5-5 相づち打ちやがった

 路地を抜け大通りまで行くとタクシーを拾い郊外へと向った。


 途中で花屋へと寄ってもらい、仏花を買うとそのまま霊園に入った。

 クルマを駐車場で待たせて中に入ったのだが、久方ぶりだったので少し迷った。

 それでもようやく見覚えのある墓石を見つけると花を捧げ、前もって買っておいた線香に火を着けた。

 しゃがんで両手を合わせて祈る。

 墓前で拝むのも随分と久しぶりな気がした。


 此処に都会の喧噪は何も無い。

 風にそよぐ木々のざわめきや、時折騒がしげに鳴く野鳥の声が聞こえる程度だ。

 再び目を開けてもやはり何も変化は無かった。

 碑銘を刻んだ四角い石がじっと睨み付けているだけだった。


 まったくあんたは物好きな男だったわ。


 親から継いだ会社を切り盛りする若社長。

 高価なマンションに居をかまえ、自分とは住む世界の違うセレブ様だった。

 そんな人間がどういった経緯で、コッチ側の世界に首を突っ込むことになったのやら。


 そもそも、解体担当者と直接面識を取りたいなどと言い出す時点でどうかしている。

 ましてやその相手と昵懇じっこんになりたい、そして交友の証などと言い出して、二振りの特注大鉈おおなたを買い与えるなどと酔狂が過ぎるというものだ。


 屍人形相手にどうかしてんじゃないの、もしかしてソッチ方面の気でもあるのかと幾度となく釘を刺した。


「自分を卑下するものじゃありません。尊敬できる相手は尊敬する、それだけですよ」


 或いは何某かの打算があったのかも知れない。

 高い資金力を有する協力者の一人、ただの興味本位で近付いてきたとは思えなかった。

 だが邪心が潜んでいたとも思えなかった。

 何かを隠し持っていた気配はあったものの、それと同等以上の好意が感ぜられたからだ。


 ま、あたしの見立てが腐ってなければの話なんだけれどもね。


 それともやはり、他の大多数と同じくあの本に憑かれて寄って来た者だったのだろうか。

 結局真意を確かめる間も無く彼は逝ってしまった。

 あたし自身を知るヤツは、片端から居なくなるというのがこの世界の常らしい。

 生きて居る居ないに拘わらず、記憶に無ければ居なかった事と同じだ。


 微かだった風も止み、じわりとした空気が肌にまとわりつく。

 線香の匂いがヤケに鼻に付いた。


「やっぱり此処だったな」


 背後から男の声が聞こえた。

 だが、足音で見当は付いていたから振り返ることはしなかった。


「良く居場所が分かったわね」


「お前の相棒から聞いた。待機期間だというから遊んでやろうと思ったのに、とんだ手間を食わせてくれる。どうしてくれんだ」


「知ったことか。アンタが勝手にやらかしたコトじゃない」


 振り返ると薄ら笑いの壮年男が立っていて、その手には猫用の蓋付きバスケットが下げられていた。

 格子状ののぞき窓から閉じ込められているデコピンが見返して、その金色の眼差しとも目が合った。


 不機嫌そうに見えるのは窮屈な所に押し込められているからなのか、それとも傍らの男に不平不満があるからなのか。

 少なくとも、コイツを案内する羽目になったことを悔いるようなそんな殊勝なタマではない。

 それだけは確かだった。


「偽善者臭ぇんだよ。てめぇがバラした男にいくら手を合わせても何も返って来やしない。分かってんのかよ解体業者」


「アンタのしつこさも相当なものよね。

 今の台詞をそっくり返してあげるわ。

 いくらネチネチ嫌みを言ったところでお兄さんは返って来ないの。

 死んだ人間は生き返りなどしない。

 そんな幼稚園児でも分かっているようなコトを何時までもぐだぐだと。

 いい加減大人になりなさい」


「ヘドが出るぜ、その物言い。その見てくれといいその態度といい大人になってないのはどっちだ」


「アンタのお爺さまが築いた資産の上に胡座をかいたボンボンが、なにを偉そうにしたり顔してるのよ。

 お兄さまが居なければ何も出来なかったヤツが。

 活動資金の出資者というだけであたしらをどうにか出来るなんて、何時までそんな子供じみた幻想にしがみついているの。

 こんな平日に女のケツを追っかけて来る様だけでも、会社ではただのお飾りだって知れるわ。

 自分の無能を他人にひけらかしてそんなに嬉しいのかしら。

 あなたは阿呆なの?」


「何が女だ。死に損ないのオカマ野郎が」


「前にも言ったけれど、お兄さまを復活させることなど出来ないの。

 不可能、どうしようもないの。

 たとい此処に本を持ち出し陣を敷いて供物を捧げたとしても、あたしにはもうソレを実行する力が失せている。

 仮に呼び出せたとしても灰から何を造り上げろと」


「灰じゃねぇ。アニキの遺体は腐敗処置の後、樹脂で凍結させて冷凍庫で安置させている。此処にあるのは空の骨壺だけだ」


「!」


 お前もか・・・・


 思わず言葉に詰まってしまった。


 決して人のことは言えないが、正直開いた口が塞がらない。

 或いはあたしのやり方を何処かで知ってそれを真似ているのかも知れなかった。


 ひょっとして、彼からか?


「可能なんだよ、生身の肉体は残っているんだ。だからテメエにはアニキを復活させる責任が在る」


 まったくあれから何年経っていると。

 コレだから金にまみれた連中は始末に負えない。


「それでも同じ事だわ、下半身しか残っていなかったじゃない。

 あたしが今のあたしなのは妹の頭蓋に中身が残って無かったからよ。

 それとも、あなたは自分の脳みそを差し出すのかしら。

 それでも出来上るのはお兄さんの皮を被ったあなた自身だけれどもね」


「な・・・・にを」


「重ねて言うわ。物覚えの悪いそのオツムにもう一度刻み込んで置きなさい。

 ムリよ、死んだ者は返って来ない。

 返って来たような気がしてもそれは只の動く死体でしかない。

 本人もその周囲も不幸になるだけ。

 諦めなさい、そして悼みなさい。それが最大の功徳よ」


 距離を詰めてその手からバスケットを奪い取ると、そのまま脇を通り抜け男を置き去りにした。


「待てよ、アニキはテメエのダチだったんだろうが。テメエの不手際で食われちまったんだろうが。このままで良いわきゃねえだろうがよ」


「彼と友人であったことは今も変わらない。

 でもそれはそれ、コレはコレよ。

 それと老婆心ながら忠告しておくけれど、いい加減そのチンピラ口調は止めなさい。

 仮にも役員さまなんでしょう?周囲から軽く見られちゃうわよ」


 待たせていたタクシーに戻ると、運転手は荷物が増えていることに小首を傾げたが、何も言わずにクルマを発車させた。

 手頃なビジネスホテルはないかと訊ねようとして予定外の同行者が増えたことに気付き、ペットのホテルを訊ねた。


「いやぁこの辺りには見ないですね」


 それでもペット同伴可の宿泊施設があると教えてもらって、其処に向った。

 やれやれと溜息をつく。


 しかしあの本の噂を聞き付け、しがみついて来る者の何と多いことか。

 執拗に食い下がって来た者はあのチンピラが初めてではない。

 そしてその度に突っぱねて、説得力の無い駄目出しを繰り返すのだ。


 成功例が目の前にあるというのに、諦められる者が居るだろうか。


 それに先程のチンピラは正にかつての自分自身だ。

 目の前に鏡を突き付けられているようで、落ち着かないことこの上なかった。


 そして拒絶するその口の下、自分は今もこうして在る。


「ホント、あたしって醜いわ」


 思わず独白が洩れた。


 誰かに聞かせた訳じゃない。

 だのに間髪置かず、にゃあと可愛らしい鳴き声が聞こえて来た。


 この野郎、相づち打ちやがった。


 実に不愉快。


「あなたの飼い猫ですか」


 運転手から掛けられた声が妙に弾んでいて、更に面白くなかった。

 それでも「そうです」と何食わぬ素振りで応えると、うちでも飼っているんですよ、と急に滑らかな口調で語り出すのだ。


 結局、目的の宿に着くまで運転手はずっと喋り通し。

 お陰で対応に随分と苦慮することになった。

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