獣人族の戦士


 アネモネも、僕と同じく戸惑いが露な顔をする。緊張感も少し緩んでしまった様子だ。

 が、すぐに表情を元に戻すと、ナイフを構え直す。


「ボクたちは、そこにいる人間たちに用事があるんだ。だから、どいてくれ」

「どうしてもというのなら、力づくで立ち去ってもらうしかない」


 用心棒は、戦槌の柄尻を地につけ、洞窟の手前で仁王立ちする。


 僕は、ライムを自らの背後に隠れさせた。


 アネモネが、僅かに身体を沈めた。直後、真上に高く跳んだ。

 またも、僕は彼女の姿を見失ってしまう。


 かなり高い所で、岩を蹴る音がした。

 次の瞬間、アネモネは用心棒の右肩の上に立っていた。

 同時に高く上げたナイフを持つ右手を、用心棒の首めがけて振り下ろす。

 バーリの時と同じ展開……にはならなかった。


 用心棒は素早く反応し、戦槌の柄尻でアネモネを突こうとする。

 それを跳んで避けたアネモネは、少し離れた地点に降り立つ。


 間を置かずアネモネは、今度は用心棒へと真っ直ぐに突撃する。


 連続してナイフを繰り出すアネモネの動きは、速すぎて目で追うのがやっとなくらいだ。

 が、用心棒はその刃先をすべてかわしていく。


 アネモネの攻撃が、ほんの一瞬だけ途切れた。その隙を見逃さず、用心棒は戦槌を振るう。

 柄頭を避ける為、アネモネは大きく後方へ跳んだ。


 ……す、すごい。

 あの用心棒はアネモネと互角である。恐らく、彼は白狼族の戦士だ。


 そこでふと、僕の頭に素朴な疑問が浮かぶ。


 あれだけの実力を持ちながら、なぜ彼は盗賊団の用心棒などをやっているのだろう?


 白狼族は誇り高きの種族のはず。

 人族にも、魔族の側にもつかず中立を保っている種族だときいた事がある。

 まして、戦士ともなれば尚更に高いプライドの持ち主のはず。

 それが、盗賊団の様な悪党どもに手を貸すなんて……。


 ん?

 僕は、用心棒のある部分に目を留める。


 再びアネモネが、用心棒へと立ち向かっていこうと駆け出す。

 僕は大声で、彼女の動きを制した。


「アネモネ、待てッ!」


 急ブレーキを掛ける様に止まったアネモネが、こちらを訝しそうな顔で見る。


 僕は用心棒へと少しだけ歩み寄り、彼の首のあたりに注目する。

 白い毛に埋もれてわかり難かったが、そこには、暗い灰色の首輪が嵌められていた。紋様らしきものも刻まれているようだ。


「……隷属の首輪?」


 僕が問い掛けても、用心棒は何も答えない。


「それのせいで、無理矢理、用心棒なんかやらされているんですか?」


 やはり、彼は無言のままだ。


 きっと、首輪についての質問に応じる事が、隷属の効果により制限されているのだろう。

 たぶん、洞窟に近寄る者を排除しなければ、あの首輪が何らかの痛苦を彼に与える。


「とにかく立ち去ってくれ。わたしは、お前たちを傷つけたくはない」


 用心棒は、険しい顔で僕らに言う。


 アネモネが、どうするのか問い掛ける様な顔で僕を見ている。


 事情を知ってしまった以上、僕もあの白狼族の男性を傷つけたくはない。

 きっと、アネモネも同様だろう。

 どうにかして、彼との戦闘を回避する事はできないだろうか。


 そこで、僕はふと思いつく。


「あなたの意思とは関係なく、僕らを攻撃しなかった場合はどうなるんですか?」


 用心棒は、僕の質問の意味がよく理解できない様な顔をした。

 いずれにせよ、彼はこちらの質問には答えられないのだろうけど。


 それならば、試してみる以外にない。


 僕は恐る恐る、白狼族の男性に歩み寄る。

 五メートル程まで近寄った時、彼は戦槌を振り上げる。


行動停止ドンムーヴ


 白狼族の男性は、戦槌を持ち上げた態勢のままで固まる。


 僕はさらに彼のすぐそばまで接近するも、男性に嵌められた首輪に何の変化も見られない。


 一度、白狼族の男性から離れる。

 その上で、【行動停止ドンムーヴ】を解除する。


「身体とかに、何か問題は生じましたか?」


 白狼族の男性は、何も答えない。

 が、その目は明らかに、問題ないと言っている。


 再度、僕は白狼族の男性に【行動停止ドンムーヴ】を施す。

 彼は、直立した姿勢で固まる。


「すいませんけど、しばらくそのままで居てもらいます」


 僕は、アネモネとライムと共に、洞窟の中へと足を踏み入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る