あなたと私を結ぶ運命の青い糸 ~コミュ障令嬢は嫁ぎ先で言語教師に任命される~

松ノ木るな🌺おひとりさま~ピッコマ連載中

プロローグ

『君が欲しい!』


 出し抜けに私をベッドに押し倒し、彼は強い語気で言い放った。


 月白のシーツに散らばる花ぶさが甘い香りを放ち、私たちふたりをそっと包む。


────こんな真下かくどから見ても綺麗な人……その髪のツヤ、手を伸ばしたら掴める星くずみたい。


『君に拒否権は多分ない』


 た、多分?


『あげたいところだがあげられない!』

『は、はい』


 見惚れている場合じゃない。


 大丈夫、この状態で拒否権発動できるとは思わない。


 今宵、彼と私の交差した世界線においてたった一度きりの、記念すべき夜。

 俗に言う、「新婚初夜」だ。


 私は祖国で政治利用に価値を見出された娘。

 嫁ぎ先のここでは、隣国からの花嫁、という名の人質。


 この方の機嫌を損ねるような真似はできない。何が起ころうとも、粛々と受け入れるつもり。


 この一夜を失敗するわけにいかないのだから。


 だけど……ちょっと……


 真上からの威圧力がすごい!


 がばっ! と上に乗り込んでこられて、ベッドの天蓋が見えない。


 視界がひとりの男性で埋まって……これがまた、すさまじく美しい。こんな綺麗な殿方、生まれて初めてお会いした。絹糸さながらの銀髪が、キラキラ煌めいて天の河の流れのよう。


 緻密に計算してつくられた、彫刻にも引けを取らないお顔立ちに。

 凛々しく猛々しい体つき。

 まさか神話に出てくる白銀の、狼の化身かしら。


 なのに瞳は優しげなお色。透明感あふれるスカイブルーの瞳に私が映って……私も空色の世界に溶けていく。


 ぎゅっとシーツを掴んだこの指が、だんだん緩んでしまう。もしかしてこの美しい幻獣に力を吸い取られてる?


 もう逃げられない。


 いっさい反抗しませんから、せめて、ここで何をどうすればいいのか教えてもらえないかしら。私、初夜のお作法も習ってこなかったから……。


 こんな私でも理解できるように、明確にお伝えくだされば……


『君を王立学院中等部、国際交流科の言語文化専任教師に任命する!』


『は、はい!』


 <いっさい反抗しません>の誓いを胸に、即答した。


 え? ま、まぁ、文句なしに明確でした。


 でしたけど、教師? なんのお話ですか??





***


「スコル候。断交明けのいまだ情勢不安定な時期に、愛娘を差し出させてしまいすまないな」


 宗教画の張り巡らされた天井、連なる白亜の支柱。粛然とした空気に満ちる、エッダ宮殿は謁見の間にて。


「滅相もございません。このスコル、娘と共に、愛国ウルズの安寧に寄与できるものなら、何ら惜しむものはございません。な、ユニヴェール」


 私はできる限りの清淑さを努め、慣れないカーテシーを玉座の王太子殿下に向かい行った。


「ええ」

 王太子より直々にお声掛けをいただける。こんな私には身に余る栄誉だろう。


「私は社交経験の乏しい若輩者ですが、頂いたお役目に全霊を尽くす所存にございます」


 挨拶、挙動、時間ギリギリまで練習してきたけど、これで大丈夫かしら……。


「うむ。出立は明日か。スクルド国までの旅路を存分に楽しめよ。無事を祈る」

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