第52話 魔王様、妹のピンチです


「ひっ!?」


 どこからか女の子の声が聞こえたかと思うと、目の前にフシの姿があった。


 同時に視界の端から、巨大な蜘蛛の脚が死神の鎌のように彼女へと迫っていた。


「俺の大事な妹に手ぇ出そうなんて、良い度胸だなお前」


 俺は右手に魔力をまとい、軽く一閃する。それだけで蜘蛛の脚は両断されて吹き飛んだ。



「え、えっ!? ストラ兄!? どうしてここにいるのニャ!?」


 フシが俺と、目の前の巨大な魔物を交互に見ながら驚いている。そして彼女はようやく、俺が転移してきたのだと理解したらしい。


「お前な、勝手にいなくなって……どれだけ心配したか」


 俺は大きく溜め息を吐きながら、ジト目で妹を睨み付ける。「……ごめんなさい」と呟くように答えた彼女の目は、すでに赤く腫れていた。



「さて、と……」


 俺は振り返り、巨大な蜘蛛を見上げる。


「俺の家族に手を出したんだ。ただで帰れるなんて思うなよ?」


 魔王のオーラを全開にして、俺は魔物へと殺意を向けた。




「フシっ、このバカ! なんで勝手にひとりで森の中に入ったんだ。危ないじゃないか!」


 蜘蛛を倒したあと。森の入り口まで戻ってきた俺たちは、並んで村へ向かって歩いていた。俺は歩きながらフシを叱っていたのだが、彼女はすっかり落ち込みしょんぼりしていた。


「ご、ごめんなのニャ」

「ごめんじゃないだろ! もうどれだけ心配したと思ってんだ!」


 俺が怒鳴るとフシはビクッと震えたあと、俺から離れてうつむいてしまう。


「だって……フシはもう、いらない子だから邪魔にされるのニャ」

「そんなわけないだろ? お前がいてくれなければ、皆は寂しがるぞ」

「でも、ピィやクーにはストラ兄がいるのニャ! もうフシは二人のお姉ちゃんじゃないのニャ!」


 そう言って、フシは大粒の涙を流し始めた。


「ごめんなのニャ……クーやピィを独り占めしたかったわけじゃないのニャ。ただ、みんなと一緒にいたかっただけなのニャ」

「……」


 俺はそっと猫耳の生えた頭を抱き寄せた。フシは驚いたような反応をしていたが、抵抗することなく俺の胸の中で泣き続ける。


「フシ、お前はよく働いてくれるし、家族の中でもしっかり者の部類に入る。けどな、ひとりでなんでも抱え込むのは止めてくれないか?」

「うう……」


 俺は腕の中の妹を安心させるように頭を撫でながら、言葉を続ける。


「確かにお前とクーたちは血が繋がっていないけれど、そんなの関係ないんだよ。俺たちはみんな、大事な家族だ」

「……でもフシは妹たちを守る以外に、生きる意味が見つからないのニャ。ねぇ、ストラ兄。フシはこれからどうすればいいのニャ?」


 これまで溜め込んでいたモノが決壊したかのように、彼女は泣き続けた。


 無理もないか。フシだってまだ幼い女の子だ。この小さな身体に、いろいろなものを背負い込み過ぎていた。



「別に無理して変わる必要は無いさ」


 俺はそう言ってフシを抱きしめる力を強めた。


「お前はもう十分に家族を守ってくれているよ。だから今度は俺がお前を守らせてくれ」

「……でも、こんな出来損ないでいいのかニャ……?」


 涙で濡れた瞳で、上目遣いに俺を見上げる猫耳少女の頭を撫でながら言う。


「お前が自分をどう思っていようが関係ないさ。お前は俺の自慢の妹だ」

「でも、でも……フシは一人じゃなにもできない……」


 まるで年相応の子供に戻ったかのように泣きじゃくる妹。その頭を、俺は優しく撫で続けた。



 ――その後。村へ戻ってきた俺たちを出迎えたのは、安堵の大歓声だった。どうやらフシの行方を心配して集まっていたらしい。


 「フシちゃん!」「良かった……」と、戻ってきた彼女を家族たちが囲んでいる。心配かけやがって、まったく。でも、無事に見つかって本当によかった。


 「ストラ兄もありがとうニャ」と、俺に軽く手を振ってから、フシはその場を立ち去ろうとしたのだが――。



「なぁ、フシ……お前、プアル村の食堂を経営してみないか?」

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