第2話 プリンちゃん、マーキングする。
俺は堀田岳男、トンネル掘って十五年、今日もトンネルを掘って一日を終える。……ああ疲れた。
明日は土曜日、やっとお休みだ。とっとと帰って早く寝るぞ。
彼女いない歴三十年のこの俺、自慢じゃないが家に帰ってもすることはないのだ。ちょっと筋肉も張っているしな。
クマタニ組の現場から直帰しようとする帰り道、目の前に現れたつぶらな瞳のモフモフちゃん。
「ワン!」
「ワーオ! キャワイ〜!」
足元の現れたのはプリンちゃんやないか、なんて可愛いのだろう。思わずしゃがんで抱き上げようとすると、先に他の手に抱き上げられる。
細くて綺麗な足。見上げるとそこにはメアリーアンが立っている。
「タケオさんこんばんは、突然すみません、メアリーアンです」
俺は、この前の金髪美少女と愛らしいモフモフワンコの突然の出現に驚きながら、プリンちゃんに目尻を下げ、不審感をつのらせる。どんな顔やねん。
「こんばんは、約束は明日だよね? どうかしたの?」
「はい、大変なんです。プリンちゃんが……プリンちゃんが……」
「………」
「プリンちゃんが大興奮して、マーキングまでしちゃったんです。これって凄いお宝が眠っているに違いないんです!」
「なるほど、プリンちゃんがオシッコしたから大変だと?」
俺は呆れて聞き返した。
(やっぱりこの子、かなりおかしいのでは?)
「違います!! ただのオシッコじゃないんです〜!!」
不審顔の俺にメアリーアンちゃんが主張し続けた。
(何処がどう違うんでしょう?)
「マーキングしたって言ったでしょう! マーキング!」
理解してない俺にメアリーアンは語気を強める。
(だからそれオシッコじゃないの?)
俺はまだ疑わしそうにメアリーアンちゃんを見つめた。
「ただのオシッコなら毎日してるわよ! ぐるぐる回ってここ掘れワンワンしてからのマーキングなの!!」
「おお!!」
俺はやっと理解した。
「じゃあ何か! 特別凄いお宝のありかを見つけたって言いたいのね?」
「だからそう言ってるじゃない!」
メアリーアンは胸で両腕を組んで大きく頷いた。
(いくぶんご機嫌斜めだ、すみません)
そういえば最初から凄いお宝がどうのって言ってた気がする。
「で、だから……何?」
(まさかこれから宝探しに行くとか言わないよね?オッチャンこれから帰って寝るんだけど)
「だから〜、これから〜、宝を」
「行きません! 約束は明日でしょ!」
俺はピシャリと断った。
(いくらプリンちゃんが可愛くても、今日は俺はもう疲れてるの。
何が悲しゅうて、日も暮れそうなこんな時間から宝探しにいかなあかんねん!)
「お願いだから宝を掘り出してくださいよ〜」
メアリーアンは俺の服の袖を掴んで懇願する。さっきのぷんぷん顔は消え失せて、やや涙目のようにも見える。
いかんて! そんなことでは誤魔化されんよー。
「明日で良いやろ! 宝は逃げへんて!」
俺は不機嫌そうに断りの言葉を口にする。
「誰かに先に掘り出されたら大変なんですよ〜」
(そんなん誰が掘るというのでしょうか! いえ、誰も掘りません。
だいたいそこに本当に宝が埋まってるとは限らんやろ。
多分埋まっとらんと思うし)
メアリーアンは手を離し、その手を腰に当てて胸を張ると、俺を睨んで言った。また怒り出したで〜。
「タケオさん、プリンちゃんがマーキングしたって事がどういうことかまだ分かっていませんね!」
(まだわかってないと言われても、プリンちゃんに会ったのはつい昨日のことなんですけど。プリンちゃんがここ掘れワンワン言うた所、まだ一度も掘った事ないし、当然掘ってお宝が出てきた事もないわけです。ハイ)
「この前プリンちゃんがマーキングをしたところから何が出たか見せてあげる!」
メアリーアンは腰に下げていたバッグをズイと俺の前に突き出した。
(このバッグがなんやねな? かなり年季の入ったバッグや。メアリーアンちゃんみたいな可愛くておしゃれな女の子が持つにはちょっとそぐわないバッグやな……で?)
俺はバッグをジロジロ見た後でコレがなんなの? と言う目でメアリーアンを見る。
「これはマジックバッグよ!」
(へ? またまたご冗談を? あのマジックバッグですって?)
嘘でしょうという顔の俺を見てメアリーアンがバッグから何かを取り出した。
ゴトッン!
バッグからはピッケルが取り出されていた。穴掘り道具のピッケルだ。
絶対にバッグより大きいピッケルが地面の上に立っている。
俺は目をこすって確認する。
メアリーアンがこれでもかとまたバッグからシャベルを取り出す。
「えーーーー! 本物のマジックバッグ!!」
(マジックバッグと言ったら数億ゴールドはすると言われるお宝じゃあないですか?)
俺は驚いて腰をぬかした。
「これクラスのお宝が埋まっているに違いないのよ! 分かる!」
メアリーアンの顔が俺の目の前にズイと押し出された。ドヤ顔だ。
冷静だったらキスしてしまう所だが、今の俺にはそういう冷静さはなかった。
「ここ、これは、これは大変だ!」
(マジか? マジか? マジなのか〜)
俺もことの重大性に初めて気がついたのだった。
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