第29話 魔王様、ヒヤヒヤする


「俺がここに来たのは、貴様は全くの無関係……というワケではないのだがな」


 そう前置きをしてから、火の四天王クリムはデカイ手で器用にティーカップを摘まんで紅茶をすすった。



「貴様も先ほど言った通り、人族が魔王陛下の死に乗じて魔族領へ攻め込んでくる……そのことを懸念していたのだ」


 なるほど、と俺は彼の言葉に理解を示す。

 さすがは四天王の頭脳担当だ。ながらく魔王の元で軍を指揮してきただけあって、人族がどんな考えで行動するか予想していたようだ。


 俺が不甲斐ないせいで、自分は魔族領から離れてしまったが……今も立派に職務を果たし続けている部下を見て、俺はとても誇らしく思う。



「そこで俺は、国境の警備をあらためて確認しておこうと思ったわけだ」

「事実上の魔王軍トップであるクリフ様が、直々にか?」

「ふっ。勇者である貴様に持ち上げられると、なんだか背中が痒くなるな。だが、その通りだ」


 はぁ~、まったく。

 思わず笑ってしまうくらいの真面目さだ。


 責任ある仕事を部下に任せられるのは、優秀な上司の証だとはよく言うけどさ。そこを敢えて曲げてまで自分が出向いたのは、おそらく視察とは別の目的がある。



「警備が一番の理由だろうが……本当は民がどんな生活をしているか、そこが心配だったんだろ?」


 魔王が死んだことで、民は相当不安に思ったはずだ。

 だからそこへ四天王のクリムが顔を出すことで、民の心を安心させる。特に辺境は情勢が不安定だしな。


 あとコレは元魔王である俺だけが知っているのだが――実はこの男、ナバーナの村にある孤児院を経営しているのだ。

 子供たちが危険な目に遭わないか、気が気じゃなかったんだと思う。



「まさか、貴様に心の内を当てられるとはな」

「それはお互い様だろ?」

「は、どうだかな」


 クリムがニヤリと笑って紅茶を口に運ぶ。

 顔はイカツイ癖に、本当にやさしい奴だよ、コイツは。


 俺も紅茶を口に運ぶ。うん、美味しい。



 そんな空気が和んだ会話をしているうちに、やがてお茶や菓子が尽きた。

 さて、元気な部下も確認できたことだし。そろそろ解散するか。


「じゃあ、俺はそろそろ帰るとするよ。ごちそうさま。お茶、美味しかった」

「……待て」


 そう言ってクリムが立ち上がる俺に声をかける。

 なんだ? と思ったその瞬間。危険を感じ取った俺は後方へ飛びずさった。


 僅かに遅れて、俺が居た場所をボウッと黒い炎が襲う。



「俺たちは争う必要がない……って言っていなかったか?」


 襲ってきた犯人を睨みつけながら、俺は剣を構えた。


「四天王としての立場ではな。だが、どうしたものか――貴様の顔を見ていると、個人的な怒りがマグマのように沸々とわいてくるのだよ。それに……」


 クリムがそう言った瞬間、俺の足下から別の黒い炎が噴き出した。


「くっ!」


 跳躍して避けると、すぐに地面へと着地する。


 野郎、淡々とした口調で喋りながら容赦なく殺しにかかってきやがる。



「貴様は女子供でも容赦なく殺すと聞いている。俺も大事な子供を預かっているのでな、不安要素は排除しておきたい」

「……そんなことはしない、っつっても信じてもらなさそうだな」

「無論だ」


 クリムが短くそう言うと、周囲の木々からさらに十個の黒い炎が生まれる。


 おいおい、まだ増えるのかよ!



「悪いが死んでもらおう――地獄の弾丸ヘルブレット


 詠唱をトリガーに、十個の炎弾が一斉に俺に向かって飛んできた。

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