第11話 思いもよらぬ里帰り3

 アダムのあの節くれ立った指が、私の足の……。アァァァッ!!


 思い出すだけで悶えちゃうよ!

 しかもその前にもお嫁さん抱っこで運んでくれるとか、今世紀一番の接触ではないでしょうか?!


 洞窟を抜け、王宮の裏庭にある隠された洞から出てくると、私はマロンに跨りながら悶えていた。


 もしかして、今日念願の初夜とかいっちゃう?!

 戦う前の昂ぶったアレやコレやをぶつけられちゃったりする?!

 私の部屋、ティアラとスチュワートの部屋の間なんだけど、声とか音とか大丈夫かな?まるっきり防音されてないんだけど、新婚さんだもんね。お察し下さいってことでよろしく!


 ニヘラニヘラして騎乗していると、王宮から先発隊として騎士団達や一般兵達と来ていたイーサンが凄い勢いで飛び出してきた。


「殿下!!」

「イーサン、お疲れー。慌ててどうしたの?」

「案内人の山賊から敵襲にあい、殿下達とはぐれたと聞いて。無事でなにより……」

「心配かけた。ヤンは無事か?」

「ああ。敵を数名捕縛して帰還してる。今は腹ごしらえだとか言って、食堂に根を生やして端から平らげてる最中だ」

「奇襲してきた奴らを捕まえたのか?!あいつらはただの山賊か?それとも……」


 もしニグスキ王国の手の者ならば、挟み打ちの作戦が成り立たなくなってしまうので、新しい作戦を練らないといけなくなる。ドキドキしながらイーサンを見つめて返答を待つ。


「ヤンとやらと敵対している山賊だった。ただし、ヤンがうち等についているって情報をニグスキに売られても困るので、先程騎士団を山に入らせた。残りの山賊を討伐する」

「ちょっと待って!」


 悶えている場合じゃなかった。私はマロンから飛び降りると、アダムとイーサンの間に割って入った。


「彼らには彼らの均衡があるんだよ。勝手に他人が口出したら駄目」


 ヤクザの闘争にマフィアが口出しでくるみたいなもんだよ……って、なんて説明したらいいんだろう。


「しかし、情報を売られたら」

「それは大丈夫。うちが買えばいいの。なんなら、一時的にリズパンの傭兵として山賊達を雇えばいいわ。多分挟み打ちが成功したら、残党はこの山に逃げ込むでしょう。それを捕まえられるのは彼らだけよ。彼らにお金を払えれば味方に、払えなければ敵になる。すっごい単純な話でしょ」

「その話は誰が通す?」


 私が伝手があったのはヤンだけだ。商人達ならば彼らと繋がっているだろうけれど……。


「その話のった。お姫さん、謝礼は案内人の五倍でどうだい。紹介料込みでな。あいつらは三倍。それだけ出せば裏切らねぇよ」


 骨付き肉に齧り付きながら、ヤンが肉汁でテラテラ光る唇でニッと笑いながら王宮から出てきた。


「アーッ!なんでここで食べるかな?!食堂からここまで肉齧りながら来たの?誰が床掃除すると思ってんのよ」

「侍女……じゃないのか?」


 アダムの疑問は正しいです。しかし答えは不正解。


「ヤンさん!お食事は食堂でお願いしますと、……ロッティ?ロッティ!」


 ティアラが雑巾片手に出てきて、私を見て抱きついてきた。相変わらず素敵なおっぱいですね、我が姉なのにこの差はいったい……。


「殿下、シャーロット殿の姉上でティアラ殿です。ティアラ殿、我が国王太子殿下であらせられるアダム殿下です」


 ティアラはアダムをイーサンから紹介され、アダムの顔を見た途端、ポッと頬を染めた。

 二人が並ぶと美男美女で、まさに絵画のようにお似合いだ。うっとりとアダムを見上げるティアラに、優しげな笑みを返すアダム。あれ?こっちがカップルだったかな。


「お初にお目にかかります。キスコチェ王国……いえキスコチェ領主長女ティアラでございます」

「ティアラ嬢、お初にお目にかかる。この度、縁合ってロッティと結婚しましたアダムです。お義姉上とお呼びしても?」

「いやですわ。アダム様は十八とお聞きしました。私よりも一つ年上ですもの。気軽にティアとお呼びください。ヤンさん、自分の汚した床は自分で拭いてね。アダム様、父母が待ちかねております。さぁ、ご案内いたしますわ」


 ティアラはヤンに雑巾を手渡すと、アダムの腕に手を添え、自らエスコートを受ける体勢に持っていく。アダムの腰が多少引けているのは、女性恐怖症が発動しているからだろう。


「あ……ぁ、では」


 アダムは戸惑っているようだが、ティアラに促されて王宮に入って行った。


「おい、あれ、いいのか?」


 ヤンが言われた通りに床を拭きながら、私に向かってニマニマ笑いを浮かべる。


「なにが?」

「おまえの姉ちゃん、完璧に王太子さんに一目惚れじゃねぇか。なんか目がハートになってたぞ」

「あー、あの人無茶苦茶面食いだからね。一目惚れともまたちょっと違うんだけど、まぁ似たようなもんかなぁ」


 夢見がちなのはいいんだけど、ちょっとばかり思い込みで惚れちゃうとこがあるんだよね。前は流れの吟遊詩人に恋の歌を歌われて、感情移入しすぎて聞き終わった時にはその主人公になりきって吟遊詩人に恋しちゃってた。のめりこむと一直線。困ったもんだ。


 ★★★


「ロッティ!」


 今回は大広間に晩餐の準備がされ、私達の到着をいまかいまかと待っていたようだ。


「パパリン、ママリン、ただいま!」


 ママリンがポロポロ涙を浮かべて私をギューギューと抱きしめてきた。いやさ、久しぶりに会えたの嬉しいんだけど、私もアダムもまだ旅装すらといてないのね。埃まみれで、ぶっちゃけ汗臭さマックスよ。温泉で洗ったのは足だけだからね。できれば綺麗サッパリしてから再会したかったな。


「パパリン、ママリン、こちらが私の旦那様になったアダム様ね。王太子殿下だよ」


 パパリンとアダムは握手を交わし挨拶する。


「しかし、後宮に入るという話が、いつのまにか王太子妃とか。意味がわからんよ」

「アハハハ、最初はその予定だったんだよ。ダニエル王と会うまではさ。でも、やっぱり私じゃ勃たないって話しになって、アダム様に急遽バトンタッチされたって訳」

「勃……」


 パパリンは咳ばらいし、ママリンは涙もどこかに両手で顔を覆った。


「まぁ、うん、通常仕様のロッティで安心したよ。で、なんでティアが義弟殿に貼り付いてるんだい」


 貼り付いてるというか、節度ある距離で横にいるだけなんだけど、まぁ確かに立ち位置がおかしいよね。そこ、私の場所だろうし。


「なんか、うん。またティアの悪い癖が出ちゃったのかなぁ」


 アダムのことは心配してないんだよ。だって、ティアラはアダムの苦手なおっぱいの持ち主だしね。見た目だけなら究極にお似合いな二人だけどさ。


「アダム様!やはり長女である私がリズパン王国に参るべきでした。まだ小さいロッティならばリズパン王の目には留まらないだろうと、小細工をした私共がいけなかったんです。可哀想なこの子のかわりに、やはり私がリズパンに参りますわ」


 ティアラに詰め寄られて、アダムの顔が完全に引きつっちゃってるよ。


 ティアラの中では、私はダニエル王に酷い扱いを受けてお払い箱にされ、下げ渡された先のアダムにも蔑ろにされる可哀想な妹なんだろう。そんな可哀想な妹を助ける為に自分がかわりにアダムに嫁ぐことで、美貌の王太子とすったもんだの末に両想いになり幸せに暮らしましたとさ……って感じのラブストーリーが、頭の中できっとパノラマ展開されている筈。そんな妄想の中の恋愛に、どっぷり浸っちゃったんだろうなぁ。我が姉ながら、かなり面倒くさい。


 私はティアラの腕からアダムを引き離して間に割り込んだ。


「ティア、ストップよ。その妄想は百パーセント間違ってるから」

「だってあなた、酷いじゃない。あっちがいらないからこっちにやるとか、ロッティは物じゃないわ!最初にいらないって言うなら、そのまま返してよ。なんで息子の嫁にするの?あっちこっちやられて辛い思いさせるくらいなら、やっぱり私が行くべきだったんだわ」


 ティアラの良いところは、純粋に私を心配するところから始まってるんだよね。そこに乙女チックな妄想が絡んじゃっただけで。


「私、辛い思いしてないよ?」

「でも……」


 ティアラが私の瞳をジッと覗き込む。


「ティアラ嬢、確かにあなたの言う事はもっともかもしれない。でも僕は、ロッティが僕の妻になってくれて本当に良かったと思ってます。全力で彼女を守ると誓います。だから、認めてくれませんか?」


 アダムが頭を下げると、ティアラの瞳にかかっていたピンクの靄がスーっとはれたようだ。さっきまで妄想上の未来の恋愛相手とでも思っていたんだろうが、今は妹の結婚相手としてちゃんとインプットできたらしい。


「ロッティは?ロッティはどうなの?」

「私?……アダム様のことは気に入ってるよ。思ったよりも可愛い人だなって思うし」

「可愛い?」


 アダムの顔がなんとも情けない表情になる。気に入ってると言われて喜んでいいのか、可愛いと言われて憮然とするべきか分からず戸惑っているようだ。

 そんなアダムがやっぱり可愛くて、私は自然とアダムの腕に抱きつき頬擦りした。

 ティアラに腕をとられた時のように腰も引けてないし、引き攣った表情もしていない。ただ、照れたように笑う旦那様は、やっぱり可愛いと思うんだよね。


 その晩、アダムは私の部屋に一緒に泊まったんだけど(夫婦だからね!)、やはり長旅の疲れで秒で寝ちゃったんだよ!

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