「マスカラまつげ」を小説化してみる。

 さて、いきなりですが、お持ちのスマホの音楽アプリか動画サイトを起動してください。そして、ドリームズカムトゥルーの「マスカラまつげ」を聴いてみてください。


 お聴きになりましたか?

 どんな感想をお持ちでしょうか。失恋ソングですね。僕は発売当時、この曲を聴いたとき、びっくりしました。コマーシャルに使われていたのかな。

 ここで歌詞を引用したいところですが、多分いろいろうるさいのでできません。

 冒頭からいきなりクライマックスです。なにせ、主人公は泣いている。「涙はマスカラのせいでグレイ」。すっかり目周りが黒くてパンダ顔になってしまった。朝から彼に会うのに一生懸命メイクをしたっていうのに、なんでこんなことになってしまったのだろう?

 そう、どうやら別れ話を持ち出されたみたいです。

 散文にしたら、こうなるのでしょう。(下手くそでごめんなさい)


 グレイの涙が流れ落ちてしまい、白いシャツを汚した。テーブルの向こうにいるあなたに、最後に見せた顔がこんなパンダ顔だなんて、ありえない。朝のわたしは、こんなことが起きるなんて思いもしなかった。

 ただ、一番きれいなわたしであなたの横にいたい、そんな夢すらも、叶わなかった。


 うーん。我ながらちょっとくさく書きすぎました。やはり即興だとへたくそだなあ。みなさんだったらどう書きますか?

 さて、もちろんドリカムなのでこの曲はヒットしたわけですが、作曲的な部分はひとまず置いておいて、まず第一に、「失恋」というだいたいの人が経験することを扱っています。そして、僕が思わず散文にしてしまったくらいに歌詞が素晴らしい。ほんの少しの言葉で、別れ話が起きたシチュエーションが描かれています。「状況」と「心象」が伝わる。散文にするなら、「どこで」とか「どんな相手」「彼女はどんな人物か」「二人はどのくらいの付き合いか」を書きたくなるでしょう。聴いた人それぞれが、勝手にイメージを膨らませることができる、空白がある。空白は、多分リスナーの経験が入っていく。そして「わたしの曲」となる。

 吉田美和さんは曲の中に「物語」を作るのがとても上手い。的確な言葉で、どういう状況かを描く。ほかにも僕は宇多田ヒカルさんや松任谷由美さんにも、作詞家というより物語作家としての資質のようなものを感じます。心情だけでなく、状況も語れる人。

「マスカラまつげ」は、これを小説に書き換えたらちょっとした「泣かせる」掌編小説になるでしょう。

 さて、詞を続けて見てみましょう。どうやら冒頭別れ話では決着がつかなかったみたいです。家に帰ってもメソメソ泣いてしまう。そして、もう一回会う機会が訪れ、そのときは普段と違うスタイルで彼女は挑みます。なにをどうしたらいいのかわからず、迷走しています。そしてその心理状態を客観的にツッコミ入れることもできる。なのに、ふと「ここに立っているわたしは誰?」とアイデンティティの喪失が起きてしまう。そう、なにごとも気張っているとうまくいきません。とくに、どうしても離したくない人をなんとか繋ぎ止めようとするときは。

 最後、結局彼女の頑張りは報われず、明日からは一人でいなくてはならない、と悟ります。この物語の流れ、冷静に考えるとスリリングです。小説であったら、うまくいくのかいかないのか? と思いながらページを捲るでしょう。いったい二人はどんな会話をするのでしょうか。かつて楽しかった思い出? それともなぜ別れることになったのかを冒頭の別れ話より深く語られてしまうのか。ここでも「二人の会話」が空白としてある。でも、なにがどう展開されたのかはわからずとも、一人の女性の悲しみと動揺が迫ってくる。


 僕はこの連載で、難しい言葉や専門的なことは極力避けたいと思っています。なんだか偉そうだし、ぼんやりとした伝わり方では、なんとなく理解した気になってしまうのが一番悪いと思っているのです。

 僕は構造を気にしています。小説を身体とするならば、「骨」の部分です。そして細かい描写や出来事が、「肉」となります。「骨」を作ってしまえば、あとはこっちのもの。自分なりのオリジナリティを存分に小説に入れたとしても決して破綻しないと考えています。


「別れ話をされて自分にとって情けない姿をBに見せてしまったA、どうしてもBと復縁したい。ふたたびBと話し合いを試みるもうまくいかず、Aは一人になる」


「マスカラまつげ」の骨の部分です。さあ、皆さんで肉づけをしてみてください。あなたが書いたら、まったく違う物語ができるはずです。後ほど、作品の骨を抜く方法(といっても簡単です)をお伝えすることもあると思います。また、骨を摘出するのにも、個性が出ますので、絶対に「似ている」作品にはなりません。

 このやり方は、例えば「一本の映画を三行で説明する」ようなものです。大ざっぱなあらすじを抽出する。設定でなく、その枠組みをまず作ってみる。どう終わらせてもいいような、できるだけぼんやりと「流れ」を見つける。

 設定はいくらでも膨らませることができる。そして楽しい。なので「流れ」は適当、という人が多いのではないでしょうか。流れは設定以上に重要です。流れが滞ると、人はページを捲る指を止めます。

「骨」を意識することで、「殺人事件を探偵が解決する」くらいに、出来上がってから読んでみれば複雑になるであろう小説に、シンプルな道標を作ることになります。

 ひとまずは、この単純な、あなたが書く「振られる」掌編小説のことを考えてみましょう。主人公の性格は? 相手はどんな人? 冒頭の情けない「わたし」はどんなことをした? 二人はどんな会話をして、決定的に別れなくてはならなくなったのか?

 想像するだけでもなかなか楽しい作業です。「骨」と「肉」を意識すると、小説を途中で投げ出す、なんてことはなくなるはずです。

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