異教

第1話 世界について

私は野乃を通して世界を見てきた。


彼女の考えることは複雑で、突飛だった。


まず 、私と野乃の出会いは鹿児島の高校だった。私がその高校で英語教諭を勤め始めて3年がたった時、野乃が入学してきた。野乃は「考察同好会」に入った。

「考察同好会」に生徒が入会するのは、実に32年ぶりのことだったらしい。その活動内容も、存在すらも教諭たちは忘れていた。そんな同好会を、なぜ野乃が知っていたのか、なぜ会員もいない同好会が解散せずに残り続けていたのか、私には検討もつかない。わけも分からず他の教員から顧問を押し付けられたのが私だった。

だが、そんなことはすぐに気にならなくなった。

野乃の「考察」の才能は類を見ないものだったからだ。類、といっても私は彼女以外に「考察」を行っている者など見たことがなかったのだが、彼女はすごいらしい、と思ったのだった。尊敬していた。

「考察」は私には到底理解できなかった。野乃は、下水処理場、空港、発電所、、、、、、様々な場所に私を連れ回した。

ある冬、私達は風車を見に海辺を訪れていた。野乃はいつものように真っ黒な指定カバンから方眼ノートを取り出し、なにやら計算式や図形を細かく書き込んでいた。その間私は手持ち無沙汰で、なめらかに海まで繋がっている砂浜を蹴ったり、白い息を眺めたりしていた。

野乃は計算を終えると、私に駆け寄って言った。

「あの風車の回転が逆です。あれは自然発生した風車なのです。」

野乃が指差す方を見てみると、たしかに一番右の風車が他の風車とは逆に回っている。

「なぜ逆に回っているんだろうか。」

「あれは鏡によって自然発生した風車だからです。」

「意味がよくわからない。」

彼女は図をノートに書き込みながら説明し始めた。

「この世界では時たま空間が歪むことがあります。理由はまだわかっていませんが、その歪みはたいてい鏡のように正しい世界を映し出すのです。私はこの歪みを「鏡」と名付けました。普通の鏡は物体を平面に映しますが、空間の歪みは3次元に映します。それによってこの風車のように立体的な、すべてが左右逆なものが生まれるのです。」

「、、、、、、、少しわかったけど、なんだか陰謀論みたいだな。」

「現にあの風車は逆回転しているでしょう?」

「そうだが、、、、、、」

風車は逆回転していた。少なくとも私と野乃にはそう見えた。野乃にとって証拠はそれで十分らしい。私達二人だけの宗教のようだな、と思い、なんだか悲しかった。

風車の向こうには曇り空と汽車が見えた。海の上を走る汽車を私達は黙って眺めていた。

「鏡、、、、、、」

「ああ、そうだな、、、、、、」

私はもう野乃の世界に迷い込んでしまっていた。不思議に恐怖はなく、安堵さえ感じた。


もう雲は晴れ、星が出始めていた。


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