平民平民した愛らしさが演技で、貴族貴族した仮面の下に可愛さを秘めているなんて
uribou
第1話
ノーブルスクールの裏庭を散策していた時だ。
親しげに呼び止められたのは。
「でーんかっ!」
振り向かなくてもわかる。
この甘えるような声はふわふわピンクブロンドの髪を持つ小柄な少女、ケイト・サガン嬢だ。
「やあ、ケイト嬢」
「えへへ。こんにちは!」
ケイト嬢はノーブルスクールには珍しい平民の特待生で、リズミカルな声と弾けるような笑顔が可愛らしい。
大事なことだからもう一度言うが、とても可愛らしいのだ。
貴族の令嬢に見られない表情豊かで直接的な表現には、正直僕だけではなく、周りの側近連中もメロメロだと思う。
「エルドレッド殿下は散策ですか?」
「ああ」
「いい風が吹いてますものねえ」
「そうだ、キャンディーがあるんだ。ケイト嬢も食べるかい?」
「わあい! エルドレッド殿下ありがとうございます! 好き!」
くうっ!
これだよこれ!
この素直な反応が見たくて、僕はいつも菓子を持ち歩くようになってしまった。
貴族の令嬢はキャンディー一つで喜んだりしないものなあ。
僕はジャクリーン・エフィンジャー侯爵令嬢と婚約している。
ジャクリーンとは、まあまあうまくやれていると思う。
僕が王となるためには、エフィンジャー侯爵家のバックアップが必要だと理解してもいる。
しかし、時に想像してしまうのだ。
ジャクリーンと婚約破棄して、天使のように愛らしいケイト嬢と結ばれる未来を。
バカなことだとわかっている。
ジャクリーンと婚約破棄したら、僕は一生陽の当たる場所に出られないだろう。
そうしたらケイト嬢と会うことすらできなくなるだろう。
ああ、僕は第一王子でありながら、恋する女性一人どうにもできないのか。
「エルドレッド殿下、どうかしたんですか? 元気がないですよ?」
「え? ああ、何でもないよ」
僕の顔を覗き込むケイト嬢。
その無遠慮さすらも愛おしい。
「ケイト嬢こそ、今日はどうしたんだい?」
「えへへ、皆さんと昼食を御一緒したいと思いまして」
ああ、それで付き人に大荷物を持たせていたのか。
「喜んでいただこう」
「すぐに準備いたしますね。あっ、ジャクリーン様!」
ぎくっ!
ジャクリーンだって?
いかん、婚約者のある身で他の女生徒と食事しようとしている場面を見られてしまうとは。
どう言い繕おう?
側近や付き人達もアワアワしている。
頼りにならんなあ。
「ジャクリーン様! お弁当持ってきたんです。お昼を御一緒しませんか?」
えっ?
そんなのあり?
いや、ケイト嬢の立場からするとこれがベストか。
僕がフォローしないと……。
「あら、よろしいの? エルドレッド様との昼食にお邪魔してしまって」
「いや、これは……」
「大勢で食べた方がおいしいですよ。料理はたくさんありますから」
「そうですの? では遠慮なく参加させていただくわ」
あれえ? 簡単に通ったぞ?
ジャクリーンはケイト嬢や僕を、婚約者がいるのに不埒だと非難しないのだろうか?
しかもあれほど神経質なジャクリーンが、毒見も入れずに食べ始めたぞ?
それどころか機嫌良さそうだし。
何故だろう?
理由がわからないのは、却って怖い。
嫉妬して欲しかったわけでも、苦言を呈されたかったわけでもない。
しかしこれほど無反応だと気になるじゃないか。
……まさか僕に興味がないとかじゃないよね?
文句言う価値もないとか?
「おいしいですわ。ただわたくしには少々塩味が強いですね」
「うーん、私もそう思ったんですよ。お店でお出しする場合にはいいんですけど、冷めたお弁当ですと塩味を強く感じてしまうのです」
ん? ジャクリーンとケイト嬢は仲がいいのかな?
知らなかった。
随分忌憚なく話しているじゃないか。
「エルドレッド殿下はいかがでしたか?」
「うむ、美味だった」
「塩味は気になりませんでしたか?」
「午前中に剣術の授業で汗をかいたからか、僕は気にならなかったな」
「なるほど、参考になりました!」
にこっとした笑顔を見せるケイト嬢可愛い。
そうこうしている内に食べ終わった。
途中からジャクリーン達が加わったのにちょうどいい量だったな?
「御馳走様でした。それでは私はこれにてドロンいたします。今日はいい陽気ですので、エルドレッド殿下とジャクリーン様はごゆっくりなさってくださいね。それから……」
何だろう?
ケイト嬢特有の、いたずらっぽい顔だ。
「老婆心ながら、殿下とジャクリーン様は二人っきりで話す機会を増やすといいですよ」
ぺこりと頭を下げて撤収するケイト嬢と従者。
ふうん、鮮やか。
さて、僕は釈明をしなければならないか?
「ジャクリーン、すまなかった。少々僕が軽率だった」
「あら、何がですの?」
「ケイト嬢と食事を共にしようとしたことだ。君という婚約者がありながら、蔑ろにしてしまったように思える。反省している」
淑女らしく微笑むジャクリーン。
「あら、ケイトさんならいいんですのよ?」
「ケイト嬢なら、とはどういう意味だい?」
「彼女は平民の特待生ですから」
平民の特待生だから何だというのだ?
ちょっと意味を測りかねるのだが。
「平民ならばよいのか?」
「平民、というか商人の娘だからですね」
「ふむ?」
「ケイトさんは大変頭がよろしいのです。絶対に計算を間違えませんから。例えば……」
ジャクリーンが貴族らしくない、いたずらっぽい笑顔を一瞬見せた気がした。
「仮にエルドレッド様がケイトさんに求婚したとするでしょう?」
「えっ?」
ドキッとした。
後ろめたい思いがあるだけに、心臓に悪い。
「ケイトさんは絶対に断ります。何故なら受けることに得がないからです」
「得がない……」
わからなくはない。
僕も考えたことだ。
僕とケイト嬢が結ばれて幸せになる未来はない。
残念ではあるが……。
「エルドレッド様は御存じでした? ケイトさんのマナーや言葉遣いは完璧なんですのよ」
「えっ、しかし……」
「演技ですのよ。ケイトさんの普段のくだけた振舞いは」
「ま、まさか!」
「演技というのは違いますか。我々に平民というものをサービスで見せてくださっているのです」
信じられない。
あの甘えたような声が、弾けるような笑顔が作りものだと?
「ケイトさんにとっては、エルドレッド様が国を治め、わたくしが支える体制が最も利があるのですよ。ケイトさんは知り合いが有力者になるほど嬉しいわけですから」
「し、知り合い……」
もっと親しい関係ではなかったのか?
ケイト嬢の愛らしいしぐさや態度がサービスで、僕が知り合いにしか過ぎないなんて……。
いや、ジャクリーンの話すことが本当とは限らない。
「……ジャクリーンが今、ケイト嬢持参の弁当をすぐ口にしたのは?」
「毒を疑わなかったという意味ですか? 食はケイトさんの商売ネタですよ? 舌の肥えた我々の意見を聞きたいという目的がハッキリしているではありませんか。それにケイトさんは損なことは絶対しませんから」
謎の信頼感。
ジャクリーンはケイト嬢を微に入り細に入り調査している?
当たり前か。
婚約者である僕に近付く女子生徒なのだから。
ならばジャクリーンのケイト嬢に対する洞察は正しいと見るべきだ。
そしてケイト嬢もまたジャクリーンをよく理解しているから、食事に誘ったのだろう。
あっ、ジャクリーン一行が交ざることも予想していたから、弁当があの量だったのか。
何てことだ。
全て計算の内だったとは!
「ケイトさんは線引きを誤ったりはしませんわ。ノーブルスクールの建前として少々の無礼は許されますけれども、卒業後はそうではないでしょう?」
「……まあね」
「完璧な淑女の礼を披露してくれるでしょう」
ああ、そんなケイト嬢は見たくない。
ガラガラと幻想が崩れていくようだ。
「……そこに愛はないのか?」
「まあ、エルドレッド様ったらお可愛らしいこと」
つい呟きが漏れてしまった。
何だか恥ずかしい。
王たらんとする僕が情に流されるなんて。
「……わたくしはエルドレッド様のことをお慕い申しておりますのよ」
「えっ? よく聞こえなかったな」
「何でもありません」
そこに愛はなくともここにはありますの、というジャクリーンの心の声が聞こえたような気がする。
耳を赤くしたジャクリーンなんて初めて見たな。
誰よりも完璧に近い貴族令嬢だと思っていたのに。
あれっ、ひょっとしてジャクリーンって可愛い?
……何か拗ねたような目をしているから、今度二人っきりになった時に突っ込んでみよう。
あっ、だからケイト嬢は二人っきりで話す機会を増やすといいなんて言ったのか。
どこまで計算していたんだろう?
平民特待生の賢さ怖い。
それはともかく、次のジャクリーンとのお茶会が楽しみになったぞ?
ケイト嬢とジャクリーンには感謝しよう。
平民平民した愛らしさが演技で、貴族貴族した仮面の下に可愛さを秘めているなんて uribou @asobigokoro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。