下働きから、誘拐された王女の代わりに、そしてメイドへ、さらに事態が急変し……
甘い秋空
一話完結:誘拐された王女の代わりになったと思たら
「ここで、おとなしくしていろ!」
家の庭で洗濯物を干している時、不意を突かれ、誘拐されました。
私は、孤児院育ちで、今は侯爵家の炊事洗濯係として働いている下働きの女性であり、誘拐される心当たりなど全くありません。
ただし、私の銀髪の容姿は、まぁまぁ良い方だと、孤児仲間からは言われています。
ここは、王都の外れの小さな一軒家、誘拐犯の隠れ家のようです。
「ボス、どうですか? この銀髪なら、王女の代役として誤魔化せると思うでヤス」
「そうだな。誘拐を自作自演した王女が、身代金を受け取る前に、まさか亡くなるとは、計画外だったゼ」
私は、部屋の隅に、縛られもせず、床に座らせられただけです。誘拐の準備が全くない状態で、さらわれたようです。
話を盗み聞きしたところ、王女が自作自演で誘拐され、身代金を手にする前に、寝室で亡くなっていたとのことです。
それで、容姿が似ている女性、銀髪の私が、王女の身代わりとして誘拐されたようです。
「しかし、あの王女、首があらぬ方向に曲がった最後、あれは不自然だゼ」
「早く仕事を終えて、逃げた方が良いって、俺の勘が言っているゼ」
突然、ドアが破られ、騎士たちが飛び込んできました。
見事な手際で、誘拐犯たちに反撃を許さず、全員を倒します。誘拐犯に証言をさせない、そんな作戦のようです。
「この王女を、保護しろ。寝室の女は、侯爵家の下働きとして、埋葬しろ」
指揮官らしき騎士が、テキパキと指示を出します。
「ごめんなさい。私は、王女ではありません」
指揮官に、小声で正直に話します。
「知っている。王宮で説明するので、しばらく、黙っていてくれ」
◇
王宮の一室に通されました。
「貴女の名前は、これからギンチヨとなる。わかるな」
指揮官が、変なことを言います。
「私は、生まれてから、ずっとギンチヨを名乗っています」
「え? 名前まで一緒だったのか」
指揮官は驚いています。さっきの、すべてを知っているような、手際の良さとは違います。
「侍女を付けるので、湯浴みをしなさい」
彼は、なんだか、慌てて部屋を出ていきました。
◇
湯浴みには、侍女が一緒に入り、私の体を丁寧に洗ってくれました。
「ギンチヨ様のお体は、とても奇麗ですね」
「でも、期待した、龍を表す“王家の紋章”はありません、残念です」
侍女の体は、筋肉質で美しいスタイルですが、戦闘での傷跡がいくつかあり、少し怖い感じです。
王家の紋章? 国を治める者が持つという噂の紋章ですね。
そんなの、孤児だった私に、あるはずがありません。
「侍女様のお体も洗いますね」
彼女は驚いていましたが、仕方なく体をあずけてくれました。
内緒で、傷跡に治癒の魔法をかけて、奇麗に消します。
私は、光魔法を使えます。
でも、トラブルに巻き込まれるので秘密にしろと、孤児院へ慰問に来た黒髪の少年から言われました。
そのため、誰にも言っていません。
「侍女様に、彼氏はいらっしゃるのですか?」
「ご冗談を。私の手は血に染まり、体も傷だらけで、結婚は、すでに諦めています」
◇
部屋に戻ると、私の扱いが決まっていました。
「王女は、病気で療養すると公表することになった。貴女には、王宮のメイドとして働いてもらう」
指揮官から話がありました。
「先ほど説明した誘拐事件のことは、絶対に口外しないこと、わかるね」
王女待遇から、メイドへ格下げですか。でも、命があるだけ、良かったです。
「提案があるのですが。彼女を私専属のメイドにしてはどうでしょうか?」
侍女が、指揮官へお願いしました。
「ふむ、その方が良いか。監視もできるしな」
指揮官が、頷きました。
でも、監視って何ですか?
◇
私は、今日も王宮の廊下を走っています。
侍女の専属メイドは、楽ではありませんでした。
各部署への連絡調整役として、王宮を隅から隅へ走る必要がありました。
侯爵家の下働きと比べて、体力面では楽になったのですが、相手との調整が精神面で大変です。
相手の人たちの性格をやっと掴めて、信頼関係が築けてきました。
と、思ったある日、指揮官から、呼び出しがありました。
◇
「隣国のクロガネ王子が、突然、来訪してきた」
指揮官の説明に、私はピンときません。誰ですか?
「王女の婚約者ですか?」
侍女は、事態を理解したようです。
「そうだ、王女を見舞いたいとのことで、断り切れない」
あら? これはもしや。
「ギンチヨ嬢から、王女の身代わりになってもらう」
やはり、そうですか。私に、拒否権はありません。
「王女が亡くなったと、公表できないのは、王族側の都合ですが、どうか協力していただきたい」
「悪い話ばかりではありません。貴女に関係する新しい情報が、きっと聞けると思われます」
指揮官の私への態度が、ずいぶんと丁寧、というか、王女待遇だった頃に戻っています。
◇
貴賓室には、椅子が用意されていました。私は病気のフリをして、国王陛下と共に、座って待ちます。
指揮官と侍女は、立ったまま控えています。
なぜか、私が働いていた侯爵家の旦那様も、立ったまま控えています。
旦那様がチラチラと私を見てきますので、目を合わせないよう、少しうつむいておきます。
扉がノックされ、隣国の黒髪の王子が、従者を連れて入ってきました。形式的な挨拶が交わされます。
「さて、皆様。関係者がそろいましたので、説明申し上げます」
隣国の王子が席に着くと、指揮官が話し始めました。
「クロガネ王子様につきましては、我が国の王女と結婚し、婿に入るという政略結婚の話が取り交わされております」
「しかし、事態が急変したため、再度、この場で話し合いたいと考えます」
部屋の空気が変わりました。温度が下がったように寒く感じます。
これは、きっと、私が偽物だと、この王子に明かすのですね。
この王国の跡取りは、王女ただ一人です。国王に子供が授かる度、毎回、なぜか流産してしまうからです。
そのため、隣国の第二王子を、婿として迎えることになり、このことは国民全員が知っています。
「侯爵、お前の犯罪は、全て私たちが暴きました!」
突然、指揮官は、旦那様を指さしました。
「産まれた王女をすり替えた罪、王妃に流産の薬を飲ませた罪、証拠はそろっています」
指をさされた旦那様が、言い返せないでいます。これは、罪を認めたのですか?
突然、旦那様が、指揮官に向かって体当たりしました。
「キャー!」侍女が叫びます。
旦那様の隠し持った短剣が、指揮官のお腹に深く刺さっています。
侍女が旦那様を殴りました。倒れた旦那様の首があらぬ方向に曲がり……これは絶命しています。
倒れて意識を失っている指揮官に、侍女がすがり付いています。
「動かさないで」
一旦離れてもらい、私は光魔法を発動させ、短剣を少しずつ抜いていきます。
私の秘密がバレてしまおうとも、この人は、絶対に助けます。
「ギンチヨ様……私と彼女の結婚式に参列してくれませんか?」
目を覚ました指揮官は、意識がもうろうとしているようです。侍女が抱きつきます。
え? 二人は結婚するの? ここで言う?
◇
場所を、国王の執務室に移しました。
「クロガネ王子、今回の偽王女の件では、陰ながらの協力に感謝する」
国王が隣国の王子に礼を言いました。
部屋の中は、私と三人だけです。なぜ、私が?
「ずっと僕が探していた少女を、見つけ出してくれたお礼と考えてください。感謝いたします」
王子、何を言っているのか……あれ? 黒髪の少年に、以前会ったことがあります。
「もしかして、慰問に来ていただいた?」
「そうです、覚えていていただき、うれしいです」
隣国の王子と私は、見つめ合います。
「クロガネ王子、もう一つ、話があります」
国王が、感動の再会という場面に、割り込んできました。
「このギンチヨ嬢は、私の本当の娘です。あの侯爵がすり替えた、血のつながった実の娘です」
私は驚いて、声が出ません。
隣国の王子と私は、また、見つめ合います。
「たしかに、ギンチヨ嬢の瞳の奥に、龍を表す“王家の紋章”が、はっきりと見えます」
婚約者と実の父から、にこやかに見つめられ、戸惑うばかりの私です。
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あとがき
最後まで読んでいただきありがとうございました。
下働きから、誘拐された王女の代わりに、そしてメイドへ、さらに事態が急変し…… 甘い秋空 @Amai-Akisora
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