沈む
和谷(kztn)
蜘蛛の箍
俺は死んだ。殺された。
24歳の罪人。 由祢智哉。 (ゆいねともや) ある男に刺殺された。
地獄に落ちるとき、自分の罪、犯してしまったことを思い返した。俺はいくつもの罪を犯した。
窃盗、殺し、薬。様々なことに手を染めた。
だから、人に殺され死ぬのは当然であり、地獄に落ちるのも正しいと思っている。
この地獄で罰を受けるつもりだ。
そんなことを思いながら俺は血の池を浮いたり沈んだりしていた。
何年、ここにいただろうか。
数々の処刑に疲れ果てた俺はふと上のほうを見ていた。
上の方にはとても小さいが光が見える。あれが極楽だろうか。
しかしどうすることもできず、ただ上を見続ける。
するとなにか塊のようなものが宙に浮いていることが気がついた。よく目を凝らして見てみるとそれは、紛れもない、俺を殺した犍陀多がいた。
どうやら蜘蛛が垂らした糸を使って極楽へのぼっているようだ。
なぜ犍陀多が。なぜ人を殺した犍陀多が極楽へ行こうとしているのか、俺には意味が分からなかった。
たしかに俺は人を殺し、自分のことだけを考え、たくさんの人を欺いてきた。しかし、奴 だって同じではないか。奴だって俺と同じように人を殺したではないか。そう思うと、いてもたってもいられなくなり、一目散に糸の垂れている所へ泳いでいった。
糸の真下付近に来ると無数の罪人がいくつも折り重なっていた。
人の山を押しのけ、やっと糸にまでたどり着く。糸はとても細く、銀色に輝いていた。
こんなもので体を支えられるのか、不思議でたまらなかった。試しに自分も糸を握ってみると柔らかい。
体重をかけてみる。とてもしなったがなんとか上までのぼれそうだ。
腕に糸を絡み付け、奴に追いつくように急いでのぼって行った。
せっせとのぼってゆき、たくさんの罪人を蹴飛ばし遂に犍陀多の目の前に来た。
大きく息を吸う。
「犍陀多アアアアアッッ!!!!!!!!」
俺は叫んだ。
犍陀多は一瞬俺の顔を見て誰だか分かったように、目を大きく見開き驚いた。
しかし奴はすぐさま敵意に満ちた顔になり、俺は犍陀多を糸から引き剥がし、落とそうと手を伸ばした。すると
「これは俺の糸だ。降りろ!降りろ!」
と犍陀多が怒鳴った。俺に体を触れさせまいとしきりに足をじたばたさせ落とそうとしてきた。
その時だ。蜘蛛の弱々しく細い糸が突然奴の指先からブチッと音を立て切れた。
体がふわっとした感覚に包まれ、宙を舞う。そのまま罪人達は血の池へと戻ってきた。
自らの手で犍陀多を地獄に落とせなかったのは口惜しいが、これはお釈迦様が下した罰だ。奴が再びここに戻ったことを嬉しく思う。
俺は静かに薄れる意識とともに血の池へと沈んでいった。
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