第二十二話:後日談、それから暴かれる思惑
「【
病院の寝台から一歩も動けない状態から、早くも三日が経過していた。
「るせぇよ、人外。俺らが脆いんじゃなくて、オマエが異常すぎんだよ」
――――夜空が割れて夕焼け空が姿を現したあの後、俺たちは残った数多の【魔物】共から全力で逃げ、いうことの効かない馬を無理やり従わせて馬車に乗り、まさしく命からがらといった様子でなんとか≪ヘデラ≫の村を脱出することに成功した。
馬を休ませることなくかっ飛ばし続けること、一日と少し。ようやく王都まで帰還することが出来た俺たちは、慣れた様子の衛兵たちによって、
そしてそのまま、全身の骨が折れていたりヒビが入ったりしている上に血涙・鼻血・吐血で顔面が真っ赤になってる青髪の女と、身体のあちらこちらに開いた穴から出血多量かつ両腕がドロドロのグズグズな大火傷を負っていた俺は、あまりにも状態がひどすぎるコトで医者によって強制的に入院させられたのだ。
ちなみに、全くの無傷であった【魔人】は論外として、切傷や打撲程度の軽傷で済んだ金髪の男はその日のうちに開放されたらしい。
「つーか、オマエがマトモに治癒の【魔法】を扱えてたら、もう少し入院期間が短くて済んだんだけどな」
ジロリと半眼で睨みつけるが、当の本人は全く気にする素振りを見せない。
「仕方がないだろう。此方にとって傷や怪我は治すものではなく、勝手に治るものなのだ。理解力と想像力が何よりも大切な【
そういいながら【魔人】は、まだ俺が手を付けていない病院食へと手を伸ばす。
驚くべきことにコイツ、治癒と支援の【魔法】を一定水準で扱えることが条件である補助師でありながら、治癒の【魔法】がニガテだなんてことを悪びれもせずに抜かしやがったのだ。
その言葉通り、青髪の女が言うには「ちょっと覚えのいい子供程度」の、実践では何の役にも立たないような
そのコトを知らされた俺たち三人は、そんなんでよく補助師を名乗れるな、もう一度試験を受けなおせ、自分の特殊な血筋に胡坐をかきやがって、真っ当に頑張ってる補助師志望の人たちに謝れ、などというようなコトを馬車の中で散々言いまくった。
……まぁ、一部の言葉は俺にも強く突き刺さるのだが。それを理解しているのか、青髪の女が口を開くたびにチラチラと【魔人】が俺を見るモンだから、鬱陶しいことこの上なかった。
オマエとは違って俺は、少なくとも実技試験に関してだけをいえば、十分な成績を修めたうえで合格してるっての。くれぐれも同列に扱わないでほしいものだ。
「つーか、ならなんで魔法師じゃなくて補助師を選んだんだよ」
伸ばされた手の甲を強くつねる。
ふと、前からほんのりと気になっていたことをいい機会なので聞いてみるコトにした。
「手加減というものがどうにも不得手でな。〈
の割には、補助師としてもてんでダメダメじゃねぇか。
身体強化の【魔法】を常人の数倍の出力で扱えるんだから、徒手空拳で前衛士にでもなっておけばよかっただろうに。
技能などマトモになくとも、過ぎた膂力はそれだけで十二分なまでの凶器になり得る。
なんてコトをチラリと言ってみれば、「野蛮な行為はしたくない」と言われてしまった。結局は好みの話らしい。
「ホントに、最初に組んだ
「まぁそうだな。だからこそ彼らが選ばれたのだろう」
「……?」
「詳しくは君が退院してからにしよう。そろそろマリシアンにも顔を出してくるとするよ、君は食事をくれないみたいだしな」
「結局はソレ目当てか」
軽く手のひらを振って、【魔人】は病室を後にする。
人一人がいなくなって狭い空間に幾ばくかの余裕ができ、俺は息を一つ漏らす。
隣で絶えず喋ってる邪魔者がいなくなったので、ようやく、栄養重視で味や食感など全く考慮していない冷めきった食事に手を付けるコトが出来た。メシなんてモノは栄養が補給できればなんでもいい、という考えの俺としては、この病院食は非常に効率が良く好ましい。
……が、今はなんだか無性に酒を飲みたい気分だ。
○ ● ○
「おや、こんにちは。……随分と顔色が悪いようですが眠れていますか?」
【
どうせなら、時間の流れの速さが逆だったら良かったものの、世の中そう都合よくはできておらず、むしろ都合の悪いコトが身に降りかかる方がよっぽど多い。
例えば受けた依頼についてだが、依頼主が既に死亡しているために依頼完了の証明証を発行できなくなっており、失敗扱いとなってしまった。その上、目当てにしていた危険手当や追加報酬に関しても、討伐証明である魔晶石の剥ぎ取りをしていないので、受け取ることができない。
そりゃねぇだろ、と抗議したところで、俺たちの証言を証明する手立てがない以上はどうするコトもできず、結果として何を言っても事務的な対応で処理されるだけに終わってしまった。
ただ一点、不幸中の幸いとでもいうべきか、≪ヘデラ≫とその周囲の山には大量の【魔物】が大量に残っていたため、その裏取りができれば情報提供による報酬金だけは出るそうだ。
あのまま大量の【魔物】を放置しておけば、再びあの場所が【
無事に報酬金がもらえれば、滞納しているらしい青髪の女の入院費はなんとか支払えるだろう。
しかし、【魔物】の大量発生で【
やはり、【魔物】はどこまでいっても人や世界の敵ということだ。
「さぁ、詳しい話を聞かせてもらいましょうか」
六日の入院を経て、怪我や傷が大分回復した俺と青髪の女は無事に退院した。
退院したその日のうちに
俺と【魔人】の二人は、依頼の受注を行った|開拓者組合«ギルド»の職員――自称・受付嬢の元を訪れていた。
「詳しい話、とは?」
「今回の出来事における一から十までの説明ですよ」
受付嬢がチラリと俺を見るが、その視線に俺は肩を竦める仕草しか返すことができない。
俺とて、【魔人】が何を言いたいのかサッパリ理解していないのだ。
恐らくは、先日ポロッと溢した「だからアイツらが選ばれた」というような発言に関係しているのだろうが、詳しい話は後日と言われたにも関わらず、全く説明を受けないまま俺は今現在この場にいる。
「
「当事者も何も、俺にはオマエが何を言いたいのかサッパリなんだが……」
「すみません、私から話をするよりも、この方から聞いた方が早いかと思いまして」
恐らくは、この職員は既に俺と【魔人】の正体についてをしっかりと把握しているはずだが、にもかかわらず口調が丁寧なのは周囲に人が多いからだろう。
青髪の女と金髪の男が【魔人】のいう
受付嬢と【魔人】による無言の睨み合いがしばらく続く。
「はぁ。分かりました。私たち
折れたのは受付嬢だった。
出来れば話したくない、ということを言外に匂わせつつ、受付嬢は書類整理をしていた手を止めて、あらためて俺たちへと向き直る。
「お察しの通り、当
世界に神の【依代】は十五人しかおらず、【魔人】においては下手をすれば唯一の存在である。
俺たちのように国に対して大きな影響を及ぼしかねない者を、国を守り導く組織としては放っておくことなど到底できないだろう。そのために、規則を曲げてまで特例を作ったというのは十二分に理解できる。
「とはいえ、特例と申し上げました通り、貴方がたは本来であれば開拓者としては資格不十分です。そのため、そんな貴方がたを受け入れることが出来そうな人格の者をこちらで選び、『特例』を理由に大きな諍いが起こってしまう前にその者と
「それがアイツらというワケか」
確かに、異質な存在の俺たち二人が同じ
先日の【魔人】の発言はどうやらこのコトを指していたらしい、が。それだけの話をするために、わざわざ問い詰めるような真似はしないだろう。
事実、受付嬢は話を続けるのを渋っていたが、【魔人】からの無言の圧力を受けて渋々と言った様子で重い口を開ける。
心なしか、空気が緊張感を帯びている気がした。
「以前も申し上げましたが、
俺たちが所属しているこの
「そのため、
前回同様、含みのある受付嬢の発言。
しかし、これまでのモノとは異なる、言葉にはしがたいイヤは雰囲気がその言葉にはあった。
「≪ヘデラ≫からの使者の発言内容には、ただのゴブリン討伐では終わらない危険性――つまりは【
「【魔法】の大半が無効化されてしまう【
開拓者のほとんどは【魔法】を駆使して戦う。魔法師や補助師はいうまでもなく、自身で身体強化の【魔法】を用いるコトが大前提といえる他の役職ですらもソレは例外ではない。
その大前提が崩されるような特殊な状況下でも、変わらず十全の力を発揮できるのが俺と【魔人】だった、というコトらしい。
つまるところ、有益な人材は動かせないから、たまたまいた都合のいい俺たちを体よく利用してやろう、って魂胆だったというワケである。
それで事件を解決できればよし、できなかったとしても、危険性の立証となる上に扱いに困るコマを上手く処分できるかもしれない――といったところだろうか。なんとも不愉快極まりない話だ。
仮に【魔人】がこうして追及していなかった場合、何の説明もなくそのまんまだんまりを決め込んでいたのだから、死者を出した上に瀕死の状態となったヤツがいるコッチとしてはたまったモンじゃない。
「だったら、俺たち二人だけで行かせたら良かったじゃねぇか。アイツらを巻き込む必要はなかっただろ」
思わずついて出たその言葉には、自分でも驚くほどに怒気を孕んでいた。
前もって事情を正直に話してくれれば、俺だって協力はしたはずだ。多分。確証はないが。
非協力であれば圧力でもって無理やり従わせればいいし、
もしソレが出来なかったとしても、やはり前もって危険性についてを説明してくれていたら、それだけでアイツは死なずに済んだかもしれないのだ。
そうすれば俺だって、あの時の光景を毎夜夢に見ては寝つきが悪くなるなんてコトもなかった。
「それでは、フレイシスさんの変わる機会が訪れないではないですか」
「…………は?」
「……」
なんでそこで【魔人】の名前が出てくるんだ。
今しているのは、赤髪の男たちを巻き込む必要性であって、俺や【魔人】についてではない。
「二種の血を引く彼女の
「――ッざけんなよ! テメェは一体どの口でンなコトいってんだ!? そんなくだらねぇコトのために人一人を死なせたってのかッッ!!」
受付台を力任せに殴りつけ、俺は人目も憚らずに怒鳴った。
……人の心を理解していないのはどっちだ。俺からしてみれば、コイツの方が【魔人】よりもよっぽど人外じみている。
「……開拓者が行う全ては自己責任であり、怪我も死も、それらは全て自身の実力不足が招いた結果です。そこに我々
「テメェ――――!」
思わず、目の前の職員の胸倉を掴みにかかる――が。
手を伸ばそうとしたその瞬間に、全身の力が抜けてその場に膝から崩れ落ちてしまう。
「な、にをした……!?」
「やはり神々の加護は伊達じゃあありませんね。
力が入らない。
指先一つすら満足に動かせず、地に伏せた状態のまま職員を睨みつける。
【魔人】は一歩引いた位置で現状を観察しており、見開かれている目は驚愕と強い興味を帯びているように見受けられた。
「忘れましたか。彼女は世界を滅ぼしかねない存在の血を引き、あまつさえその力の一部を保有しているのですよ。【
淡々と話す眼前の職員の言葉が、少しずつ遠のいていく気がした。
…………。
……どうして俺はこんなに必死になっているのだろうか。
「……私だって、【
懸命に身体を動かそうとするのも、致命的なまでに価値観が合わない者を
今現在の俺が何をしても、過去が変わるワケじゃない。完全なる無駄だ。
そう考えたら、もう何もする気が起きなくなってきた。
…………なんだかもう、全ての行いが馬鹿馬鹿しく感じてきた。
「頭は冷えましたか?」
「あ、あぁ……」
ふと、パチンと指を鳴らす音が聞こえた。
さきほどの抗いようのない脱力感が嘘のように、何の違和感もなく正常に身体が動く。
全身をまさぐるようにして触ってみるが、ドコにも異常は見られなかった。
思考も明瞭で、寸前までの無気力さはもうない。
恐らくは職員が何らかの【魔法】――いや、詠唱はなかったから【異能】を俺に行使したのだろう。
職員の言う通り、血が上っていた頭はすっかり平常運転へと戻っている。
「職員への暴力行為は問答無用で
「テメェ、さてはわざとだな?」
一度冷静になった頭で聞いてみると、受付嬢の発言はこちらの怒りを煽るような言葉をわざと選んでいるように感じられた。そんなことをする理由は相変わらず分からないが。
「私たちは必要とあらば、命の取捨選択を行います。人一人の命で数人の命を、数人の命で数十人の命を、数十人の命で数百人の命を救えるのであれば、
」
その見返りが
まぁ、それすらも自身の意志で開拓者という道を選んだ自業自得の結果、というコトなのだろうが。
開拓者の行いは全て自己責任、とはよく言ったモノだ。
「……わかった。納得は絶対にしねぇけど、言いたいことは理解した」
要するに、【魔人】という存在を一刻も早く人側の味方として立ち位置を確立させるためには、今回の出来事が必要不可欠だった。
あの状況下では、赤髪の男だけでなく青髪の女も金髪の男すらも死んではおかしくなかったが、【魔人】が【魔物】側に立った際の想定しうる被害を比べれば、三人程度の命なんて安すぎる代償なのだろう。
さらに付け加えるのなら――
「だったら俺が
「…………」
「俺の【依代】としての価値が必要なら、いくらでも利用してくれていい。ちゃんと事情を説明してくれんなら望みどおりに動いてやるよ。だから、俺の関わる範囲で今回のようなことは二度とするな。二度と俺に悪夢を見せるな」
開拓者という職業に魅力を感じなくなって離れようとしていた俺を――鍛冶神の【権能】の一部を自在に行使できる【依代】を、
仮に三人が死んだとしても、【魔人】にとって強い興味を惹く存在の俺は、【魔人】が全力で守ると睨んでいたんだろう。
……ココまですべてひっくるめて想定通りの流れなのだろうから、まったくもって腹立たしい限りである。
他人の敷いた路を歩かされるのは極めて癪だが、致し方ない。
自分でも、人一人の死がこんなにも俺の情緒を激しく揺さぶるとは思ってもみなかった。
「――分かりました。貴方がたが
「いらねぇよ、ンなモン」
クスリと笑う受付嬢に、吐き捨てるようにして言葉を返す。
「つーかオマエは結局、この話を無理やり暴いて何がしたかったんだよ」
元凶は全て
今回の思惑を既に見抜いていただろうにもかかわらず、わざわざ俺に聞かせるようなマネをしたのは何故なのか。
そう思って疑問を投げかけてみると、フレイシスは至極真剣な顔でこういったのだ。
「だってカイルさん、王都に帰ってきてからというもの、まともに寝られていないじゃないですか」
「え、俺? ソレとコレに何の関係があんだよ」
「言っていたじゃないですか、悪夢を見るんだと。夢の中でアルフレッドさんが何度も何度も死ぬのだと」
…………言ったか? そんなコト。
全くもって記憶にはないが、まぁ事実ではあるので、きっとどこかで口を滑らせたのだろう。
「ですから、アルフレッドさんの死は貴方のせいではないと証明できれば、きっと眠ることが出来るようになるかと思いまして」
「…………」
思わず言葉が詰まる。
視界の隅で、受付嬢が笑っていた。
「カイル・グラウスさん、これから頑張ってくださいね」
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