吸血鬼のバラード

Hiroe.

第1話 血の活用法のハッケン

 別に、生まれつき吸血鬼だったわけじゃない。親がニンゲンなら四人いる姉もニンゲン、当然俺もニンゲンとして生まれた。経済的にも軍事的にも勢いのある若い国家で、いたって健康健全に産声をあげた。中肉中背、大きな病気になることもなく、現在進行形で順調に育っている。

俺が三歳のころ、母親が家を出ていった。父親は自営業でそれなりに頑張っていたが、家族七人で暮らすにはあの家は小さ過ぎたんだと思う。それから現在に至るまで、俺は海を超えてあっちの国とこっちの国を行ったり来たりしながら小学校中学校と過ごした。完璧に親の都合である。三歳の俺には当然リコンだ何だの難しいことはわからなかったし、正直今でもあまりわからない。ただ、結婚とかコクサイジョウヤクとか、制度というのは何かにつけ面倒くさいものなんだということはわかった。父親も母親も生活のことで精一杯な状態だったし、それぞれの苦労があった(今もある)ことも今ならまぁわかる。そんなワケで、実際のところ、俺はほとんど姉ちゃん'sに育ててもらったようなものだ。姉ちゃん’sありがとう。


 で、あれは俺が六歳か七歳くらいの冬のこと。俺は近所の浜辺を散歩していた。観光地としてそこそこ有名な地域だったから、シーズンになると色とりどりのパラソルで賑わうビーチだけど、寒い季節は閑散としている。その日は特に寒かった記憶がある。白く打ち寄せる波も冷たくて、裸足で歩く俺の体は冷え切っていた。

「痛ッ」

足の裏にピリッとした痛みが走る。足元見ると、欠けた貝がらを踏んでしまったらしい。いや、俺が踏んだから欠けたのか? 片足立ちになって多少無理矢理足の裏を見ると、ほんの小さな切り傷から、ぷくりと玉の血が滲んでいる。

「あーあ…。地味に痛いヤツだ」

ポツリと呟いて、犯人ならぬ犯貝がらを拾い上げた。淡いピンクの二枚貝。ほぼ真二つに別れたそれは、波と砂に磨かれてスベスベしている。

「キレイだな」

なんとなく、二枚を併せて元の形にしてみる。けれど当然くっついて元通りになるはずもない。せっかくキレイなのに、もったいない。

「のり…、は、ないか」

学校で使う文房具セットは当然ロッカーの中だし、海岸にとめてある自転車のカゴにはペットボトルのコーラしか入っていない。家に持って帰って姉ちゃんに聞いてみよう、とポケットに貝がらをしまおうとしたとき、ふと思いついたんだ。



血でくっつけることはできないか?



 もう一度片足立ちになって足の裏の砂を払う。傷口を少し絞るようにすると、またぷくりと赤い液体が滲み出た。

 人差し指で、その玉をすくう。

 砂混じりのそれは、体内にあるときよりも少し色が濃いのかもしれない。

 欠けた貝がらの断面を指でなぞって血を乗せる。

 ピタリと重なるようにして、そこに片割れを押し付けた。

 そうしてそっと手を放す。




ーーーーーーーーーーーありがとう。




「え?」




なんと、貝がらは見事にくっついた。

継ぎ目もなくスベスベと、俺の手の上で礼を述べた。


 六歳か七歳の俺は、相変わらず足の裏がピリピリと痛むのも忘れ、そのままポケットに貝がらを入れて持って帰った。

 家に帰ってから、俺はひとりで浜辺に出たことを姉ちゃん'sにこっぴどく叱られた。戦時中ではないとは言え治安が良いとは言えない世の中だし、子どもがひとりで出歩くことは国の偉い人が禁止しているのだ。あと、イクジホウキなるギャクタイのウタガイとかね。いつの世も子どもは貴重な宝物らしいから。もちろん、そんなことは当時の俺が知るはずもないけれど。

 その日の夜。部屋の明かりを消して寝たフリをした俺は、浜辺から連れて帰ってきた貝がらに名前をつけた。淡いピンクの色にちなんで、さくら。実際にさくらの樹を見たことはないけれど、俺の第二の故郷の春を彩る花の名前。



「さくら」


ーーーーーーなぁに?


「さっきは踏んじゃってごめんね」


ーーーーーーいいのよ、治してくれたじゃない。


「でも、どうして君が治ったのかわからないよ。血なんかでくっつくワケがないのに」


ーーーーーーなぁぜなぁぜ? エネルギーの回復には、血がいちばん効くじゃない。



そういうものなのか、と素直に納得した純真な俺は、そのまま速やかに眠りについた。あのころの俺はピュアだった。

 ともあれ、そういうワケで、俺は俺の血の活用法を知った。回復魔法ゲット!みたいな感じで、単純に嬉しかった。健康健全なニンゲンの俺にとって、血の一滴や二滴なんて問題じゃないし、あの切り傷も翌日には塞がった。それに何より、キレイなさくらにありがとう、と言われたこと。俺も捨てたモンじゃないなと、幼心に感じていた。

 

俺の血は回復魔法である。

 

 安直に導き出した結論は、ヒーローに憧れる男の子にとって、非常に強力なセルフ・エスティームになった。

 だから、俺は決めたのだ。

 俺の血を必要とする人がいたら、惜しみなく分け与えようと。

 いっぺんに大量に与えることはできないが、少しずつなら、何度でも。

 回復させたい、してほしいものはこの世界にゴマンとあるのだ。


 そしてその日から、俺は俺の血を有効に使うようになった。



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吸血鬼のバラード Hiroe. @utautubasa

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