第66話 魔王様、お怒りです


「何があったっ!?」


 慌てて駆けつけると、そこには床に尻もちをついて倒れているリディカ姫の姿があった。彼女の前にはずらりと武装した男たちが並んでいる。



「あ、勇者様……」

「リディカ姫。大丈夫か? ……ホウジさん、こんな夜にどうしたんだ。そんな武器まで持って」


 武器を構えているのは、先ほどまで一緒にいたホウジさんたちだった。誰も彼もがギラギラとした瞳で、俺とリディカ姫を睨んでいる。


「俺たちは気付いたんだよ」

「……気付いた? 何をだ」


 ホウジさんが発した言葉に、俺は思わず聞き返した。


「こんな不平等な生活は間違っている。それを俺たちは正しに来たんだ」


 不平等? 間違っている?

 それは俺たちに対して言っているのか?


 一緒に同じテーブルで飯を食べた仲じゃないか。

 それなのに、いったいどうしてこんなことを……。


 疑問が次から次へと湧いてくる。

 そんな中……この雰囲気に似つかわしくないのんきな声が聞こえた。



「あ、お兄ちゃんー! みんなどうしたのー?」

「こっちに来るなピィ!」

「え?」

「他の二人を連れて、安全な所へ逃げろ!」


 パタパタとこちらに駆け寄って来たのは、先ほど相談に乗ってくれた鳥獣人の少女、ピィであった。彼女は俺の言葉を聞いて、困惑の表情を浮かべている。


「で、でもお兄ちゃんは……」

「いいから早く!」


 姫様を庇いながら、俺はピィに怒鳴った。まだ幼い彼女たちにまで危険が及ぶことは、絶対に避けなければならない。



「ホウジさん。これは冗談じゃ済まされないぞ……」

「んなこたぁ、分かってる。だがな、もうウンザリなんだよ。こんな貧乏な暮らしをいつまでも続けるのはよ!」


 彼はそう叫んでから、ギラついた目で俺を睨み付ける。


「やっぱりアンタたちは盗賊だったか」

「ふん、気付くまで随分と遅かったな。……だがまぁ、メシの恩もある。黙って村から去ってくれれば、危害は加えねぇよ」


 俺はチラリとリディカ姫の方へと視線を送る。彼女は不安そうな顔で俺を見上げていた。


「心配すんな。この村はオラたちが管理してやる。ははは、アンタらよりも良い村にしてやるさ!」


 するとそこへ別の男たちが声を上げる。


「なぁ、ホウジ。姫さんだけでも村に残せねぇだか?」

「こんなベッピンさん、逃すなんて勿体ねぇだよ!」


 けなげにも彼らを信じようとしていたリディカ姫は、無情の裏切りに思わず涙を滲ませる。



「みなさん、どうしてこんなことを……せっかく打ち解けられたのに、どうしてなんですかっ!」


 彼女はホウジさんたちを見上げながらそう叫んだが、彼らはそんな姫様を鼻で笑った。


「ハッ! あんなくだらない仲良しゴッコの演技に騙されるなんてな!」

「やっぱり姫様ってのは、頭ん中がお花畑だな!」

「なっ……!」


 そんな彼らの態度に、リディカ姫は呆然としてしまう。


 俺はそんな彼らとリディカ姫の間に割って入った。さすがにこれ以上は黙って見過ごせない。



「んだぁ? 怪我したくなきゃ、引っ込んでな兄さん」

「多勢に無勢って言葉は知ってっか? ククク」


 完全に悪役の台詞を吐いてんなぁ……まったく、“恐怖の大魔王様”もビックリのクズっぷりだぜ。


「姫様は、アンタらを信じたいって言ってたんだ」

「なっ……やる気か!?」


 俺は剣を抜いてホウジさんたちに切っ先を向ける。


「なのに何故だ? どうして姫さんの優しさを踏みにじるマネをするんだ」


 いやまぁ、俺は怪しいって言っていたけどさ。

 それでもリディカ姫は、本当に彼らのことを思いやっていた。その心遣いを無下にされたのが、俺は許せない。



「優しいだと? 笑わせるでねぇ」

「んだ。俺たちは騙されねぇぞ!」

「そんな優しさだけじゃ、この世は生きていけねぇんだよ!」


「……なるほどな」


 どうやら彼らは、リディカ姫の優しさすら受け入れがたいらしい。


 確かに純粋な善意は、時に人を傷つけてしまうこともある。でも……それでも彼女は人を思って行動したんだ。その優しさを否定する権利など、誰にも無い!



「悪いが、村から出て行ってもらうのはお前たちの方だ」


 俺は剣の切っ先をホウジさんたちに向けながら、そう宣言した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る