第54話 魔王様、交渉です


 それから数日後、食堂の準備が進められていた。


 場所は絶賛建築中のプルア温泉宿の一角だ。

 大工のゲンさんたちや四天王のクリムも、食堂の建設に参加してくれている。この村で食事を食べられるとかなり張り切っていて、内装もなかなかに良い感じに仕上がりそうだ。


 店主予定のフシに加え、クーやピィたちも一生懸命に手伝いをしている。そんな皆の頑張りもあってか、建物は急ピッチで完成しつつある。



「フシが始める食堂は“フシの猫鍋亭ねこなべてい”に決定なのニャ!」


 食堂で朝食の豚饅頭(朝採れ)を皆で囲んでいると、起立したフシが声高に宣言した。



「なんだか居酒屋みたいな名前ですね……」


「リディカ姉の言う通り、お酒の飲める居酒屋にしたいのニャ!」


「おいおい、フシは未成年だろ? 酒なんて飲めないじゃないか」


「飲めなくても良いのニャ! お酒を呑むお客さんが、フシの料理を美味しそうに食べている姿が見たいのニャ!」


 いや、別に提供するだけなら別に構わないのだが、肝心のお酒が無いのだ。

 人族の街ティリングや魔族のナバーナ村も含め、美味しい酒を売っているところが辺境に無い。



「王都の方に行けばあるんだろうけど、輸送コストを考えたら無理だ。村で出すなら果実ジュースが限界だな」

「じゃあ、それもメニューに入れるのニャ!」

「落ち着けフシ。まずは飲食店を経営できるようになってからだ」


 そう言うと残念そうな顔をする妹だが、こればかりは仕方ないだろう。


 それに猫鍋亭を始めるにあたって、他にやるべきことがある。


「まずは仕入れルートの確保だ。まぁアテがあるから、これからちょっと行ってくるよ」



 ◇


「というわけで、野菜を仕入れる方法を教えてほしいんだ」



 朝食を済ませた俺は、隣街のティリングへ。

 訪れたのは、野菜や種のことでちょくちょくお世話になっている、野菜専門店“マルシェ・ド・ソレイユ”だ。


 簡単に事情を話してから、店主のサムアッさんに相談を持ちかけた。



「食事処ですか? それなら是非ウチの野菜を使ってください! ストラゼスさんなら、格安でご提供しますよ」


 小柄な彼女は小さくガッツポーズをしながら、こちらを見上げてきた。



「いやいや、それはさすがに悪いですってサムアさん」


「サムア“ッ”ですよ、サムアじゃありません! そこがキュートな部分なので、ちゃんとアクセント付けてくださいよぅ」


「は、はぁ……サムアッさん」


「はいっ♪」


 笑顔でサムズアップするサムアさんの背後に、ハートのエフェクトが見える気がする。


 うーん、人族の名前の発音は微妙に難しいな。魔族の言葉とはまた違った、よく分からない表現が多い。



 「まぁ、冗談はこれくらいにして」と話を戻すサムアさんは、野菜を仕入れるルートについて教えてくれた。


「ティリングの街には、それなりに大きな農業組合があるんですよ。だけど大半がこの街のお店が商売相手なので……もし大口の取引きなら、そこがオススメなんですけれど。村の食堂ぐらいの規模ならば、おそらくウチの方が取引きしやすいと思います」


 なんでもこのティリングの農業組合には、領内から多くの野菜が送られて来るらしい。


 品数の多さと大量に仕入れられるのは大きいが、たしかにそこまでは要らないよなぁ。


「でもストラゼスさんもご存知の通り、ウチのお店も野菜の種類と新鮮さでは負けませんからね! だからウチの店と契約しましょうよ!」


 サムアッさんの自信に満ちた言葉と、彼女の人柄の良さから察するに、本当に善意で言ってくれているんだろう。


 やっぱり、この店に来たのは正解だったみたいだ。


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