そもそもセレナの父を名乗る男は、本当の父親じゃない。
魔術協会という組織から派遣された護衛であり、父親のふりをしながらずっとセレナを守っていたのだ。
彼がセレナに「魔法は遊び道具じゃない。むやみに見せびらかすな」と言ったのも、昔からセレナに魔法を使わせなかったのも、彼女の中に眠る聖女の力を周囲に悟らせないためだった。
朝の会話でこのことを思い出せていたら、魔族が攻めてくることもすぐに連想できたはずなのに。
本来のゲームのシナリオでは、セレナの父を名乗る男のセリフも少ない。しかも勇者にセレナを託して、すぐに死んでしまった。
だから、どうにも印象が薄かったんだ。
いや、実際に生身の人間として出会ったなら、印象薄いとか思わないけどさ。
ゲームの画面越しだと、モブの死はストーリーの流れ程度にしか感じていなかったんだよね。
いやいや、今は無意味な言い訳をしている場合じゃないぞ。
とにかく、滅びる運命の村だったということだ。
「何してるんだ! 二人とも、早く逃げろ!」
俺の訴えもむなしく、二人とも何が起きたかわからないといった様子で、オロオロするばかり。
どうにもまだ、事の重大さが理解できていない感じだった。
攻めてきた魔族たちは、セレナを狙っている。邪神復活のためだ。
もうこうなったら、セレナだけでも助けよう。
「セレナ、一緒に来てくれ! 早くここから逃げるんだ!」
村は滅びる運命だが、彼女は逃げれば絶対に助かる。そして俺もだ。
俺が破滅するのは、まだ先なんだ。
つまりここで逃げを選べば、少なくとも俺とセレナはこの場を切り抜けられる。
そんなことを頭の中で考えていたとき、数十メートル先に魔族らしき連中が見えた。
今にも村人に襲い掛かろうとしている。
いや待て。
逃げる?
違うんじゃないか?
どうしようもないのであれば、逃げることも必要だと思う。
だけど俺はさっきから、何を考えて逃げの選択肢を取ろうとしている?
シナリオの予定?
その予定に裏切られて、追放されたばかりじゃないか。
それに、これはゲームの中かもしれないが、目の前にいる村人は間違いなく生きた人間だ。
昨日、俺にリンゴをくれたおじさんは、さっき俺に干し肉をくれたおばさんは、俺を快く歓迎してくれた村人たちは、この世界で生きている人間なんだ!
「セレナ! キミはお父さんのところへ戻れ!」
「え? あの……いったい何が起きてるんですか?」
「魔族が襲ってきたんだ。早く行ってくれ! おばさんも、早く逃げてください!」
セレナにそう言い残し、遠くに見える魔族の群れめがけて走り出す。
生まれた瞬間から前世の記憶があった俺は、生後わずか一ヶ月の時点で魔法の訓練を始めていた。
それからずっと、この世界で生き残るために修行してきたんだ。
今の俺はストーリー序盤のレイヴァンス・モーティスよりも、はるかに強いはず。
しかしこれまで魔族と出会ったことなどなかったので、やつらの強さも分からない。
故にどこまで戦えるかも分からないけど、やれるだけやってやる。
「
魔法の射程距離に入り、一人の魔族に手のひらを向けた。
魔族はファングハンマーと同様、口や耳から血しぶきをあげて倒れた。
「ひ、ひい!」
襲われていた村の男が、魔族の死にざまを見ながら悲鳴を上げた。
「今のうちです! 逃げてください!」
「ひいいい!!」
俺の言葉を待たず、村の男は走り去っていった。
よし、いけるぞ。
俺は魔族の群れが押し寄せてくるほうへ向かって、再び走り出した。
その間にも、村人を襲う魔族を次々と倒していく。
村人たちは魔族にもおびえていたが、俺の魔法にも若干引いている様子だった。
やはり闇属性はこの村でも、邪悪の象徴として認知されているらしい。
襲ってくる群れの中には、魔族だけでなく魔獣と呼ばれるモンスターの姿もあった。
たった一人の聖女を連れ去るために、これだけの軍勢で押し寄せてくるとは。よほどこいつらにとって、重要な存在らしい。
それにしても、これだけ数が多いときりがないな。
ここは広範囲魔法で!
「闇の奥底より湧き出でよ、無数の刃を螺旋となって放て!
闇属性の魔剣が無数に生成され、敵めがけて飛んでいく。
序盤のレイヴァンスには使えない、四天王になったあとのレイヴァンスが得意とする魔法だ。
「「「ぎゃぁぁぁああああああ!」」」
本当は闇の爆裂魔法で、あたりを吹き飛ばしたいところだけど。
そんなことをすれば逃げ遅れた村人が建物の陰にいた場合、確実に巻き込んでしまう。
見えている範囲に絞りたいなら、これだな。
それにしても、やはり多勢に無勢すぎる。
戦ってみた感じ、とりあえず俺がこいつらに負けることはなさそうだが。とはいえ、一人で村人たちを守るのは限界があるぞ。
なんて考えていたとき、背後から一匹の魔獣が襲い掛かってきた。
「ケェエエエエ!!」
まずい、油断した。
とっさに防御の姿勢を取る。
そのとき、魔獣が縦に切り裂かれた。二つに割れた肉片の間から、一人の騎士が姿を現す。
「そこのキミ、とんでもない強さだな。しかし闇属性か。私の探していた男ではないようだ」
全身を黒の鎧に身を包み、顔も兜で完全に隠している。しかし声から察するに、どうやら女性のようだ。
「とにかく、こいつらを撃退するぞ。協力してくれ」
「こちらこそです! 助かりました!」
騎士が誰なのかは分からないが、相当な腕前のようだ。これならどうにかなるかもしれない。
俺は騎士とともに、魔族の群れへと飛び込んでいった。
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