⑦ 私の夢を、聞いて!
『私、死者と言葉が交わせるのです。限られた場で、ですが、魂が触れ合うと……』
『…………』
『スクルド語は、遠い日のスクルド人男性に教えていただきました』
まだ国交があった頃の著作物が、我が家の図書館に寄贈されていたようで。その書籍に憑いていた彼が、当時の言語と文化を教えてくださった。
『そうか。その
『信じてくださるの?』
『?
『そうですが……いくらなんでも信じてもらえないかと』
『君がそこまで話せる理由はそりゃ、それぐらいの驚き話になるよな。それに、私もたまに、戦場で斬った敵兵の亡霊に恨み節を吐かれるんだよ。女房と子らの元に帰りたい、とか』
『ええぇ……』
『あいつらこっちの言い分は聞いてくれないから、言葉を交わせるとは言えないけどな!』
笑いながら言わないで……。
『えっと……、私はまだスクルドの国について浅学の身ですが、以前から興味は抱いておりました。自然豊かで四季の移り変わり美しく、気立てのいい人々が、互いに労り合い暮らしていたと聞きました。元来、穏やかで友好的な国民性ですよね』
『田舎に行くほど、そうかもな』
『私の祖国の人々も、きっとそうであるはずなのです』
私の知るウルズ人の彼らは……、私の母を追い出し私を閉じ込めたけど、それはすべて偏見という、人の心に巣くう悪魔の所業。
分かり合えないから仲良くできない。分かり合おうとしなくては、何も変わらない。国と国とはいえ、それは人と人の集合体なのだから。
『大陸を二分してしまった寓話の精霊、スクルドとウルズ。ふたりの前に魅惑的な乙女の現れる以前、大陸の民は南北に行き
理解できないものを排除するより、理解しようと努めたい。それを次世代の子らに伝えるのが《教育》……今回の
『そして、いつか大陸を越え、この世に暮らすすべての人が心を通わせられるような、明るい時代が訪れることを願っています』
……こんな時にも私、微笑むことができない。
笑顔を届けることはできないけれど、せめて。私は理想を力いっぱい、目で訴えた。
『ああ。私も願っている』
この瞬間、目尻を下げた彼が視界に飛び込んできた。胸にほのかな明かりが灯る。私は間違っていないのだと確信する。
『では、おやすみなさいませ』
『……おやすみ』
まだぎこちないカーテシーで部屋を後にした。
「はぁ……」
閉めた扉を背にしたら、仕切り直しのため息が。
「行く手は険しい道だわ。すべての民が尊重し合い共生し、絶え間ない平穏が保証される土地……その単位である国の改築へと……って私、何を大それたことを!」
私なんて国をどうこうする立場どころか、年季の入った引きこもりで、慣れない人と話すだけで緊張して狼狽えてしまう小さな人間なのに。なんて大きな願望を口にしてしまったのかしら!
顔が熱くなってきた。こんな大口を叩くなんて初めての経験……。
「うーん、激動の一日だったわ。とにかく、明日に備えて早く眠らなければ……。あら??」
慌てて振り返った。
────ここが私の部屋だった────!!
いったいどこに帰ろうとしていたのだろう! 恥ずかしい……。
仕方なく、小さくノックをした。
返事はない。
「なら、失礼しますわね……」
そっと開けて覗いたら。
「……寝てる?」
先ほどの位置のまま、寝息を立てている彼の元へ寄って行った。
「クマ、できていたものね」
相手が寝ているからって不躾だけど、この大きな男性の全身を、珍しいものを見るような目で眺めてみた。
こんな大きな手で、私の頭を撫でてくれた……変なの。お父様にも撫でられたことなんてない。
「あ……」
ここで気付いた。
撫でられた時、いえ、この話し合いの間、私ずっとこの呪われた髪のこと、意識の外だった……。
完全に忘れていた。ずっと囚われていることなのに。だってこの方の目は私の髪に対して、不吉なものへの恐れや侮蔑を、一瞬たりとも表したりしなくて。
あの、朝の光に照らされた雫のような瞳。あんなにも澄んだ瞳が、国家間の友好を語る時には熱を帯びて、蒼い炎の色味にも……。
彼にブランケットを掛けたこの瞬間、あの色が脳裏をかすめると、私の
「本当に、よく眠っていらっしゃる」
瞼を閉じてしまったあなたに、出し惜しみされてるようだなんて言うのは、おかしい?
私、やっぱり胸の内側がぐるぐるしてる。
「私も早く寝なくては……」
彼の隣に、触れることのないように横たわった。
朝一でラーグルフ様のところに伺って、どこへ行くべきか教えていただこう────……
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