雲のいずこに星、宿るらん
ひかり
第1話
「おはよう」
校門の前でそう声をかけられた。
目の前に立っていたのは、背の高い男子生徒だ。
学ランの襟につけられた校章で同じ学校の生徒ということはわかるのだが、見覚えはない。
「おはようございます。」
応えるまで、少し間が開いた。
心配そうにこちらを眺めていたその人は、それで安心したように笑って下足ホールに歩き始めた。
向かった靴箱の方向を考えると、先輩なのだろう。
ここ一週間で回ったクラブの、どこかの先輩だろうか。
私はそうぼんやりと考えた。
そうだとしたら、悪いことをした。
無愛想な私は基本的に無表情であるらしく、「怖い」とよく言われる。
固まっていた数秒の間、相手に気を使わせてしまったことだろう。
「まぁ、いっか。」
同じクラブでもなければ、学年の違う生徒と関わる機会はほとんどない。
昨日、入部届を提出したばかりのクラブの先輩を思い出す。
二年生は女子ばかりの三人で、三年生にもう一人、男の先輩がいたはずだった。
さっきの人だったような、違うような。
どちらにしろ、向こうではもう、さっきのことは記憶の隅にやられているはずだ。
私だけが過剰に気にしても仕方が無い。
下足から一番近い階段を上り始める。
一年生の教室は三階にある。
二年生は二階、三年生は一階。
学年が上がるごとに便利になっていく仕組みなのか。
そういえば、小学校では真逆だったな、とふと思う。
高校生にもなってしまえば、一年生と三年生で体力に決定的な違いがあるわけでもないのでどちらでもいいのだろうが。
二階までならさほどでもないが、三階までとなると途端に時間がかかるように思う。
二階と三階の間の踊り場から考えることがなくなってしまった私は、若干の苛立ちを覚えながら三階までを上った。
階段を上がって左側に曲がり、一番手前にあるのが私の教室だ。
気まずさを覚えながら、少し重い引き戸を開ける。
教室では、一番目立つグループの女子五人がすでに到着して、SNSの話をしているようだった。
挨拶すべきか否か。
振り向いた彼女たちとの間に微妙な空気が流れる。
結局、「おはよう」と向こうから言ってくれた。
「あ、おはよう」
そう言って中途半端に会釈をしかける。
わざとらしい一幕を演じたような気恥ずかしさを覚えて、私は自分のそそくさと席についた。
十五分くらいすると続々と人が集まってきて、朝のホームルームが始まる。
この高校に入学して一週間が経っても、私には「いつメン」と呼べる友達が出来ていない。
窓側、一番後ろの席。
気持ちよく晴れた春の空を見上げて、私はあくびをかみ殺した。
話す相手もいない学校生活は拷問に近い。
ただ退屈を堪えて下を向いているだけの時間だ。
休み時間はともかく、授業中すら急に楽しくなくなってしまうことを、しかし私は不思議に思っている。
帰りのホームルームを終え、私はせいせいした気分でクラブ棟に続く廊下を歩いていた。
廊下を掃除している二年生の先輩たちは、互いに話しては笑っている。
羨ましい、と少し思った。
私も中学生までは上手くやれていたのだが。
やはりあれは、周りに恵まれていたからなのかもしれない。
入り口に大量の楽器のケースが置かれている吹奏楽部の部室を過ぎ、窓に暗幕が掛けられた、謎に満ちた山岳部の部室を過ぎ。
突き当たりの階段を降りた踊り場。
そこの壁に同化したようなドアのノブを、一呼吸おいてひねった。
「おつかれ~。あ、あれ?こないだの!」
すりガラスの小さな窓から差し込むぼんやりとした光に照らされて、一人の女の先輩いた。
真ん中に置かれた低い机に頬杖をついてスマホをいじっている。
入ってきたのが一年生だと気づいた瞬間、目を丸くして声のトーンを上げた。
「入部してくれるの?あ、電気つけるね。」
そう言って立ち上がった先輩が入口の横のスイッチを押す。
ボンッと小さな音がして、先輩のスマホの赤いカバーが鮮やかに光った。
「入部しました。よろしくお願いします。」
この先輩の名前は確か、見学のときに聞いたはずだ。
部室の場所がわからず、ウロウロしていた私を案内してくれたのがこの人だった。
「りり先輩、ですか?」
「え、覚えてくれてる!」
「ありがとう!入部もありがとう!」
りり先輩は、そう言って明るく笑う。
「他の二年ももうすぐ来るから。好きにしてて。」
机に裏返していたスマホを取ると、先輩はまた熱心に画面を見つめ始めた。
普通の教室の三分の一ほどの広さの部室の真ん中には四角いちゃぶ台くらいの高さの机があり、その周りには座布団が四つある。
私は背負っていたリュックサックをおろして、その座布団のうちの一つに正座した。
左側の金属製の棚の上の方には何冊か天文関係の本が入っており、下の二段には大きなバックといくつかの巾着袋があった。
見学のときに見せてもらったが、あの中には望遠鏡の部品がわけられて入っているのだ。
私から見て右側にはスペースが開いている。
前はあそこで、望遠鏡を立てて見せてもらった。
しばらくそのあたりを眺めていると、バタン、と音を立てて扉が開いた。
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