第8話 魔王様、おかわりです


「ふむ、こんなものか」


 鍋の中身をお玉で軽くかき混ぜる。

 そこに調味料を入れて味を整えて……完成だ! もう良い香りが漂ってきたし、そろそろあいつらを呼んでもいいだろう。


 よしっと小さく頷いてから後ろを振り返ると――そこには目を輝かせた三人の獣人娘たちがいた。



「にゃにゃにゃー! すっごくいい香りだニャ! もう食べてもいいかニャー!?」

「フシ、がっつくのはダメなのです! まずみんなで分けてから食べるです!」

「おじさん、虫入ってるー?」


 爪を伸ばした手で俺の背中にしがみ付きながら、鍋の中を覗き込むフシ。

 そんな彼女を叱るクーも、口からダラダラとよだれらしている。


 だがまぁ、気持ちは分かるぞ?

 俺も腹が減った時に料理を目の前にしたら、我慢できないしな。



「今から取り分けるから、もう少し大人しく待っててくれ……あとピィ。虫は入れないって言っただろ?」


 鍋を火からおろし、残っていた食器棚から拝借したスープ皿によそっていく。


 今回は具沢山のスープにしてみた。

 肉と魚を混ぜた特製肉団子はフシとクーのリクエストだ。


 空腹時にガッツリ糖分を入れてしまうと、逆に体調を崩すって聞いたことがある。品数は少ないが、これぐらいの方が良いだろう。



 そんな説明をすると、子供三人は目を輝かせて喜んだ。


 だがすぐには手を付けず、俺の様子を窺っているようだった。

 恐らく、俺たちのことを完全には信用していないのだろう。過去に大人に騙され、痛い目にあったのかもしれない。


 そんな子供たちに対し、リディカ姫が隣から声をかける。



「では私が先に頂きますから、見ていてくださいね」

「いいのか? 姫様が毒見なんて……」

「ふふっ、もちろんです。では、いただきます――うん、美味しい!」


 リディカ姫の反応を見て安心したのか、三人娘は互いに顔を見合わせてからコクンと頷いた。


「いただきまーす!」

「なのです!」

「食べる!」

「おう、熱いからちゃんと冷まして食べるんだぞ?」


 俺の言葉はまるで聞いていないのか、スプーンを握りしめた三人はガツガツと一斉に食べ始めた。

 そしてひと口食べるなり、三人とも大粒の涙をボロボロとこぼし始めた。



「うまいニャー!」

「おいしいですっ! こんなの、はじめてなのですっ!!」

「あったかい……」


 そんな三人の様子に、リディカ姫が嬉しそうに微笑む。



「リディカ姫も手伝ってくれたからな、三人とも彼女に感謝しろよ?」


 三人からお礼を言われながら「いえっそんな!」と謙遜けんそんする彼女を、俺は手で制した。


「そんなことはないさ。姫さんがいなければ、もっと時間がかかったはずだし。覚えが良いよ」

「そ、そうですか!? ふふ、勇者様にそう言って頂けると嬉しいです」


 頬を朱色に染めながら、照れたように下を向くリディカ姫様。


 いや姫さんはちゃんと役に立ってたよ?

 ……でも、あんまり褒めすぎるとまた怒られそうだ。



「おかわりなのニャー!」

「なのですっ! お野菜もお肉もいっぱい食べたいのです!!」

「はわわっ、ピィもなのー」


 そう言って三人は鍋の元へ駆けていく。

 すっかり彼女たちの警戒心は解けてしまったようだ。でもそれはきっと、リディカ姫の人徳によるものだと思う。


「ふふ、子供たちも喜んでいますね」


 そんな三人の様子を嬉しそうに眺めながら、リディカ姫は俺に笑顔を向けた。



「さて、俺も食うかな!」


 三人の食いっぷりに触発されてか、腹の虫が騒ぎだしたようだ。


 自分の分を取り分けようと、調理台に向かうと――そこには、すっからかんになった鍋だけが置いてあった。


 いやいやいや、待って?

 あったよね、大量に?

 明日の朝も食べる予定で作ったはずなんですけど?



「お、おいコレって……」


 これ全部この娘たちが食べたのか!?


 そんな唖然としている俺に向かって、猫耳の少女フシが元気に右手を上げる。


「お腹いっぱいニャ! もう食べられないのニャー!」


 そう宣言するやいなや、床にごろんと横になってしまった。

 クーも同じく苦しそうにしながら床で丸まっているし、ピィに至っては机に突っ伏してピクリともしない。


「すみません、私もついおかわりを……あの、私の残りで良かったら……」


 そんなリディカ姫の声を聞きながら、俺は鍋の中に残されていた肉団子の欠片を一つ摘まみ上げる。


「は、はは。俺は保存食の干し肉でもかじればいいか……」


 そう自分に言い聞かせて自分を納得させると、俺は大きなため息をついた。



 ◇


「なぁ、お前たちはこれからどうすんだ?」


 予定外の質素な食事を終えた俺は、フシの尻尾を毛並みに沿って撫でながら質問をする。


 三人娘はというと、床に寝そべったり丸まったりしながらくつろいでいた。


 いくら空腹が満たされて安心したとはいえ、警戒心ゼロすぎだろ……。そんな俺の心配をよそに、フシが眠そうな目をこすりながら口を開いた。



「んにゃあ?  フシたちはストラ兄の子分になるってもう決めたニャ」


 え、どゆこと!?


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