第15話 ★やっぱり寝巻きは裸シャツでしょ

「きゃあああああっ!?」


 昼前になると寝室の方から女子の悲鳴が聞こえて来た。


「えっ? なんで? なんで、あたし下着着けてないの? 意味分かんない!」


 どうやらシグネットが目を覚ましたらしく寝室の中でギャーギャーと騒いでいる様子だった。


「目が覚めたんだねシグネット。身体の調子はどうかな?」


 寝室に入りシグネットに話しかけると挨拶代わりに枕を投げ付けられた。


「入ってくんな変態! バカ、クレイジーサイコレズ! なんなのよあたしのこの格好は!?」


 そう言って毛布で自分の身体を包み隠すシグネット。毛布の隙間からは色白の生足が見え隠れしていた。


「ごめんね。流石に裸は不味いと思って適当な服を着せたんだけど……」

「だからってなんで『裸ワイシャツ』なの!? しかもオーバーサイズとか完全にあんたの趣味でしょ!」

「いや、私はどちらかと言えば寝巻きはスウェットかモコモコのパジャマ派なんだけど」

「いや、あんたの好みは別に訊いてないから!」


 顔を赤らめて騒ぐシグネットは尚も不満の声を上げる。


「それになんかあたしの身体から石鹸の良い匂いがするし。アンタ、もしかしてあたしの身体洗ったの?」

「うん。血が大量に付いていたからね」

「信じらんない! 乙女の柔肌に許可なく触るとか極刑もんの重罪なんだからね!?」

「安心して。胸には触ってないから。揉むのめっちゃ我慢したけど」

「そういう問題じゃないから!」


 会話の最中で昨夜の風呂場でのシーンが脳裏をよぎったけど、邪な劣情でしかないので脳内から全力で掻き消した。


「あわわ、彩羽にお姫様抱っこで連れて行かれて優しい感じの手つきで身体を洗われてたのって、やっぱり夢じゃなかったんだ……ヤバイ、死ぬほど恥ずかしい……」

「…………」


 どうやらシグネットの方も微妙に意識が残っていたらしい。お互いのためにもその記憶は忘れて欲しいところだ。


「だいたいなんであたしの服を脱がしてるの!? そこからキチンと説明して欲しいんだけど!?」

「手当てに邪魔だったし、何より血みどろの服を着させているのが不憫ふびんだったからね」

「だからって下まで脱がす必要あった? 怪我をしてたのは胸の辺りよね!?」

「いや、上下ともに血でドロドロだったんだよ。それに着せたまま寝かせるとベッドと部屋が血で汚れるから」

「だからって……」


 事情を説明してもシグネットは納得していない様子だった。信用ないな私って。


「ねえ、彩羽。あんた、パンツ脱がせる時にあたしの(もにょもにょ)……見たでしょ?」

「…………」


 顔を赤らめたシグネットが私に何を問いたいのかはおおむね察せられるけど……それを話すとパートナーシップに溝が生まれそうなので全力でスルーした。


「……安心して。シグネットの怪我は『背中の古傷』以外全て完治したから。綺麗なお肌は今も健在だよ」

「いや、そうじゃなくて──えっ? 嘘? 傷跡が残って無い?」


 衣類ワイシャツの下にある自分の胸元を覗き込んで怪我の有無を確認するシグネット。


「言われてみれば痛みも全然無い……そもそもあんな大怪我をどうやって治したんだろ。ねえ、彩羽。これってどういう事?」


 シグネットの問いかけに私は冗談混じりに答える。


「通りすがりの魔法使いがお姫様に魔法をかけたんだよ」

「いや、それだと魔法が解けたら傷が元に戻るやつじゃん!」


 シグネットの的確なツッコミに私は「大丈夫だよ」と返す。


「シグネットの傷の治癒は“経験者”の私が保証するよ。後遺症の類は一切無いから安心して」

「……彩羽が治してくれたの?」

「そうだとも言えるし、そうじゃないとも言えるかな。少なくともこの治療は私個人だけでは出来ない芸当だからね」

「…………」


 ポツリと一言。シグネットは私に意外な質問をする。


「……ねえ、もしかして彩羽も『強化人種エンハンサー』なの?」


 その青い瞳には少しばかり恐怖の色が浮かんでいる気がした。


「自分がそうであればと願ったことは何度もあるよ。願った回数の分だけ自分の無力さを嫌というほど思い知らされてきたから」

「……そっか。そうなんだ」

 

 今度は納得したらしくシグネットの口から安堵の溜息が漏れる。


「……はぁ、なんかバカみたいに叫んだら頭がクラクラしてきた。しんどい」


 おそらく貧血を起こしたのだろう。シグネットはそのままパタリと倒れベッドに横になる。


「無理はしないで。怪我は治せても損失した血液までは元に戻せてないから」

「……今何時? ていうか、あたしどのくらい寝てたの?」

「おおよそ十五時間だね。もうすぐ夕方になるよ」

「学校は?」

「一日くらい休んでも問題ないでしょ?」

「くぅ、皆勤賞取り損ねたっ」


 中途半端な時期に転入してきた生徒に皆勤賞が適用されるかはさておき、今はとりあえずシグネットが無事に目覚めたことを喜ぶべきだろう。


「シグネットもそろそろお腹が減ってきたでしょ? 何が食べたい? リクエストが有れば可能な限りで応えるよ?」

「……とりあえず肉。出来れば分厚いステーキで」

「……わ、分かった。材料を調達して来るから暫く待っていてね」


 そう言って部屋を出ようとするとシグネットから「べつに急がなくて良いから」と断りが入る。


 てっきり催促されると思っていたけど──


「ごめん。ちょっと一人にさせて」


 私はその言葉の真意を察せれないほど鈍くないと自分では思っている。


 あんな事があったばかりだから。色々と考える時間は必要だと思う。お互いに。

 

「……分かった。夕食までには間に合わせるよ」


 そう言って背を向けた時にシグネットは一言。


「彩羽」


 私の名前を呼んで。


「あたしの名前、ハイネだから。仕事以外の時はそう呼んで」


 そんな事を言って。


「あと、助けてくれてありがと。借りはちゃんと返すから」


 そんな、照れ臭そうな調子で感謝の意を伝えた。


「気にしないで」


 唐突な本名カミングアウトとか、色々と訊きたいことはあったけれど。今は美少女のツンデレ営業に喜ぶとしよう。


 まぁ、自分で気にするなと言ったんだ私も深いことは気にしないで良いだろう。


 いや、一番の問題はむしろ『こっち』の方か。


 私はタワーマンションから出た後でこっそりとスマホの電子マネー残高を確認する。


 残金はおよそ千五百円くらい。


「……うーん。どっかにステーキ肉の特売とかやってる店ないかなぁ」


 真に一番気にしなければいけない事は主に私のお財布事情なのかもしれない。

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