第51話 魔王様、お怒りです


 ――フシが居なくなっただって!?


「(どういうことだミラ様? 詳しく説明してくれ)」


 俺は頭の中に響く守護聖獣の声に、耳を傾ける。



『(今朝、おぬしが王城に向かったあと。フシが急に怒りだして、村を出ていってしまったンゴ……それでみんなが慌てて探しに出たんだけど、どこにも見当たらなくて……)』

「(なるほどな)」


 どうやら俺が知らないうちに、なにか一悶着ひともんちゃくあったらしい。


 フシも他の獣人娘たちと同様、過去に傷のある子たちだから、気を使ってきたつもりだったんだが……。しかし村を飛び出したって、いったいどこへ行ったんだ?



「……すみません、陛下。急用ができましたので、私はこの場を辞させていただきたく」

「は? な、何を言うておる。まだ交渉の途中だったではないか!」

「えぇ。ですから先ほどお話した援助の件は、無かったことに」


 王様が困惑した様子で俺を見ている。まぁ、そりゃそうだろう。支援をもぎ取るために、必死になって喰い付いていたのに、あっさり手のひらを返したんだから。


 だがそれに、待ったをかけた人物が居た。



「貴様、いくら勇者といえど不敬であるぞ。陛下の前で、そのような我が儘な振る舞い。断じて許すことはできぬ!」


 これまでひたすら怒りを耐えていた騎士団長が、ついにキレた。

 他の騎士たちも「勇者様とはいえ、これは聞き捨てならないです!」と、怒り心頭といった様子だ。



「……陛下。この愚か者を貴族にしたのは、やはり間違いだったのです!」

「何か不測の事態があったのか。いやしかし、それをどうやって勇者は知ったのだ……?」


 憤慨する騎士団長を無視して、王様は俺へ向き直る。


「おぬしは本当に、援助は要らぬと申すのだな?」

「はい。その必要はありません。ですので、一刻も早くこの場を後にすることをお許しください」


 俺はきっぱりと言い切った。



「ぐぬぬ……勇者、陛下を愚弄する気か!」


 俺たちの会話に入れず、放置された騎士団長がヒートアップする。王様が「落ち着け」といさめるも、彼は納得していない様子だ。


「許せぬ。こうなったら、この俺が貴様に果し合いを挑み、直々に成敗を――」

「――あまり吠えるな、飼い犬の分際で」

「ひっ!?」


 イラっとしたので、普段は隠している魔王のオーラを開放して脅してやった。他の騎士たちは泡を噴いて気絶し、バタバタとその場に崩れ落ちていく。


「家族のひとりすらも守れない男が、村や領を守りたいだなんて。そんなのおこがましいだろ」


 俺が言えるのはそれだけだ。もう時間が惜しい。


 こうなったら思惑の絡んだ支援なんて要らねぇ、あとで俺がどうとでもしてやる。ウダウダして大事な家族を失ってたまるかよ。フシの代わりなんて、どこにもいなんだからな――。



「もうよい。勇者がそう言うのであれば、そうなのであろう」


 王様は、腰を抜かしてへたり込んでいた騎士団長を一瞥いちべつしてから、短く溜め息をついた。


「では、今すぐに領へ戻るがよい。勇者よ」

「ありがとうございます」


 もう用はないと言わんばかりにまぶたを閉じた王様へと、俺は深々と頭を下げた。


 そしてきびすを返そうとしたのだが――。



『(待ってほしいンゴ!)』

「(なんだよ、ミラ様。俺は急いでいるんだ)」

『(クーたちが、フシの匂いは森の方に続いていると言っているンゴ!)』


 そうか、皆も心配だよな。教えてくれてありがとう。


「――転移魔法、発動」

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