第26話 魔王様、任命です


 ――マズい。

 このポンコツ聖獣、俺の正体(魔王)に気付きやがった!?


「そ、それは……」

『あー、よいよい。我は魔力の嗅ぎ分けができるゆえに、中身が魔族だとすぐに分かったのじゃ。そしてそこまで高等な魔法を扱えるのは、魔王しかおらん』


 くっ、コイツ……!?

 もふもふな兎のくせに、ドヤ顔でペラペラと語りやがって!



『口外はせぬから安心せい。おぬしは人の子には無害な存在のようじゃしな。おぬしが勇者であれ、魔王であれ。平和を乱さねば、何者でもかまわぬ』

「も、もちろんだ。俺は人族を侵略する気なんて無いからな」


 いや、ホントにマジで。

 俺の目的はあくまで、自分の領地で平和にスローライフをしたいだけだからな!?


『うむ……ならば我も安心してこの地に根を下ろせそうじゃ! ぎゅもももっ!』


 秘密のコソコソ話が終わると、守護聖獣は温泉に浸かったまま変な笑い声を上げた。


「え? 根を下ろすってなに?」


 彼(彼女?)の言葉に俺が首をかしげると、後ろでリディカ姫が「それは……」と呟いた。


「聖獣様はこの土地に宿る魔力を使って顕現している……つまり、この地から離れることができないということですか?」

『さすがは人の子だ。その通りだ』


 え? それってもしかして……。

 俺の嫌な予感を肯定するように、守護聖獣様は高らかに宣言した。


『我はこの地に封印されし悪しき神――邪神を再び封じ込めるまで、プルア村に棲んでやろう!』


 マジか。魔王(中身は俺)といい、邪神様といい……この村に集まるのは厄介ごとばかりじゃないか。


 リディカ姫は俺の隣で「まぁ!」と感嘆の声を上げているし、聖獣様は温泉に浸かったまま、もふもふな手を器用に使ってガッツポーズをしている。そんな嬉しそうな姿を見ると、俺も今更『出ていけ』なんて言えないしなぁ。



『さて、そうと決まれば色々と準備が必要じゃ! 我が騎士よ、この地を案内するがよい!!』


「え、俺? 騎士ってなに?」


『うむ、我の手足となる守護騎士として任命しようぞ! 誇りに思うがよい! ぎゅもももっ!』


「まぁ! なんて素晴らしいのでしょう。良かったですね、ストラゼス様!」


 そんな簡単に騎士に任命するなよ。

 それに何だよ、その魔王とか勇者よりランクが低そうな称号は!? リディカ姫までノリノリだし……。



「わ、わかった……。とりあえず案内をするから、その変な笑い声は止めてくれ」

『うむ? ぎゅも?』


 俺はため息をひとつ吐いてから、ゆっくりと歩き出した。




『ふぃぃ~、やっぱりプルア温泉が一番落ち着くンゴねぇ~』



 守護聖獣を連れて、俺とリディカ姫は村をひと通り見て回った。雑草の生えた畑や人気ひとけのない領主の館、荒れ果てた村の家屋たち。


 およそ人の住む村とは言えない現状に、守護聖獣は終始つまらなさそうにしていた。


 というわけで、プルア村の案内は僅か十分ほどで終わってしまった。


 聖獣はどこかに帰るのかと思いきや、温泉の中へと入っていく。それはまるで落ち着く自分の部屋に帰るかのように、あまりにも自然な流れだった。



『そうじゃ、我が騎士よ』

「はいはい、なんでござんしょ?」

『我はいつでも好きな時にこの温泉に浸かりたいンゴ。だからここに我の家を作ることを許そう」

「はは~、つつしんで承りま……は? ここに家?」


 そんな欲望丸出しな発言を、この神聖な守護聖獣が言い放つのか!? いやまぁ別に良いけどさ……なんか締まらないというか、せっかくの神々しさも半減するというか。

 だが何にせよ、俺たちがやる事は増えたらしい。


 何だかこの態度を見ていると、守護とか神の啓示とか全部嘘っぱちで、実は温泉に入りに来たとしか思えないのだが?


 そんな俺の心の声を感知したのか、聖獣様はコホンと咳払いをしてから俺の方に向いた。


『ん~、なんだかよこしまな存在の気配を感じるンゴねぇ~?』

「お、おい聖獣……それは」

「我の心が乱されて、大事な秘密をついポロっと言わないか不安ゴねぇ~。あぁ~、温泉があれば、我も心穏やかに暮らせるのになぁ~?』


 こ、このクソ白玉兎~!!

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